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その30


 自室への帰路、会話は一切無かった。


 大公をはじめとしたオルランドの人達を、ダイアーさんは深く腰を折って見送った。そして、いつの間にやらミルナーは姿を消しており、館内に1人ぽつんと取り残されるように立っていた私を、彼女は静かに促して図書館を後にしたのだった。

 そんなダイアーさんの様子に、私は、あまり怒っていないようだと胸をなで下ろしたのだが、以降全く無い会話に、「あれ?もしかして怒りの度合いやばいんじゃね?ウルコン撃てんじゃね?」と、一転してビクビクしながら、自室へと歩みを進めた。


 

 自室までは、ゆっくりと歩いても数分の距離。

 何事も無くあっさりと着いた私は、無言のまま恭しく扉を開けてくれるダイアーさんに恐々としながらも、とりあえずは、自分のテリトリーである部屋に戻ってこられた事にほっと息を吐いた。そして、吸う事に失敗した。


「ほっ・・・っと、もっと!?」


 夕刻を過ぎて完全に陽が沈んだ刻限、室内を照らす物はなく、外の通路に灯されたランプの光が、開いた扉の間を抜けてかろうじての光源となっている。そして、その光の伸びた先、室内の照らし出された先に、ぼぉと浮かび上がるようにして佇む人影に、私は息をするのも忘れて立ち尽くした。


「あら、アカネ、やっとお帰り?」


 私は驚愕のあまり飛び出した、某私の中ランキング待ち時間の長さ部門で堂々のナンバーワンに輝いたお弁当屋さんの名称を口にした形のまま、あわあわと眼前の人影、室内の応接ソファに悠然と座るキャンベル姫様を指さした。


「まあ、姫様。照明も点けられずこのように暗いまま、何をしてらしたのですか」

「考えごとには、案外と良かったですわよ?」

「そんな、お戯れを。心臓が止まるかと思いましたわ」


 と、取り乱した気配を微塵とも見せず、ダイアーさんはふふふと笑んでから、入り口脇と部屋中央にあるランプに火を入れた。手慣れた仕草で照明を整えるダイアーさんを横目で見ながら、実際に心臓が止まりそうになった私は、よろよろと姫様の対面のソファに力無く腰を落とす。


「それで、アカネ。ダイアーにも、だけど、わたくしにも、何か言うべき事があるのではないかしら?」

「・・・ぅぐ」


 ソファに背を預けつつも姿勢良く、キャンベル姫様はまっすぐと私を見つめて問い掛けた。

 口ごもる私の耳に、カチリと、僅かに、ダイアーさんが用意する茶器が重なり鳴らせた音が聞こえてくる。


「最初は、使節団の方々のお迎えなど、公務が立て込んだわたくしに気を遣ってくれたのだと、思っていたけれど。何やら違ったよう、よね?ダイアー?」

「ええ、姫様。ちなみに、私は、アカネ様からは軍務の為に図書館に通う事になったから朝食は自室でとると、そう聞きました。ですから、軍の方がご一緒ならと、護衛を解いたのですが・・・」

「・・・・・・」


 ドツイエ共和国との緊張問題が解決して以来、私と姫様は温室で朝食を共にするのが、どちらから言い出した訳でも無く約束事となっていた。

 それは、お流れとなってしまったレセプションに向けてのダンスレッスンの代わりようなもので、私のような面白味の無い人間に対して、必要も無くなってしまった付き合いを続けてくれた姫様には、今でも有り難い気持ちを感じている。

 

 だから、私は、キャンベル姫様とは会えなかった。

 

 ネストールさんへの想いを初々しく語ってくれた姫様に、ネストールさんの事は何とも思っておらず嫌いだと答えた私が、一体どんな顔をして会えると言うのか。まして、ネストールさんからは、微妙に普通とは違うが、一応の告白めいたものを受けた身だ。

 という訳で、私が図書館に籠もっていた一番の理由はネストールさんから逃れる為だったけれど、二番目の理由は姫様に後ろめたい気持ちがあったからだった。そして、密着24時的に護衛をしてくれていたダイアーさんには、それらしい嘘をついて遠慮して貰っていた。


「私は怒っているのですよ、アカネ様。嘘をつかれた事を。ただし、それがささいな理由からであれば、ですけれど」

「・・・・・・?」

 

 そう言って、私を見やる事なく、ダイアーさんは紅茶の用意をてきぱきと進めていく。

 そして、私と同じように彼女の動きを見つめていた姫様は、少し衣擦れの音をさせてから、再び私に向き直った。


「アカネ、わたくし、本当はここであなたにみっとも無くも怒鳴り散らすつもりでしたのよ。この嘘つきっ、てね」

「・・・っ」


 悠然と構えながらも、自嘲の色濃く口を開くキャンベル姫様に、私は俯けていた視線を上げる。


「・・・ネストール様から直接言われたのですわ。自分には好きな人がいて、そしてその人に想いを告げた、と」


 そんな・・・。

 あの陰険なネストールさんが、私が逃げ回っている間に、そんな誠実な行動を?


