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10.また服がぁぁぁぁぁ!?と、砕け散るAランクの矜持。

 轟音。そして、視界を焼き尽くすほどの爆炎が、決闘場の中央を飲み込んだ。


 Aランク探索者・煉の放った必殺の一撃【紅蓮爆炎斬】。


 まともに食らえば、鋼鉄のゴーレムすら一瞬で蒸発するほどの超高火力魔法だ。


「やったぁ!さすが煉くんかっこいいー!」


 結衣が鼓膜をつんざくような歓声を上げ、煉は「はっ、口ほどにもねぇゴミが」と大剣を振り抜いた姿勢のまま、勝利の残心ポーズを決める。


[コメント]

:うわあああああああ!

:放送事故放送事故!!

:BANされるぞ画面隠せ!!!

:ああ……スウェットのお兄さんが……


 数万人のリスナーが最悪の結末を覚悟し、画面の向こうで悲鳴を上げた、その時。


「……あ、あ、あああああああッッッ!!!!!」


 炎の中から響き渡ったのは、絶望の悲鳴でも、死の間際の叫びでもなかった。


 それは、この世の終わりを嘆くような、魂からの絶叫だった。


 もうもうと立ち込める煙と炎が、突如として『プツンッ』と不自然に消失する。


 そして、煙が晴れた先には——。


 上半身の、跡形もなく焼き尽くされたスウェットの『残骸』を身に纏った拓真が、未だにスマホを見つめたまま……いや、スマホの画面と自分のボロボロの体を交互に見つめ、絶望に打ちひしがれていた。


[コメント]

:え?

:ええええええええ!?

:生きてる!?

:でも服があああああwwww

:全裸!?いや、半裸!?

:っていうか、体バキバキで草。スウェットの下こんなんなってたんか


『きゃあああっ!?ボディーガードさん、服がっ!……えっ、なんかすごい筋肉……!』


 かりんはわざとらしく両手で顔を覆いながらも、指の隙間からバッチリとドローンカメラの構図を微調整し、拓真のバキバキの肉体を画面の中央に捉えていた。


(よしよしよしぃ!嬉しい誤算だわ!このギャップは絶対バズる!ただのモブ男かと思ったら、脱いだら細マッチョの無傷のバケモノとか、リスナーの好物ど真ん中じゃない!あとで絶対ショート動画にして擦り倒してやるわ!)


「……また、また服がぁぁぁぁぁ!?せっかく買ったんだぞ!!!セールで1980円だったんだぞ!!!」


 拓真の絶叫が決闘場に木霊した。


 彼は、Aランクの攻撃に無傷だったことなど1ミリも気にしていない。ただただ、せっかく買ったスウェットが焼けたことに、この世の終わりのような怒りを感じていた。


「な、なんだお前……!?なんで生きて……っ、ひ、服だと!?」


 プライドを粉砕された煉が、半狂乱になって叫ぶ。


「てめぇ……!俺の1980円、どう落とし前つけんだ?」


 ドクンッ、と。


 その瞬間、決闘場内に充満していた濃密な魔素が、拓真の服への執着と怒りに呼応するようにドス黒く渦を巻いた。


「そんな安モンなんて気にしてんじゃ......っ!?」


 ただの一般人である結衣や、画面越しのリスナーには分からない。だが、数々の死線を潜り抜けてきたAランク探索者の煉の『生存本能』だけが、警鐘を最大音量で鳴らした。


(なんだ、こいつ……っ!?人間じゃ、ない……!?)


 煉は本能で理解してしまった。


 目の前にいるのは、ただ防御力が高いだけの探索者などではない。このダンジョンの法則そのものを支配する、絶対的な『バケモノ』なのだと。


 パキィィィィンッ……!!


 拓真の怒りのプレッシャーに耐えきれず、煉の特注の魔装大剣が、飴細工のように無惨にひび割れ、粉々に砕け散った。


「ヒッ……!!?」


 煉は無様に尻餅をついた。


「な、ななな......あぁ...止まれっ、止まれよぉ...」


 さきほどまでの威勢は完全に消え失せ、顔面は蒼白。歯の根が合わず、カチカチと情けない音を立てている。股間からは生温かい液体がツゥーッと流れ出し、地面にシミを作っていく。


『あーあ……煉さん、腰抜かしちゃったみたいです。あんなに自信満々だったのに、私のボディーガードさんには全然敵わなかったみたいですねー』


 かりんが画面越しに、困ったようなあざとい声で実況を入れる。しかし、その内心は歓喜のあまり狂喜乱舞していた。


(最高、最高すぎるわ!Aランクが文字通りションベンちびって平伏してる!何千万もする剣が何故か粉砕してるし!デタラメにも程があるわよこのカバン男さん!これでこの『最強のバケモノ』は完全に私の所有物ね。ギルドの連中には絶対に渡さない。一生私の配信のダシにして稼がせてもらうわよ!……くくっ、ふははははっ!)


