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その28



 本来静粛で然るべき館内は、ナルシンとその配下らしき兵達の放つ物々しい雰囲気に呑まれ、ザラリとした剣呑な空気が辺りに満ちていく。ざわめくように聞こえていた喧騒も今は収まって、誰もが一様に黙り込んで事態の推移を見守っていた。

 

 ごくりと、生唾を飲み込みながら視線を巡らせてみるが、都合良く収拾を計ってくれるような存在は現れず、私は、このあらぬ誤解を受けた状況をどうするか、ただただ途方に暮れて立ち尽くしていた。


「ふん、弁解も、口上すら無しか。もはや、ここで斬られても文句は無いな?」

「・・・っ!」


 じりと、半身の構えのまま僅かに私へと距離を詰めたナルシンは剣の鞘に掛けた手に力を込める。


「まってよ、ナルシン!そのおねーちゃんは、僕と遊んでくれただけだよ?」


 すると、青褪めたまま一刀の元に斬り伏せられるのを待つのみだった私に、流石に感じるものがあったのか、慌てた様子でナルシンの背に庇われていたカイトが彼に詰め寄った。


「殿下、それは誠ですか?この女に連れられて、このような場所に居たのでは?」

「うううん、違うよ。僕が勝手に抜け出てきたんだ。フラールにも悪いことしちゃったな、怒ってた?」

「いえ、まぁ、それは、はい・・・」


 ナルシンの袖口を掴んで私を庇ってくれたカイトは、一転してしゅんとした表情になった。

 

 とにもかくにも、カイトを私が誘拐したという誤解はこれで解けるだろう。反省して顔を俯けるカイトを困ったように見下ろすナルシンからは、既に殺気めいた迫力は霧散していた。私は、知らずこわばらせていた体から、ほっと力を抜いた。


「女、悪かった。どうやら誤解があったようだ。許して貰いたい」

「い、いえ・・・」


 そして、殊勝な態度で頭を下げてきたナルシンに、私は思いきり戸惑った。

 何だか今日は、謝られてよく戸惑う日である。

 構えも解いて、静かに私に相対したナルシンの様子を見て、周りの兵士達の緊張も緩んだようだった。


「それにしても、女、何もなかったと言うなら、何故殿下はこうも泣きはらした顔をしているのだ?」

「そっ、それ、は・・・」


 言えない。

 戦擬盤で私が思う存分いたぶったせいだとは。

 格ゲー的に言うと、初心者狩りに勤しみ過ぎて心を折っちゃったからだとは決して言えない。

 それに、普段は狩られる側の私は知っている。初心者狩りに負ける事がどれだけ屈辱的な事かを。

 つまりは、そういう負け方をして泣いちゃいましたなんて自己申告はプライドの放棄に他なら無い訳で、一国の王子的な人が間違ってもそんな事はしませんよね?と、私は理解を求めてカイトに視線を送った。

 すると、彼はそれに「分かった」と言うようにこくりと頷き返してから、ナルシンの前に回り込んで口を開いた。


「ナルシン、それはね。このおねーちゃんに戦擬盤でひどい負け方をしたからだよ。僕の王の駒の場所が分かっている癖に、それ以外の駒を一つずつ『この歩兵は最後にはひどい拷問に掛けられて無能な王を罵って死んでいきました』とか『この騎馬兵は王に許嫁を奪われた挙げ句、過酷な前線へと送られて非業の死を迎えました』とか『この弓兵は斬首台の上で仲間の無惨な死を見せつけられてから首をはねられました』とか、実況しながら全滅させていったんだよ。僕、何だか悲しくなっちゃって・・・」

「・・・!?」


 あっれー?殿下、プライドはどこいったー?

