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その29



 叫んだという風情では無いのに、不思議な程声量豊かに館内を轟かせて現れたのは、白いトーガのような物を上半身にゆったりと巻いた壮年の男性だった。色濃い髪から続く整えられた顎髭とやや下がった眦とで一見優しげ印象なだが、眼光鋭く、周囲を睥睨するような威圧感を放っている。

 彼が、ジャラリと手首や首元の豪奢な装身具を鳴らして身じろぎすると、まるでそれが合図だったように、ナルシンを含めた周りの兵達が一斉に膝を折っていった。

 そして、その声の主を仰ぎ見たカイトが「パパ!」と一声あげて駆け寄っていく。


「パ、パ・・・?」

「オルランド大公閣下だよ。つか、頭が高いんだよ、アカネサタニ。おらおら」

「あ、うっ」


 言うなり、ミルナーは私の頭を押さえつけて自分と同じように腰を折らせた。

 さっきまで自分はポーズ決めたりしてた癖に、なんて変わり身の早い。

 

 そして、そんな状況に鷹揚に頷いてナルシンや兵士達を立ち上がらせると、オルランド大公は、腰にしがみつくようにしている我が子に視線を下ろしてゆっくりと口を開いた。


「余の事は、公の場では父上と呼ぶようにいっただろう?そして、私の場ではダディと呼ぶようにと」

「うーん、ひどく面倒だからやだっ」

「はっはっは、コヤツめ」


 きゃっきゃと、父との邂逅を喜ぶカイトの顔をハンカチで拭いてやりながら、オルランド大公は息子が可愛くて仕方ない感丸出しで彼の頭を軽く撫でる。腰を屈めてカイトと目線の高さを合わせたその顔に、先程までの威厳めいた迫力は皆無だった。


「・・・・・・」

「言いたい事は分かるが、あれでとんでもなくキレ者なんだよ。大公本人がいなきゃ、もっと有利な条件で条約の話を進められたのにってネストールの奴が愚痴ってたからな」


 身を屈めて小さく言われたミルナーのその言葉に、私はドキリと肩を震わせた。

 

 ネストールさん・・・彼とは、あれから一度も会っていない。

 忙しいという事以上に、私に考える猶予を与えているという事なのだろうか?少なくとも、あれから彼の方からのアクションというのは、自覚出来る限りは無かった。もちろん、私が連日図書館に避難しているせいで、連絡が取れなかっただけという可能性もあるけれど。

 

 そんな胸中で、やや大げさな反応を返してしまった私を怪訝そうに見やるミルナーに、何でも無いと伝えるべく口を開こうか迷っていると、カイトに合わせて腰を折っていたオルランド大公が、すっくと立ち上がり、再び眼光鋭く私達の方に視線を向けてきた。


「ミルナー白将軍とお見受けする。どうやら、我が息子が世話になったようだな。まずは礼を言わせて貰おう」

「勿体無いお言葉です、大公閣下。それに、世話をしたのは俺じゃなくこいつなんで、礼ならこいつに」

「・・・ぇ?」

「ほぉ、真黒い髪に変わった顔立ちをしておるな。キエルナの民・・・とも違うが、しかし実に可憐だ。そなたがカイトの相手をしてくたのか?」

「っ・・・と、あの・・・」


 か、可憐とか言われちゃった!と、慣れぬ賛辞と偉い人からの言葉に戸惑っていると「世辞に決まってるだろバカ」とミルナーからの呟きが聞こえて、私はますます言葉を詰まらせてしまった。

 すると、大公の長いトーガの先を引っ張って注目を向けさせたカイトが口を開いた。


「そうだよ、パ・・・父上、あのおねーちゃんが遊んでくれたの」


 言いながら、カイトは私の足下に散らかる駒と戦擬盤とを指さす。


「ふむ、なるほど。これは、戦擬盤か。たしか、フラールの奴がお前がこれに夢中だと言っておったな」

「うん、大好きなんだ!それでね、おねーちゃんに何時間もねちねちとい・・・」

「大公閣下!あの、そろそろ離宮の方に戻られてはどうでしょう?殿下が無事だった事も伝えねばなりませんし」

「おお、そうだったな。では、礼を失する事になるが、許されよ。続きは、また後日改めて」


 危ういところでカイトの口上を遮ったナルシンは、私の方を何やら含んだ目で睨み付けつつ、オルランド大公に退去を進言した。お互いいらぬ諍いの種は御免という事か。ナイス、ナルシン!

