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その20



 先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように、それからスキンヘッドは一言も発する事が無く、室内はしんと、沈黙に支配された。


 俯きがちに視線だけを巡らせると、先ほどまで居た部屋と同じようにここにも窓が無く、時間の経過が全く分からなかった。今は何時なのか。自分が捕まってからどれ位の時間が経ったのか。お腹の減り具合や喉の乾き方から考えて、一日は経っていないと思えたが、意識を失っていた事も考えると、まるで自信がなかった。

 

 時間の経過に比例して私が救出される可能性は低くなるのでは?いや、そもそも自分の失踪に誰か気付いているだろうか?


 ぶり返す風邪のように、不安から再び震え始めた指先を、ぎゅっと自分の肩を抱き締めて誤魔化していると、ガチャリと、沈黙を破るように部屋の扉が開かれた。


「ワイズ、飯だぞ」

「おー、わりーな、アップソン。そこ、置いといてんか」


 入ってきたのは、先程のヘスキーと呼ばれていた男とは別の男で、やたらと縦に長い、ひょろりとした長身男だった。反射的に目線を反らせたので分からないが、聞こえてきた嗄れた声から察するに、きっと強面に違いない。


 長身男、アップソンは、スキンヘッドの指示通りに食事を載せたトレーをテーブルに置くと、すぐに退室しようと身を翻しかけたが、言うべき事を忘れていたらしく、「そうそう」と再びスキンヘッドの方に向き直った。


「忘れるとこだった。馬車の準備が終わったってよ。今こっちに向かってる。あと、20分も掛からないんじゃねーかな」

「・・・お前なあ。そういう事は先に言えや。つか、俺は飯食うのめっちゃ遅いんやぞ。時間あらへんやないか!」

「いや、んな事俺に言われても・・・つか、ワイズ」

「なんや?」


 そこで、一拍の間。何となく、俯けた自分の頭上で視線が交錯したような気配を感じる。


「・・・その女、他の女共の部屋に戻さねーのか?」

「んー、こいつは貴族のお嬢ちゃんぽいからな、高く買ぅて貰う為にも、他のとひと纏めにしとくのは問題あるやろ?」

「ふぅん・・・ま、他意が無いってんなら、それで良いんだけどな」

「・・・なんや、妙な言いぐさしよるな、アップソン」

「別に。んじゃ、さっさと食っちまうんだな、給食ん時食べるのが遅すぎて掃除の時間に半泣きになってたワイズくん」

「やっかましいわ!さっさと、馬車の受け入れ準備でもやっとけ、どアホ!」


 立ち上がって喚き散らすスキンヘッド改めワイズに大袈裟に肩を竦めてから、アップソンは退室して行った。


 この世界にも給食制度はあるんだなと、私がぼんやりと考えていると、ぶつぶつと毒づきながら腰を落としたワイズから声が掛かった。


「嬢ちゃんも食うとき。口に合わへんとは思うけどな。これからは色々と体力勝負になるやろうからな」

「・・・・・・」


 一転してニヤニヤし出したワイズに、やはりこいつの呼び方はスキンヘッドのままで良いなと、私は強く思った。



 しばらく、この人は、一口飲み込むのにいつまで咀嚼するんだろうと、スープを啜りながらバレ無いようにスキンヘッドを観察していると、馬車が到着したという知らせと共に、私は部屋から連れ出された。

 

 狭い通路をスキンヘッドと報告に来たヘスキーに挟まれて歩かされる。

 拘束は手首だけになっていた訳だが、この位置関係では到底逃げ出せる訳もなく、私は大人しくドナドナの歌を脳裏に浮かべながら歩みを進めていった。


 着いた部屋は、建材むき出しの作りは変わらなかったが、他と比べて随分と広かった。中程にはほろを付けた馬車が停められ、スキンヘッドの仲間らしき男達数人が見張りのように立っている。そして、馬車近くの出入り口らしき鉄門からは、僅かに外の様子が垣間見れた。

