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その2


 背中が冷たい。あと、お尻も。


 ゆるりと寝起きの夜のように鈍く持ち上がってきた意識の中、最初に私が思ったのはそれだった。

 

 ついでに言えばチクチクしもする。

 まばゆいライトの直下にいるらしく、目が眩んで仕方が無かったので、私はそのチクチクと不快な自分のお尻辺りを手探りで確かめる事にした。

 間も無くコツリと指先に固い感触。プラスチックのような木のような、指先で摘めるサイズのそれに、自分はこんな物をベッドの上に置いたかしらと首を傾げた。

 そして、ようやく光に目が慣れてきたのようで、うっすらと目を開く事に成功した私は、手の中のそれを眼前に持ってくる。


「・・・チェスの、駒?」


 あまり精緻とは言えないまでも、間違いなくそれが馬の頭部を模した彫刻であると分かる程度にディフォルメされたそれは、恐らく木製で、チェスをした経験は無いが、リップサイズのそれに他の用途があるとも思えない。


「いや、それは盤上遊技の駒ではないよ」

「はへ?」


 あるとは思わなかった返事に、思わず口から間抜けな声が漏れる。

 徐々に戻ってきた視界で周りを見てみれば、グルリと自分を囲むように数人の男達がこちらを凝視していた。


「キ、キャアッ・・・ムグ!」


 あまりの驚愕に恐慌状態に陥りかけた私は、しかし、思う存分叫び声をあげる事も出来ず、背後から口元と上半身を拘束される。


「っと、叫んでくれるな。あと、舌を噛みきって自害というのも思いとどまって頂こう」


 渾身の力で手をかけても怯む気配を微塵とも見せない、背後から伸びる鉄のような腕は、私の口に手拭いのような物を噛ますと慣れた手つきで後でしばり、そして、ズルズルと私を拘束したまま後ろに引きずっていく。

 ドサリと地面に下ろされた私は、どうやら机の上にいたらしく、それを囲むように立っている男達を改めて視界に収めた。

 

「ムグ・・・ムムグ・・・」


 というか、私は、今まで、机の上で、しかも男達に見られながら寝てたのか?恥ずかしかーと、敢えて重大な事から目を逸らして逃避していると、背後の男から声がかかった。


「さて、軍師ネストールよ、コヤツをどう見る?」


 ギリギリと私の両手と首を拘束する万力めいた重さとは反比例した軽い調子での問いかけに、正面にいた男が答えようと動いた瞬間、もう1人の男が机を一足飛びに私に肉迫し、ピタリと剣の刃先を突きつけてきた。


 そう、剣である。

 必死に私が逃避しようとした現実、それは周りの男達がほぼ全員帯剣しているという事。そして更に言うなら西洋風の甲冑を着込んでいる人もちらほら・・・・。


「迷うこたぁねぇ。コイツは凶兆だよ兄者。間者というには間抜けに過ぎるしな。とにかく、殺すに限らぁな」


 水平に伸ばされた片刃の剣は、私の首に僅かに触れつつも一切ブレる事がない。

 鍛え上げられた腕部を辿ると、ざんばらの赤毛に見え隠れする鷹のような目に、背筋が凍った。


「はやるなよ、ミルナー。見極めは貴様の領分では無いぞ」

「しかしな、兄者、今は些事にかまける時間も惜しいだろうに」


 にわかに騒然とした室内、他の数人の男達が赤毛の男に同調したように殺気立つ。


「静まれ」


 しかし、静かな、それでいて諾と言う他無いと感じさせる声が、浮き足立ちかけた室内を律する。


「ミルナーよ、下がれ。ジェラードの言うとおり、俺もここは軍師の言が聞きたい」

「はっ」


 すっと、刃が離されたかと思うと、カチンと音が聞こえ、何事も無かったかのように赤毛の男、ミルナーは剣を鞘に収めて元の立ち位置に戻った。

 そして、室内を支配する先ほどの声の男の命令に従って、私の正面の男がこちらに一瞥をくれてから一歩前に出た。


「古来より、逆神隠しは凶兆の顕れ。またこの者からは力の類が一切感じ取れませぬ。何かに利用する事も不可能でしょう」


 ほらな?と言うように斜め前でミルナーがにやりと口の端を上げる。

 って、え?私まさか殺されるの?はは、やばい、剣とか現実味なくて怖く感じなかったけど、今になって一気にきた。


「ネストール、つまりは、殺せと?」

「はい、常ならですが」

「ふむ・・・」


 考え込むような男の声。

 どうやら、この男がこの中の代表者、トップの権力者らしい。他の男達が彼を窺う雰囲気が感じ取れる。

 後ろからガッシリとホールドされているせいで、そのトップの男の姿が見えないが、多分、王様ちっくな存在なのだろう。


「常なら速やかに斬って捨てるべき凶兆、ですが今は劣勢に劣勢を重ねた危急の時。判断が異なる事もありましょう」


 静かに軍師と呼ばれた正面の男、黒髪ロンゲの優男風が補足する。

 そして、チロリとまた私に一瞥。

 

 あれ?この人助けてくれようとしているのでは?よくは分からないけど、劣勢って言ってたし、さっき掴んだチェスの駒っぽい物も、あれ確か戦争シミュレーションゲームとかの会議シーンで地図に置いて「火計にて敵軍の被害甚大ナリ!」とか言って使うやつではなかったか。

 そうと分かれば私が北西の風、いや、南西の風?とにかくKAMIKAZEを呼んで劣勢を覆すよ!奇跡起こすよ!ロマンティックあげるよ!


 と、先程までの悲壮感一杯の私から一転、必死で軍師さんにアイコンタクト。


 そして、そのお陰かどうかは分からないが、トップの人から一言。


「この者は客人として扱う。各将は通達の後、残った議題は午後に持ち越す」

「はっ!」


 一斉の返事の後、10人程いた男達が迅速にペロリと天幕をめくって退室していく。残ったのは私と、後ろの万力な人、赤毛野獣に、優男軍師、そして、角度的に見えない王様的な人。

 

 どうもここはかなり大きめのテントの中だったらしい。照明が端々を照らすには不十分で気づかなかった。そして、もう一つ気づかなかった事がある。

 ようやっと、後ろの人からの拘束がゆるみ、猿ぐつわを解かれた私は、それを懸命に訴えようとした。


「ぁ、あの、わ、わた、ワタヌキ、ちがっ・・・」

「落ち着け。そして、拘束はせんが、くれぐれもおかしな真似はしないようにな」


 緊急事態にも発揮されるコミュ障と私が戦っていると、「おや?」とばかりに軍師、ネストールさんだったか、が私に近寄ってくる。

 良かった、先ほどの私を助けてくれた言と良い、彼は良い人だ。きっとまた私を助けてくれるに違いない。


「その女人、粗相してますね。ははっ、ミルナーの脅しが効きすぎたようですね」

「っ・・・!!」


 声にならない羞恥の叫びを必死で堪える私。

 な、なんなのよこの人!このデリカシーナシ軍師!そこは普通気づかなかったフリしてそっと室外にエスコートでしょうが!そんなだから劣勢になるのよ!この三流軍師!バショク!!

 と、目線すら合わせられず、足下に向かって内心で毒づく私。


「ふふ、すいませんね、デリカシーなくて」

「・・・え?」


 ビクリと驚いて、ゆるゆると正面の軍師さんに目線をあげる私。

 ぐっしょりと濡れそぼったズボンとか、お漏らしバレて恥ずかしいとか言った気持ちは、とりあえず横に置いて。

 この男は何を言ってるんだろう?


「期待してますよ?神風、起こしてくれるんでしょう?」



 


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