その21
重々しい、地響きのような強力な踏み込みの後、ヘスキーの強腕から斜め一閃、袈裟掛けの一撃がミルナーに放たれた。
速さも兼ね備えたであろう、その一撃は、その時点で私からは視認出来るものではなく、その後にミルナーが無事立っている姿を見て初めて、それを回避したのだと理解出来たのだった。
それ程に速い剣戟は、先程とは違って2合、3合と繰り返され、ヘスキーが構え直す姿すら迅速に過ぎ、私はもはや、ミルナーが受け流す際にぱっと煌めく火花のみを目で追っている状態だった。
そして、5合目が受け流されると、明らかな焦りの表情を浮かべ、ヘスキーは大きく後ずさって間合いを取った。
はあはあと、大きく肩で息を吐く姿には既に悲愴感すら漂い、未だに眼力は失わずとも、素人目にも技量の差は歴然と思われた。
「我流・・・じゃ、ねえな。それだけの腕があって、こういう道しかなかったとは、言わせねえぞ?」
「だまれ・・・」
「まあ、良いけどな」
言いつつ、ミルナーは鞘走りの音を鳴らせて刃を納めると、地を這うように腰を落とした前傾姿勢を取った。
そして、先程のヘスキーの踏み込みとは倍もする程に重い踏み込み音と轟かせると、たった一歩、たった一挙動でヘスキーの遠く取っていた間合いの中に進入した。
「なっ!?」
驚愕の声をあげながらも、条件反射的に防御行動を取っていたヘスキーは、長剣を縦に構えて、来るミルナーの斬撃に備えようとする。
そんな遅すぎたと思われた防御行動の後も、しかしミルナーの斬撃は来ず、まるで、バスケットボールのダンクシーンであまりに長い対空時間に戸惑うかのように、刹那の攻防の中で僅か、タイミングが外されたように力が抜けたヘスキーのその隙を待って、ミルナーの一撃は放たれた。
文字通り満を持して放たれた、間隙を突いたともいうべきミルナーの居合いの一撃は、不思議な事に私の目にも写り、メキリと、バターか何かのように長剣を叩き斬り、ヘスキーの脇腹にめり込む形で、その動きを止めた。
そして、バタリと、糸切れた人形のように崩れ落ちるヘスキーの姿を目にし、私は、慌てて駆け寄ろうとした。
しかし、すぐに伸ばされたミルナーの剣先に進路を防がれ、私は「この殺人鬼め、私まで殺すのか!」と勢いよく振り向いた。
「大丈夫だ、刃は潰してある。っつうか、ほかの連中も殺してねーから。だからその、この殺人鬼め!って目はやめろ」
「・・・っ」
な、なんだ、良かった・・・。見れば、出血は見られるものの、ヘスキーの胸は上下している。ほっと、胸をなで下ろしていると、全く別の方からカランという金属音が聞こえてきた。
音の方を見てると、ミルナーの斜め後ろで、スキンヘッドが矢の刺さった右肩を押さえてうずくまっている。
「・・・!?」
「ったく、余計な真似を。おいアカネ、お前はそいつに近づくんじゃねえ。おら、こっちに来い」
「・・・・・・」
「いや、だからその、この誘拐犯め!って目はやめろ!つか、誘拐犯はこいつらだからっ」
スキンヘッドから引き離すべくミルナーに引かれた手に、何だか面白く無くて逆らっていると、ぐいと力強く引っ張られ、気付いたら彼の胸の前にすっぽり収まっていた。
「よく見ろ。あのハゲ野郎はナイフで俺に斬り掛かろうとしてたんだよ。そっちに落ちてっだろ?で、どっかの出しゃばりが気を利かせて弓を射って助けてくれたっつうこった」
「・・・・・・」
顎でしゃくられた先を見れば、確かに短剣が落ちている。
いや、説明はともかく、何故私は抱きすくめられるような格好なのか!