 その、どこか、ガレージめいた造りに、私はこの建物が倉庫的なもので、自分は今から何処かに出荷されるんだなぁと、どこか他人事っぽく自覚した。


「ワイズ、お前、えらく飯食うの早かったんだな」


 馬車の御者と何事か話していたアップソンが、通路から歩み出た私達に気付いて声を掛けてきた。


「やかましいわ、当然食い切れんかったわボケ。で、他の女は?」

「今、俺の手下に連れに行かせてる。今回は結構良い馬車が手に入ったから、一度の移送で終われそうだな」

「せやな。かなりボロそうやけど、今時分やとラッキーな方やな」

「おいおい、贅沢言うなよ、これ手に入れるのどんだけ苦労したと・・・」

「わーっとるって。それに、今回はガキやが上玉が手に入った訳やし、苦労は報われるよって、な」

「そう願うぜ・・・ったく」


 話しながら、チラリと寄越されたスキンヘッドの視線に私が大いに青ざめていると、何やら、ガヤガヤといった感じで人の話し声らしき物が聞こえてきた。

 どうやら、私と運命を共にする不運な女性達が運ばれてきたらしい。と、思ったのは私の早合点だったようで、通路から出てくる人影は皆無、代わりに、轟音と共に倉庫の出入り口が破砕された。


 ズガン、と言うお腹に響くその音と共に、壁の破壊に巻き込まれたのか馬車近くに居た男二人が瓦礫に押しつぶされるように姿が見えなくなった。

 次いで、立ち上る粉塵に紛れてあがる外部に居たらしい他の男達の叫び声。

 

 一瞬にして、場は恐慌に陥り掛けるが、「落ち着け、アホ!」というスキンヘッドの一喝が、何とか手下達の動揺を沈めた。


「ヘスキー、3人連れて裏口確保せえ。アップソン、残った部下と時間稼げや。ええか、こっちから打って出んでもええ、この場で時間だけ稼げ」


 崩れ落ちた壁際から出来るだけ離れつつ、スキンヘッドが即座に二人に指示を出した。


「はあ?てめっ、そっこー逃げるつもりかよ?女共はどうすんだ!?」

「置いていく。今回は失敗や、このケチの付き方はやばい」

「くそっ、この臆病もんが!勝手にしろよ、俺は好きにやらせてもらう!おい、お前等っ」


 冷静に言い募るスキンヘッドを無視すると、アップソンは馬車を壁に待避していた男達に駆け寄り、何事かを命令し始めた。

 小さく舌打ちするスキンヘッドの横、ヘスキーも動き兼ねているようで、じぃと、瓦礫が巻き上げた粉埃に霞む、大穴の開いた壁面を睨み付けている。


 その間、二人の注意は完全に私から逸れていて、チャンス!と思った私は、破壊された壁とは反対側の部屋隅に向かって走り出した。

 

 そこには、置き忘れられた積み荷か何かだろう、大きな樽のような物が置かれており、頭上には換気用の小窓が1つ付いていた。かなり小さい窓だったが、小柄な私であれば潜り抜ける事も出来るだろう。


 騒然とする部屋の中、私は思惑通り換気窓の下にたどり着き、動き辛い靴を蹴り脱いで、踏み台にすべく樽の上へと足を掛けた。


 が、直後にある筈の感触は足の裏には感じられず、勢いよく飛び乗った私は、両足から樽の中へスポリとはまり込んでしまったのだった。


「っ・・・つめたっ」


 目線を落とすと、樽の中には中程まで水が入っており、私はそれに腰まで浸かっている状態だった。客観的に見ると五右衛門風呂に浸かっているような図で、私が大いに焦っていると、横合いから低い声が聞こえてきた。


「なんや、嬢ちゃん、こんな時に防火水で行水かいな。案外余裕やな?」

「っ!?」


 声の方を見上げてみれば、スキンヘッドが引きつった笑みを浮かべながら、私に近づいてくるところだった。

 手には短剣を握っており、私は、五右衛門というよりは、危機一発的な海賊の気分だった。

 硬直する私の首根っこを、猫のように服ごと持つと、スキンヘッドはぺいっと、地面に投げ捨てた。


「あんま、面倒かけなや。こないな状況、嬢ちゃんの助けともかぎらんのやで?あれ、見てみ」


 脱出が失敗したショックと濡れた冷たさに青ざめながら、私はスキンヘッドが指し示した方向に目をやった。


 もうもうと立ちこめていた煙は随分となりを潜め、ぽかりと開いた壁の穴から外の様子がよく見える。

 そこには、木製の馬鹿に大きい五寸釘のような物が横たわっており、台車付きのそれを引く馬の嘶きが、男達の怒号に混じって聞こえてきた。


「ありゃーな、かなり小さいけど、攻城用の機械や。あんなもん持ち出すやなんて、どこぞのアホか、狂人か。しかも、正面からやで?ま、相手は少数みたいでアップソンが打って出とるから、そ・・・」