 そして、先に兵達を下がらせると、それに続く形で大公達も図書館を後にしようとする。と、それを見送るのみだったミルナーが、背を向けかけていたオルランド大公に「そう言えば」と、突然声を掛けた。


「その、先程、閣下は話は聞かせて貰ったと、仰ってましたけど、あれは何だったんです?」


 その思い出したようなミルナーの質問に、私もはたと、首を傾げた。


「ああ、そうだな、それを言い忘れておった。カイトが言っておっただろう、ナルシンとミルナー将軍、どちらが強いか?と。それで一つ、余が思いついた事があってな」


 言いながら、再び私達の方へとオルランド大公は向き直った。数歩先を行っていたナルシンとカイトも、何事かと振り返る。そして、ゆるりとトーガの上から腕を組むと、大公はその手で顎髭を一さすりしてから口を開いた。


「過日の事含め、我がオルランドとイグラード王国との因縁は深く、また長く続いておる。此度の和平条約の締結に加えて、オルボナ鉱山の利権問題に関してもまた、国内からの反発は大きい。それは和平をと望んだ使節団内においてさえもだ」


 オルボナ鉱山というと、確か私がこの世界に来たときに両国が戦う原因となった鉱山だった筈だ。で、それを取り合う内にイグラード側がオルランドの騙し討ちにあって、あの野営地での危機的状況があった。という事は、その経緯を踏まえると、鉱山の利権に関しては、きっとイグラードにとって有利な条件で進められるだろう。それに、オルランド国民はもとより使節団の人たちも不満がある、という事なのだろう。


「そういった状況でな、正直言って、此度の条約締結に至る会議は困難を極めておる。妥協点を探るべき会議で両者が不満を収めんのではな。このままでは徒に時間を浪費しよう。そこで余は、いわば、不満のはけ口となる余興を考えておったのだ」


 つまりは、ガス抜きみたいなものか。実際の両国関係的には一時凌ぎみたいなものだけど、そもそもの和平条約がいつまで経っても結ばれないのでは意味がない。


「そこで、カイトの言葉だ。音に聞こえしイグラードの白帝と親善試合ともなれば、溜まった鬱憤も晴れよう?」

「わっ、すごいやパパ!あ、じゃあ、フラールとか、他の騎士の試合も見えるかな!?」

「はっはっは、幸い使節団には我が近衛が帯同しておるからな。どうせなら、団体戦でいくのも良かろうな」

「すごいっ、じゃあ、じゃあ、5色将軍みんな見れる!?」

「はっはっは、たやすい願いだ」


 どこの神っぽい龍だよと、私がジト目で見事な親馬鹿っぷりを展開する大公を見ていると、隣のミルナーから溜息が漏れ聞こえた。珍しく力無い様子に意外に思って、私がミルナーの方を振り向くと、「何でもねえよ、それよりお互いお迎えが来たみたいだぜ?」という彼の声。


 何となく引っ掛かりを覚えつつも、その声に導かれるようにして目を向けた図書館入り口には、退去を終えていくオルランドの兵達を見送る2人の女性の姿があった。


 一方は、見たことの無いポニーテールの女性で、高く結って尚、腰の後ろ辺りで揺れる長い髪の持ち主だった。ただ、見目麗しいながらもナルシンと同じような男性用のフロックコートに身を包んでおり、帯剣もしている事からオルランドの騎士の1人だと思われた。

 そしてもう一方は、言わずと知れた、恐らくは現代日本のメイド喫茶にいれば「チェーン展開狙っちゃおっか?」としがない個人経営主を勘違いさせられる程にメイド服の似合う、美貌の女官、ダイアーさんだった。但し、その美貌は、今は隠しきれない怒りによって歪められていている。


「ひっ・・・」


 図書館の入り口までは距離もあり、幾つもの書架を挟んでいるというのに、何故か直感的に目が合ったと感じた私は、本能的な恐怖から声を漏らした。

 すると、近くに居たカイトからも、似たような「ひっ」と息をのむ声が聞こえてきた。


 恐らくは、あのポニーの女騎士がカイトの「お迎え」なのだろう。

 私は、避け得ぬお互いのお迎えから見舞うであろうお怒りに、カイトと諦観の籠もった目線を交わしたのだった。




 

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