離せミルナー!離せばわかる!と私はむんむんと、無言のままに身をよじった。
「なんだ?おい、じっとしてろ。あとは撤収するだけなん・・・だ・・・」
私の必死の抵抗が功を奏したのか、両肩に置かれていたミルナーの手がぱっと離され、私はすぐさま距離を取った。
何やら唖然とした顔で私を見つめるミルナー。
そんな怪訝な様子にひたすら私が「?」を浮かべていると、壁の大穴の方から知った声が聞こえてきた。
「どっかの出しゃばり参上!ご無事ですか、アカネ様ー?」
そうして、瓦礫の上を飛び越えるように走り寄ってきたのは、左手に小型の弓を構えたウェルベック君だった。
「っ!」
ミルナーだけではなく、ウェルベック君も助けに来てくれたんだと知り、私の胸は嬉しさで一杯になった。
いや、嬉しいというよりは、やや童顔で愛嬌のあるウェルベック君を見て、やっと一息付けたという感じだろうか。本当に助かったんだなという実感が、ようやくここに来て心の中に広がり始めた。
「よかった、ご無事のようですね。とりあえず、一旦ここから出ましょう。ミルナー将軍、そちらの方は・・・」
「任されてやるよ。雑魚に関しては捕まえる必要もねえだろうしな。だからお前はさっさと、あの根性ひん曲がった軍師殿にアカネを届けて来い」
確認を求めるように見やった視線の先では、既にミルナーがスキンヘッドを縄で拘束しており、「分かりました」と返事をするとウェルベック君は私の前でしゃがみ込んだ。
「・・・?」
「素足のままでは怪我しちゃいますからね、おんぶしますよアカネ様。どうぞ、お気軽に」
躊躇する私の前で、フリフリと背中を揺するウェルベック君。
お気軽にと言われても・・・。何やら、異様に照れる。
こう、自分から乗っからなければならないというのが、こう、人生これ受け身な自分には小っ恥ずかしいというか何というか。
と、一人悶々とやっていると、「さっさと行け」とミルナーに脇の下に手を入れられて子供ダッコされた挙げ句に、ウェルベック君の背に落とされた。
恥ずかしい・・・死にたい・・・。
数十分前までは絶望的未来予想図に顔を蒼白にするしか無かったのが夢か何かだったように、私はウェルベック君の背に乗って、至極あっさりと倉庫の外へと連れ出された。
久しぶりの屋外は既に夜の帳が降りており、何故か言葉少なくなったウェルベック君曰く現在は深夜3時位という事だった。
自分が王宮を抜け出したのが昼過ぎだったので、誘拐されてから大体12時間以上経っている計算になる。時間の感覚が薄かった為に実感は無いが、意識してみると眠くも感じる訳で不思議なものだと思った。
そして、ありがとうと頭を下げながらウェルベック君の背から地面に降り立つと、上げた視線の先にはヤバイ笑顔のネストールさんが立っていた。
連日の徹夜で目の下のクマは色濃く、限界を越えた睡眠不足から来るナチュラルハイ状態の為か常以上に笑顔は爽やかで、血走った目線の先でこちらに伸ばされた手は、疲労からか小刻みに揺れている。
「ひっ・・・」
「無事で何よりです。アカネ様。助けが遅れてしまって申し訳ありませんでした。どこかの馬鹿が仮病を使った為に初動が遅れてしまったのです」
「ご、ごめ・・・」
「ははっ、助けがたった3人で心配もお掛けした事でしょう。しかし、陛下が箝口令を敷かれている以上、存在しない事になっているあなたを助ける為に割ける人員はこれが限界だったのです。しかし、本来なら3人とは言え、もっと早く救出する事は出来ていた筈なんです。どこかの馬鹿がこっそり王宮を抜け出しさえしなければ」
「ひぐっ・・・」
幽鬼のように、ゆらり、ゆらりと、手を伸ばしながら近づいてくるネストールさんは、それでも口上はいつも通り滑らかだった。しかし、どうTALKしても仲魔にはならない事は一目瞭然だった。もしくは瀕死までhp払わせた挙げ句に襲ってくるタイプだと思われた。
「城下警備の奴らに温存していた弱みのカードを切り、何とか馬車の線から誘拐グループに目処をつけたものの、倉庫街を逐一チェックする猶予はありません。更に弱みカードを切って破城槌を強引に借り受けて怪しい倉庫は全て破壊。運良く3件目で当たりを引いた訳ですが、それにしても、この報告書は誰が書くんでしょうねえ」
「え、ぅ・・・」
ゆらり、ゆらーり。一歩ずつ、確実にネストールさんと私の距離は縮まっていく。思わず裸足の指に力が入る。
「・・・ダイアーさんも大変心配していましたよ」
「っ!」
そして、距離がゼロになって、私はネストールさんに両肩を掴まれ、ゆるりと交錯するように閉じられた腕の中へと招き入れられる。
「もちろん、私もね」
ぎゅっと、押しつけられたネストールさんの胸に、暖かい、人の熱を感じると、私の目からは思い出したように涙が流れ出した。
「ぅ、ぅう、うわああああっ」
