4-2 みんなで新年会
新年会やろーぜ、と言ったのは誰だったか。いつもの4人で集まる流れになった。
俺の部屋でやるからそっちに泊まってくる、と言ったら、何故か夕月が目を輝かせた。
「私も、翔吾の部屋行きたい……!」
「え、でも男しかいないぞ? 多分酒も飲むし。」
夕月のトラウマを心配したが、夕月はじゃあリカも呼んでいい?と言い出した。
翔吾は仲間の顔を思い出す。彼等なら元気になった夕月の参加を喜んでくれる筈だった。
「つーわけで、掃除すんの手伝ってくれ。」
「いやなんでだよ。」
「あんな部屋夕月に見せられねーんだよ!」
「年末に大掃除しなかったのかよ。」
男だけで騒ぐだけなともかく、夕月を呼ぶとなったら散らかっているのは大問題だった。
かくして文句を言いながらも集まってくれた友人らの第一声は揃って「煙草臭い」だった。
シンヤに至ってはストレートに「吐きそう」とまで言った。
確かに、長い間風を通していない部屋は埃っぽく、空き缶に突っ込んで放置された山盛りの吸い殻は自分でもわかる異臭を放っていた。
「お前だって吸うだろ。」
「おれ紙なんか吸ってないし。」
窓を開けながら喫煙者の高山に理解を求めると、ぬるりとかわされた。
「これブルガリじゃん……! こっちはエルメス。おい、時計も混ざってるぞ!」
ソファの服の山を崩していた圭介が紛れていた香水瓶を拾って声を上げた。
なぜか何度か抱いた女は高価な物を送りたがった。圭介の手にあるそれらも女から押し付けられた物だった。
「欲しけりゃやるよ。俺とおんなじ臭いになれるぞ。」
「うわ、気色悪。」
「お前これどーすんだよ……?」
呆れた声に振り向くと、シンヤが摘み上げているのは床に散らばったコンドームの内の1枚。
「隠しとく? あれば使う、よな?」
「いや、いい。全部捨てる。」
「勿体ねー。俺がもらお」
「お前サイズ合うのかよ」
使う予定もない高山がちゃっかりポケットに押し込んでいた。
メーカーもバラバラなそれらはどれも翔吾に抱かれたい女たちに買わせた物だった。なんならゴミ箱をひっくり返せば使用済みも出て来るかも知れなかった。
他にもピアス、香水、口紅、下着、開封もされていない贈り物の数々……。
翔吾の部屋からはそんな女子のマウント合戦の痕跡が山盛りに出てきた。
「この部屋じゃあ、夕月ちゃんには見せられないわな。」
「お前ほんと屑だったんだな。ホストかよ。」
「……俺も、そー思う。」
「いやぁ、貢ぎ物で生きるって、才能は才能だろ。俺には無理。」
肩を叩いたシンヤの言葉は全くフォローになっていなかった。
ともあれ、換気と洗濯をして、呪物の様な不用品とゴミを処分し、(掃除機がなかったので)雑巾をかけた翔吾の部屋はどうにか女子を通せる程度には整ったのだった。
「いやファブくっさ!絶対緑のやつでしょ!」
「リカ……、頑張ってお掃除してくれたんだよ、きっと……。」
迎えた当日。女子は辛辣だった。
リカは入って早々に臭いと言い放ち、夕月はニコニコと窓を開けている。
「翔吾の部屋、ずいぶん広いね。1人暮らしだったんでしょ?」
「それ思った。そんで今はほとんど夕月の部屋に住んでんでしょ?ちょー贅沢。」
今日のメインの鍋の為に買い出ししてきた食材を並べ、カセットコンロを準備していると、圭介たちがやって来た。
「翔吾ー! 来てやったぞ。」
「酒持って来たぞ。なんかこの部屋寒くね?」
「待て、夕月ちゃんの他にも女子がいる。」
手に手に買い物袋を下げている彼等の持ち寄った物を確認する。
「お前ら何持って来たんだ。」
「肉。」
「鶏と酒。」
「鍋物用豚バラ」
「全員肉なんじゃねぇか。」
肉トリオのドヤ顔に取り皿を用意していた夕月が吹き出すのが聞こえた。
「大丈夫だよ、私たち野菜沢山用意したから。ね、リカ。」
「そうそう。だからちゃんと野菜も食べてね。」
持ち寄った具材を適当に鍋に入れて火にかけ、めいめいに腰を下ろすと、何となく自己紹介コーナーになった。
「夕月の友だちのリカです。夢は地方公務員、それからお嫁さんでーす。」
「ちょっとリカちゃん。まだ乾杯もしてねんだから、俺の部屋で合コン開催しないで貰える?」
「まぁまぁ、いいじゃん。リカちゃん初めまして。俺圭介。小学校の先生になりまーす。」
調子良く手を上げた圭介を見て、リカが鼻を鳴らした。
「私、圭介と初めましてじゃないけど。」
「え、まじ?」
「だって私夕月と講義殆ど一緒だから。圭介とも結構被ってるよ。」
「圭介はなー、夕月ちゃんしか見てなかったんだよな。……俺は高山悟利さとり。夕月ちゃんともリカちゃんともほぼ初めましてだよね。」
爽やかぶって微笑んだ高山の名前に、夕月が反応する。
「えっと、確か、お弁当箱……。」
「弁当? ……あ、そうそう、こいつに洗えって言ったの俺。」
「夕月、そんな事良く覚えてたな。」
「うん。嬉しかったから、覚えてるよ。」
高山が翔吾に向けて腕を叩いて見せ、翔吾は苦笑いして肩をすくめた。
