2-4 恋敵と幸せの味
好きな子に元カレがいて冷めた。
そんな事を言い出したのは高山だった。
「だからさぁ、中古品買う時も使用済みって嫌だろ!?」
「その例えは品が無さすぎる!」
「品ってなんだよ、お古でいいやつに品とか言われたくねぇんだよ!」
コイツはいつまでもそんな事を言ってるから彼女が出来ないのだ。
目下フリーの野郎どもが激論を交わしている。
──本当にこいつらが教師になんかなれるのか?
経験人数3桁弱、こっそり本気の彼女持ちの翔吾は高みの見物を決め込んでいた。
「圭介は処女めんどいって言うけどさぁ、発達心理にいるちっちゃい子はどうなんだよ?」
「あぁ、『カーディガンの君』な。1人ででかい犬飼ってるとか言ってたし、彼氏いないんじゃね。」
「あの子はそれがいいんだよ! 多少面倒くても、俺がリードする!」
高山のまぜっ返しにシンヤが乗っかり、圭介が吠える。
話題に上がったは夕月の事だった。
「……それは、どうかな。」
でかい犬こと翔吾が漏らした呟きに、耳聡く3人が振り向いた。
「なんだ翔吾センセーも参戦か?」
「入れ食い野郎め、指咥えて聞けってか。」
フリーの女子相手に勝手にした失恋がよほどショックだったのか、高山がいやに卑屈になっている。
「いや、そういう子って意外に彼氏いるんじゃねーの。」
「あー、社会人と付き合ってる子とかいるよな。逆に年下とか。」
「清楚なお姉さん系?」
「お前らがあの子の何を知ってるんだよ…! つかお前こそ処女は面倒ってずっと言ってたろ。」
もしうっかり「その子なら毎晩俺の横で寝てるよ」と言ったらカッターで刺されるかもしれない。
「…まあ、確かに、処女は…大変は大変だった。やっぱそういう流れも向こうはわかんねーじゃん?…でも、真っ赤な顔で信じきった表情されると堪んねーよ。俺が全部教えてやるっつーか、全部が繊細でさぁ、ちゃんと気持ちが通ってる感じがして……、なんだよ?」
気がつくと3人とも口を開けて聞いていた。
「マジでセンセーになってどうすんの。」
「翔吾がそんな事言うと思わなかった。」
「お前それ誰の事だよ。」
その時、翔吾のスマホが光った。
『講義全部終わったよ。どこか寄ってく?』
添えられた可愛らしいスタンプに笑みが溢れそうになった。リュックを掴んで立ち上がる。
「おい、翔吾!誰なんだよその子は!」
「うっせーな……飼い主だよ。」
お弁当作ったら食べてくれる? 夕月がそう聞いてきたのは数日前だった。
食べる、と答えてそれからすっかり忘れていた。
「翔吾!」
自動販売機の陰で煙草をふかしていると、すっかり耳に馴染んだ呼び声。
「これ、お弁当。作るって言ったのに遅くなってごめんね。」
手渡されたのは水色のランチクロスで包まれた2段の弁当箱。
「…おう。これ中身なに?」
「普通のお弁当だよ。」
「いや、だから俺ふつーって知らねぇし。」
じゃあおたのしみね、と言って夕月は軽やかに去っていった。
それを遠くから見ていた者がいた。
「……翔吾!!」
「げ」
夕月の可愛いらしい声とは似ても似つかない野太い声。
駆け寄ってきた圭介と、その後ろからニヤニヤしながら歩いてくる高山とシンヤ。
「なんだよ今のは! 彼女とどういう関係なんだよ!」
「…知り合い。」
「ただの知り合いがお前にそんな可愛い弁当箱届けに来るわけないだろー!?」
掴みかかってくる圭介をあしらって弁当を死守する。
さっさと立ち上がって学食に向かって歩き出すと、3人とも自然についてくる。シンヤと高山がいつも学食で買い食いだからだ。
「カーディガンの君の飼い犬ってお前か?おい、これのどこが可愛いんだ。」
「圭介、諦めろよ。彼女の名前もよく知らないお前じゃあ、手作り弁当には勝てねーって。」
「マジで裏切り者!」
4人で座る場所を確保して包みを開いた。
当然のように他の3人も覗きこむ。
卵焼き、ミニハンバーグ、野菜の肉巻き、根菜の煮物、三色和え…。
「手が掛かってる…、まごうことなき女の子の弁当だな。」
「俺なんて母ちゃんの茶色一色弁当なのに…」
シンヤが腕を組んで唸る。
それはそれで幸せな圭介が弁当箱と翔吾を交互に睨みつけている。
「拝んどけよ圭介。ところで翔吾、そろそろ名前くらい教えたらどうなんだよ。」
「誰が教えっかよ。てめえで聞きに行け。」
本当に手を合わせて、写真まで撮り出した圭介が、不意に真面目な顔になった。
「なぁ、翔吾。あの子の事、今までみたいに遊びじゃないよな。」
「…おう。あいつだけは、お前にもやれねぇ。」
「…それならいい。絶対泣かすなよ。絶対お前から振るな。あんなに幸せそうなんだから。…まー俺は?お前に今裏切られたんですけど?」
冗談めかして肩を殴ってきた圭介の拳が今まで喧嘩した誰よりも重かった。
「弁当ありがとな。うまかった。」
帰って弁当包みを見せると、夕月は嬉しそうに微笑んだ。
「全部食べてくれたんだ。あ、もしかしてお弁当箱洗ってくれてある…?」
「高山が弁当箱は洗って返すもんだって。でも、石鹸とか使ってないから、またちゃんと洗わないと駄目かも。」
「気持ちだけで嬉しいよ。」
機嫌よく弁当箱を洗って片付ける夕月に歩み寄り、腕の中に閉じ込める。
「夕月、圭介って知ってる?おんなじ講義取ってるって。」
「前に言ってた教育科にいる翔吾の友達でしょ。」
「あいつがさ…、……すげー弁当褒めてた。」
お前の事好きだってさ。俺に任せるって。
自分が言っていい事ではない気がして、弁当の話だけで口を閉ざした。
「えー、ちょっと恥ずかしいな。」
「卵焼き、美味かったからまた作って。」
胸に頭を預ける夕月のつむじに口付けて囁いた。
「翔吾、卵焼き好きだよね。次はしょっぱいのと甘いのどっちがいい?」
「夕月の好きな方でいい。卵焼きってなんか、幸せの味がする気がする。」
「お、ポエム?」
絶対泣かすなよ。圭介の言葉が思い浮かんだ。
やっぱり自分ばかり欲しかった物を貰っている気がする。
夕月に「俺といて幸せか?」とは聞けなかった。