堰を切ったように泣き出した私は、いつもは気になって仕方がない周りからの目など、この時ばかりは気にする余裕も無く、はばかることなく溜まっていた感情を吐き出した。
多分、こんなに泣くのは、隣に住む良子ちゃんに、トゥルーエンド間近だった乙女ゲーのセーブデータを別キャラのものに差し替えられた上に、どう解析したのか目的のキャラルートに入ると必ずフリーズするようにディスクに傷を付けられた時以来ではないだろうか。
しかし、良子ちゃん、思い出す程に、ひどいな。
どれくらい時間が経っただろうか。
涙やらでベトベトになったネストールさんの胸を、手渡されたハンカチで何とかならんもんかと、自分の顔共々に工作していると、「少しは落ち着きましたか?」と優しく問われた。
途端に恥ずかしくなって濡れた頬を更に赤らめていると、さらりと、優しく頭を撫でられる。
その慣れない感覚に、私が背筋を泡立てていると、抱きすくめるように背中に置かれていたネストールさんの手がぱっと離された。
疑問に思って見上げたネストールさんは何やら挙動不審で。
「ま、まあ、先程は嫌みに言い過ぎたかもしれませんね。しかし、アカネ様は十分反省されたようですし・・・」
「・・・?」
あれこれと、徐々に身体を離しながら、何やら弁解めいた言葉を連ね始めるネストール。
そう言えばさっき、ミルナーもこんな感じになってたような?と首を傾げていると、件のミルナーが、誘拐犯達の拘束を終えて、軽い足取りでこちらに戻ってくるのが見えた。
「一応、主犯らしい3人と他5人程は拘束しといたぜ。あと、捕まってた他の女は奥の部屋に戻ってもらった。被害者かどうか確認が取れねーからな」
「賢明かと。後は警備の班に丸投げしてしまいましょう。いい加減、管轄を荒らし過ぎましたからね」
「違いねーな。まあ、あいつらを尋問すりゃ売買のルートも幾つか潰せるだろうし。トントンだとは思うけどなあ」
「そう判断してくれる事を祈りましょう」
ふぅと、重い息を吐きながらネストールさんはミルナーに答えた。
そして、用は済んだとばかりに、ひょいとミルナーは私に視線を向けると、いたずらっぽく言った。
「にしても、アカネ、お前またひっでえ顔してんな。まあ、お漏らしの事含めて、誰にも言わねえから、安心しろよ。な、ウェルベックもそうだろ?」
「は、は?いや、僕は、その、あ、僕は馬を取ってきますね」
「・・・?」
休む為に腰を下ろしていた瓦礫から慌てたように立ち上がると、ウェルベック君は小走りで去っていった。
あからさまな挙動不審ぶりに私が再び首を傾げてその後ろ姿を見送っていると、ミルナーは更に言葉を続けた。
「二度目ともなると流石にショックだろうからな。前みたいには言わねーから。ほんと、安心しろよ?」
「ミルナー、逆に言いすぎです。こういう事は口に出さない方が・・・」
「気付かないフリしろってか?逆におかしいだろ。って、あ?どうしたアカネ?」
「・・・・・・」
あの、何の話?と二人を見上げると、私の疑問を正しく受け取ったであろうネストールさんが、僅かに驚いた表情を浮かべると、ゆっくりと、人差し指で私の方を指した。いや、正確には私の下半身だろうか?自身で目線をやれば、そこには濡れてびしょびしょなスカートと、素足のままの足が見え隠れする。
って、え、お漏らしって、え?
まさか、この濡れたスカートを見て、私がお漏らしをしたと思ってる?
ってか、さっきウェルベック君がおんぶの後から急に喋らなくなったのって・・・。
「っ!!・・・ちがっ」
「いや、良いんだよ、アカネサタニ。一度ある事は二度あるんだ。それは否定しなくて良い事なんだ」
「そうですよ。それに、それほど恐ろしい目に遭ったのだと思えば、逆に、お漏らしぐらいで済んで良かった。むしろお漏らしが良かったとも思えますし」
「・・・っ!・・・っ!」
何か口調おかしくなってるよミルナー!というか、お漏らしが良かったって、違う意味にしか取れないよ!
コミュ障であるという事以上に、私は怒りと恥ずかしさのあまりに言葉を発することが出来ず、誤解を説くにはウェルベック君の帰りを待って、皆が落ち着いてからネストールさんに改めて読心してもらうというプロセスを踏むよりなく、しんみりとした心情に浸っていた筈の雰囲気は、いつの間にか霧散していたのだった。
帰りの馬上、いつかのようにネストールさんの前に乗せて貰って、ぱかぱかと揺れる馬のリズムに眠気を誘われながら、おぼろになりつつある意識の中、それでも明確に気付いた事が2つあった。
1つは、この世界には、私の事を身体を張って、或いは不眠不休で、利害関係以上に助けてくれる人がいるという事。
そしてもう1つは・・・。
もう1つのコレ、をうまく利用すれば、多分私は、このイグラードの窮地を救う事が出来る。