 

 というか、私、そんな事してたっけ・・・いや、うん、してたような気もする。

 ほら、相手のターンの間って暇じゃない?だから、何となく戦場のエピソードを創作して聞かせたような。そして、カイトの怯える様を見るうちに、どんどん興が乗っていったような記憶も・・・。


 でも、所詮はゲーム、遊びの中での事だから、そんなに問題じゃないよね?と、カイトの隣を窺ってみると、再び体勢が半身に戻っているナルシンの姿が見えた。


「・・・やはり、斬った方が良さそうだな、女」

「あれ・・・!?」


 何でまた、私を斬る方向で話が進んでいるのか。

 続くナルシンの抜刀姿勢に、再度の命の危険をヒシヒシと感じていると、横合いから知った声が聞こえてきた。


「おい、その辺でやめとけ。本気じゃねーのは分かってるが、野次馬が増えてきてんだ。どう取られるか分かったもんじゃねーぞ?」


 そして、その声の主であるミルナーは、ずいと、私とナルシンの間を遮るように、鞘に納めたままの曲刀を掲げ持った。


「それでも、やるってんなら俺が相手になるが」


 冗談ぽく口の端を上げながら、しかし赤毛の間から覗く金の眼だけは鋭く、ミルナーはナルシンに掲げた曲刀の先を向ける。


「・・・いや、どうやら戯れが過ぎたようだ。許されよ」


 すると、今度こそ本当に剣を収めたナルシンが、傍らのカイトを庇いながら数歩、後ろに距離を取る。警戒も露わなその様子にミルナーは小さく鼻で笑うと、曲刀を肩へと担いで戦意が無い事を表しながら、私に向き直った。


「それにしても、アカネサタニ。お前は、どうしてこうも騒ぎを起こすんだ?」

「うぐっ・・・」

「一応、お前も軍属なんだぞ?それが条約締結に一丸で邁進してるって時に波風立てるとは。わざとか?わざとやってんのか?」

「あうっ・・・」


 言いながら、片手で私の頭を小突いてくるミルナーに、私が面目無いと、為されるがままにになっていると、距離を取ったナルシンとカイトの二人が何やら話し合う声が聞こえてきた。


「ねえ、ナルシン。あのシャムシールってもしかして・・・?」

「ええ、殿下。大振りのシャムシールに燃えるような赤髪。音に聞くイグラードの白将軍でしょうな。こうして見えられるとは光栄な事です」

「うわー、びゃくてい、びゃくていだよね!?凄いや、かっこいー」

「いや、殿下、格好良いなどと申されては。あの方にどれだけ我が軍が苦渋を味わされたと・・・」


 わいわいと、無邪気に憧れの声をあげるカイトにナルシンは困り顔だ。

 一方の言われてる側のミルナーといえば、満更でも無いらしく、私の横で無駄にポーズを決めたりしている。


「苦渋といや、そこはお互い様だろ?それに直接当たった事は無いが、オルランドの近衛騎士ナルシンと言えば、精鋭中の精鋭として名高い。こちらこそ光栄だよ」

「・・・それは、どうも」


 苦渋云々は、やっぱりハルテア大草原とイヴェルド山での事も言ってるんだろうなあ。そこまで露骨では無いが、両者ともに何となく険悪だ。


「わあ、ナルシンも有名だよね、やっぱり凄いな!」


 しかし、ニコニコと未来の部下である騎士に素直な賞賛の言葉を送るカイトに、場の雰囲気は穏便に取り持たれる。


「あ、ねえねえ、有名な2人だと、どっちが強いのかな!?やっぱり槍が得意なナルシン?それともシャムシールのびゃくてい?」

「え?あ、いや、どちらでしょうな、ははは」


 尚も素直に正直な興味をぶつけられるナルシンはほとほと困った様子で、苦笑いを浮かべながらカイトに答えた。

 そしてひとしきり、スーパーでお菓子を強請る子供なら、そろそろ「しつこいわよ!」とぶん殴られてるんじゃないかという時間が経った頃、私達の周りを囲む兵士達の群れがさっと2つに割れ、その間を通ってきた人物からよく通る声が張り上げられた。


「話は聞かせてもらった!」

 


 


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