「俺、シンヤ。鍋もう食えんじゃね?乾杯しよ。」
「夕月ちゃんと翔吾の紹介がまだだろうが」
「今更いるか? 俺も夕月も全員顔知ってるだろ。」
それもそうか、とそれぞれにビールと缶チューハイの缶を持つ。
ちらっと隣の夕月の顔を見ると穏やかに笑っていた。
「夕月、酒大丈夫か? キツかったら言えよ。」
「大丈夫。皆んな知ってる人だし。」
こっそり耳打ちすると、小さく頷く。
「何に乾杯する?」
「なんでも良くない?」
「圭介の新しい出会いを願って」
「馬鹿やめろ」
「俺のも願ってくれ。」
「翔吾の留年を祝して!」
「してねーし、祝うな」
「普通に今年もよろしくで良くね。最後の一年も頑張りましょーてことで。」
かんぱーい、とバラバラに缶をかかげて、新年会は始まった。
「……夕月、座ってろよ。もっと食えって。」
「えっ、食べてるよ?」
飛び入り参加の女子達は、非常に良く働いていた。
鍋の準備に始まり、火加減を調整し、飲み物の有無に気を配り、空いた缶を片付ける。
自分たちが気がつく前に夕月とリカが動いてしまう為、男4人なら自分達ですることもじっと世話されていた。
特に夕月。どうやら緊張しているらしく、ずっとそわそわしていて、隣にいる翔吾はかえって落ち着かなかった。
「そうだよ。接待させる為に呼んだんじゃないんだから。」
ええかっこしいの高山もやんわりと止める。
「……そんなつもりは、ないんだけど。ね、リカ?」
「男子の気が利かなすぎるんだよね。」
2人で顔を見合わせて、また腰を浮かそうとする。
翔吾は1つため息をついて、夕月の腰に腕を回した。揶揄われるの覚悟で強く引き寄せた。
「翔吾……!、恥ずかしいんだけど。」
「いいから、落ちつかねぇから座れ。リカちゃんも、今からあいつが一発芸するから。」
指を差すとシンヤが俺かよーと言いながらズボンを探った。
「それじゃあこちらをご覧くださーい。」
「……できんのかよ、すげーな。」
明らかな無茶振りに答える素振りに、圭介が感嘆の声を上げた。
シンヤがズボンのポケットから取り出して広げて見せたのはストライプの入ったハンカチ。
ひらひらと振ってからくしゃくしゃと手の中に隠す。
「はい、3、2、1……。あっという間に縦縞から横縞のハンカチに変身!」
「くだらねー!」
「くそ、ちょっと面白い……。」
単純だがその場を盛り上げるには充分なネタだった。女子にも受けている。
シンヤは充分ツッコミを入れる時間を取ってから、もう一度ハンカチを手の中に隠した。
「じゃあもう一回いきますよー。3、2……、」
「どうせ横から縦になるんだろうが。」
「……1。はい。」
広げたシンヤの手にハンカチはなかった。代わりにのど飴が2つ。
「リカちゃん、夕月ちゃんどうぞ。」
テーブルの向こうから放られた飴玉は丁度2人の手元に落ちた。
ありがとー、と2人に言われて満足そうにピースしている。
「え、ズル……! 点数稼ぎ!」
「外さないやつだなぁ。」
圭介が喚き、高山が膝を打つ。
一瞬で場を和ませてくれたシンヤを片手で拝むと、つるりとした顔でハンカチ返して、と言う。
なぜか翔吾の胸ポケットからシンヤのハンカチが出て来た。
「さっきのやつ教えてくれよ。実習でやりたい。」
「えー、俺の持ちネタなんだけど。」
「……圭介とシンヤさ、小学校行くだろ?どんな感じ?」
圭介がシンヤに手品の種をせがんむのを横目で見ながら、翔吾が切り出した。
「どんな感じっても、まだ実習の申し込みしただけだぞ。」
「俺は自分が出たとこ行くけど、翔吾学校興味あんの?」
シンヤの問いに、翔吾は少しだけ黙った。言葉にする事を迷っているようだった。
「……まぁ、ちょっと。俺卒業しても多分何にもなれねーけど、一応。考えてることあんだよな。」
「スクールソーシャルワーカーとか?」
夢は地方公務員と日頃から言っているリカが首を傾げる。
「いや、もう大学で社福は取れねぇし。もっと、直接関われるとこ。」
「ちゃんと講義出てなかったからだぞ。やっぱり留年して勉強しなおした方が良かったんじゃねーの。」
「いいよ、面倒くせぇ。親父に頭下げんのも情けねぇしな。」
友だちの言葉に翔吾は不貞腐れたようにビールを呷った。
「夕月ちゃん達も実習あるでしょ?」
「あるよ。リカも行くよね。翔吾はどうしたいんだっけ?」
夕月は翔吾が進路に悩んでいたのを知っていて、あえて水を向けた。
「いや俺はそっちじゃなくて……、あの変な教授に、このまま子育て支援とか、そっち系やらないかって言われて。別に行っても行かなくても、いまさら変わんねーんだけど……。」
「へぇー、翔吾がね。初めて聞いた。」
「ずっと何したいのか言わなかったもんな。遊んでばっかで、見ててもわかんなかったし。」
「いいんじゃない? 翔吾みたいなの、多分子どもにウケるよ。」
気まずいのか照れ臭いのか、歯切れの悪い翔吾の言葉を誰も笑わなかった。
今まで彷徨っていた彼が道を見出した事を、口には出さずとも友人は祝福していた。