 喋りながら辺りの様子を探っていたスキンヘッドだったが、急に言葉を止めて、私を背に身構える。


「なんや・・・あれ・・・」


 本人の意図とは別のところで吐かれたらしい、呆然としたスキンヘッドの呟きに、私は何事かと、室内の方へと視線を戻した。


「ミ、ミルナー・・・?」


 そこには、5、6人の男達を相手どり、一人戦う赤毛の男の姿があった。

 それがミルナーだと確信が持てなかったのは、血風舞う中、決して動きを止めず戦い続けるその姿に、私の動体視力が追いつかなかったからで、やがて力無く男達が倒れ伏して、曲刀片手に構え立つその姿は、まさしく私の知っている赤毛の将軍のものだった。

 そんな私の声が聞こえていたのか、驚くほど迅速にこちらに向き直ると、ミルナーは一足飛びにこちらに向かって走り出した。


「じょ、冗談やないっ」


 進路上にいたスキンヘッドはそう一人ごちると、姿勢を低く構えて一気に回避。金属が床に叩きつけられる残響音が、遅れて私の耳に届いた。


「ちっ、逃げ足の早い」


 振りおろした曲刀を体に引き戻しながら、ミルナーは忌々しそうに吐き捨てた。

 そして、間合いを開けたスキンヘッドに攻撃の意志が無い事を確認すると、おもむろに私の方を見てミルナーは笑いかけた。


「無事でよかった、アカネサタニ。たぶん、ネストールの奴も泣いて喜んでるぞ」

「う゛っ・・・」


 ネストールさんの笑顔からのお説教を思い浮かべると、助かったと思う反面、別種の怯えが頭をよぎる。


「ま、後の事は後で心配するんだな。まだ気は抜くんじゃねーぞ?」


 頷きだけを返して、私はどこかに行ってしまった靴の事は諦めて、裸足のまま立ち上がった。

 細かい砂利や破片を踏んで痛みが走るが、今は気にしている場合じゃない。私は、某クリスマスによく災難に合うニューヨーク市警の警官さんの悲哀を思う存分噛みしめつつ、ミルナーの背を追って足を踏み出した。


 スキンヘッドはこちらに注意を向けつつも、やはり手出しするつもりは無いらしく、それを知ってかミルナーはズンズンと部屋の中央を進んでいく。そして、壁の穴から外に出ようという段になって、鋭い叫び声が響き渡った。


「くぅおおおっ!!」


 いつの間にか背後に潜んでいた人影が、大上段に振りかぶった長剣を凄まじい勢いでミルナーに叩き落とす。


「ふん・・・」


 確実に虚を突いたと思われたその一撃。

 が、ミルナーは、詰まらなさそうに身体を反転させると、私を小突いて距離を取らせる余裕すら見せて、事も無げにその一撃を曲刀で流し受けた。


「不意打ちで声あげてどうすんだ。勿体無い」


 そう口にしながら、再び私を背にする形で、じりじりと擦り足に間合いを取り直すミルナー。

 そして、不意打ちを仕掛けてきた眼前の人影に、スキンヘッドが慌てて駆け寄って来る。


「こ、このアホっ、やめや、ヘスキー!相手が悪い、引くんや!」

「・・・だめだ、そこの女だけでも連れて行かんと、あいつが・・・」

「それでもや。相手は五色の白帝やぞ?ただの自殺行為や」

「うるさいっ!」


 ぶんっと、眼前の男、ヘスキーが長剣を振るい、斬られては堪らないとスキンヘッドが飛び退いた。


 ヘスキー・・・武器は片手斧じゃなかったのか。

 

 ではなく、確か彼は身重の奥さんと胎内の赤ん坊を助ける為にお金を欲していた筈だ。他の女性達は、あの様子だと恐らく逃げるか助け出されるかしたのだろう。

 最後に残された金の卵であるところの私を逃がすものかと、ヘスキーの目は、決意と執念の色に染めあげられている。


「いいね、ビリビリ来る良い殺気だ。アカネ、ちょいとどいてろよ」

「ミ、ミルナー、あ、あの、ひと・・・」

「うっし、こいよ。俺がちゃんと相手してやろうってんだ。死ぬ気で掛かって来い!」

「っ・・・!」


「っがあああぁっ!!」


 私と距離を取った後、ミルナーが、普段の斜に構えた雰囲気から想像も出来ない程の大音声を上げると、ヘスキーも負けじと、鬼気迫った声を上げ返した。

 そして、もはや意味をなさなくなったその声と共に、再び大上段に構えて身体ごと、ミルナーに向けて突進して行く。



 


 


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