「相手が誰かは言ってませんでしたわ。ですけど、他人を利用価値でもってのみ計り、卑劣な罠と、流言にて敵を惑わすあのなさり様、わたくしが想い焦がれた鬼畜なあの方とは明らかに違う、今のあの方。その突然の変化の原因はあなたなのでしょう?あの方が想われているのは、あなたなのでしょう?」

「・・・・・・」


 キャンベル姫様、そういう観点からネストールさんが好きだったのね。と、突きつけられた質問から逃れるように、私は意識の先をずらす。しかし、真っ直ぐに見つめられた姫様の視線からは、例え俯いたところで逃れられず、私は観念したようにコクリと頷いた。


「ご、めん・・・なさぃ」


 それに付け足すように、私は謝罪の言葉を口にした。3者が黙りこくる静かな部屋であるからこそ、聞こえる小さな私の声に、何故だかぷっと姫様は吹き出すと、「こんな娘に負けるだなんて、ほんと・・・」と更に小さく、小さく1人ごちた。


「お茶の用意ができました、どうぞ、姫様、アカネ様」


 そして、タイミングを計ったかのように、ダイアーさんが、テーブルの上にティーカップの乗せられたソーサーを置いた。もはやおなじみとなった浅黒い色合いの紅茶、それによく合う甘いミルクの入った小瓶も添えられる。


「アカネ様、私はつまらない理由であれば怒るつもりでした。しかし、理由が恋故であれば、許します」

「えっ・・・?」

「僭越ながら、姫様にも私から言わせて頂きました。恋愛が理由の嘘は全て許されるのだと!そして、それが理由で亀裂の入るような交友関係は、所詮それまでの物であって、むしろ、見極めが早くついて良い事なのだと!」


 ぽかんと、私は突然熱弁を始めたダイアーさんを見上げた。

 というか、一体過去に何があったんだダイアーさん。握りしめられたその拳は一体何に向けられているんだ!?

 まあ、嘘をついたことを許してくれるのは嬉しいけれども・・・。


「そして、恋敵の間柄で成り立つ交友関係というものは無いとも申し上げました。姫様、明かりも灯さずお考えになって、答えは出ましたか?」


 そこで言葉を止めて、ダイアーさんはじっと、自失の体にあるキャンベル姫様を見つめた。

 

 照明も点けず、暗闇に包まれた室内で考えごとをしていたというのは、どうやら本当の事だったようだ。そのダイアーさんの問いかけに、姫様はゆっくりと目の焦点を取り戻していく。

 

「・・・正直、憎いと思いますわ。ですから、そんな状態でアカネを友人とは思えませんわ」


 当然だ。つまりはこれは姫様からの絶縁状。

 この世界で、唯一の、王の命などが関わらない、同姓の知人、友人と呼べるかもしれない姫様。それを私は裏切ってしまったのだ。心地よいと感じ始めていた、あの温室にも、もう行く事は出来ないだろう。


「ですから、ライバルになる事にしますわ!」


「んあ・・・?」


 急に立ち上がりつつ、力強く宣言したキャンベル姫様に、「さすがです、それでこそ姫様!」と感極まった様子でダイアーさんがうんうんと頷いた。

 某、2等身程度の有り得ない競走馬風に呆気にとられてその様を見ていると、姫様がその11才にして完成され過ぎた胸部をそらせ、まさに威風堂々、取り戻した王族の貫禄を以て、私を見下ろして続けた。


「別にネストール様に想い人がいるからと、わたくしが諦める必要は無いのですわ。それに、色々と面白いあなたとのお付き合いもやめるのは惜しい。なら、話は簡単。友人としてではなく、想う人を取り合う好敵手として、関係を続ければ良いのですわ!」


「・・・・・・」

 

 どうして、そうなった!?

 キャンベル姫様おかしいよ!その腰に「流石です!」としがみ付いているダイアーさんも何だかおかしいよ! 


「それにアカネ。こと、ここに至って尚まともな発言さえ出来ていないあなたの事、ネストール様にはちゃんとしたお答えを返せていないのでしょう?」

「ぐ・・・ぅたん」


 更に続けられた姫様の言葉に、私はぐうの音も出ないという心境を的確に表すべく、某、女3人が結論の出ない話をうだうだとした挙げ句「こいつら、ぜってぇ人生の難易度イージーモードだろ」と視聴者側が逆に結論を下すという奇怪な番組の名を口から漏らした。


 そんな私に、ほら見たことかと、お姫様笑いのお手本のような笑い声をあげるキャンベル姫様を苦々しく見つめながら、しかし、すぐに私も何やらおかしくなって、くすくすと笑い声を漏らしてしまった。


 そんな私を見て取った姫様が再び眉根を寄せかける。

 が、何やら思い付いた様子で、すぐに表情を和らげた。


「という訳でアカネ、明日からまた朝食は一緒にとるんですのよ。それと、ダンスレッスンも再開しますわ」


 ニヤリと、その言葉に続けて浮かべられた王族らしからぬ笑みに、ネストールさんが好きというのも納得だなと、何となく得心しながら、私は明日からの筋肉痛を覚悟したのだった。

 




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