「おい」


 拓真が一歩踏み出した。半裸で、焦げたスウェットの布切れをぶら下げている。


 拓真は震える煉の胸ぐらをガシッと掴み上げると、極悪人のような笑みを浮かべて凄んだ。


「お前、Aランクなんだろ?だったらガチャを天井まで回せるくらい『魔石』持ってんだろ?なぁ?……あと、スウェット代、100倍にして出せ。もちろん魔石でな」


「あ、ああ、あ、はいぃぃっ!出します!全部出しますからぁぁっ!命だけはああああ!!」


 泣き叫びながら、震える手で自身のアイテムボックスから大量のレア魔石をポロポロと床に吐き出し始める煉。

 

 その信じられない光景に、ついに結衣のプライドと現実認識が限界を超えてへし折れた。


「……は?れ、煉くん?なにやってるの……?冗談でしょ!?」


 結衣は顔を真っ赤にして、ヒステリックな金切り声を上げた。


「立ちなさいよ!!貴方、エリートのAランクでしょ!?こんなFランクの底辺で、服も買えないようなキモい半裸男なんかに……負けるわけないじゃない!早くその小汚いモブを焼き殺してよ!!」


 理解不能な現実から逃避するように、拓真を口汚く罵倒し、煉に戦うよう怒鳴り散らす。


 だが、その暴言を聞いた煉は、今日一番の絶望に顔を引き攣らせた。


「ひっ……ば、馬鹿野郎!!黙れ!お前、俺を殺させる気かァァッ!!頼むからもう喋るなあああっ!!」


「え……?」


 今まで甘やかしてくれていたイケメン彼氏からの、鼻水まみれのガチギレ。


 信じられない現実に結衣が呆然としていると、拓真がゆっくりと彼女を見下ろした。


「……結衣」


 いつもスマホしか見ていなかった拓真が、静かな声で元カノの名を呼ぶ。


「俺はお前にはまだ多少の情があったんだがな。俺の事をただのモブだの何だのと思ってたんだな。……残念だ」


 哀れむようなその視線が、プライドの高い結衣の逆鱗に完全に触れた。


「はぁっ!?情!?あんたが?あたしに!?ふざけないでよ!!」


 結衣は顔を真っ赤にして、狂ったように叫び散らす。


「会社で付き合ってた時から、あんたのことなんてただの『便利なATM』としか思ってなかったわよ!あんたと付き合ってた時期だって、裏ではもう煉に抱かれてたんだからね!あんたには手を握るくらいしかさせてなかったのに、彼氏面しててバカみたい!自分の身の程も弁えないでガチャばっかり引いてるキモい男のくせに、私に偉そうに説教しないでよ!!」


 過去の交際すら全否定する、あまりにも最低なカミングアウト。


 これには配信を見守っていた数万人のリスナーたちも完全にドン引きし、コメント欄が怒りと嫌悪感で埋め尽くされる。


[コメント]

:うわぁ……最低すぎる

:ガチの胸糞女じゃん

:二股の上にATM扱いはエグい

:手しか握らせてなかったってマジ?

:スウェットのお兄さん哀れすぎるだろ……

:同情するわ、そりゃガチャに逃げたくもなるわな


 だが――当の拓真は、結衣のヒステリックな浮気暴露など、まるでどうでもいいBGMくらいにしか感じていないように、面倒くさそうに血走った目を向けた。


「はぁ...そうかよ。俺はもうお前には未練はないからお好きにどうぞ。当時の俺だったら凹んでたかもしれないけど、実際今はそうでもないんだ。時は色々解決してくれるって本当なんだな、なぁ?」


 ――もっとも、本人は『時が解決してくれた』などと遠い目をして達観しているが、実際はそうではない。常軌を逸したレベルアップに伴い、物理的なステータスだけでなく『精神力メンタル』の数値も跳ね上がり、ただの強靭なメンタルお化けになっているだけである。


 拓真は結衣の存在などすでに路傍の石程度にしか感じていない様子で、面倒くさそうに手を差し出した。


「しかし、慰謝料くらいは貰ってもいいと思うんだ。誠意の魔石ってのを見せてくれよ?」


「ヒッ……!!」


 パチン、と。結衣の中で、何かが弾けた。


 過去の裏切りを知っても傷つきもしない。怒りすらない。爬虫類のように冷たい目で見下ろされた瞬間。


 結衣もまた、言葉ではなく細胞レベルで『絶対的な捕食者』のプレッシャーを肌で理解してしまったのだ。


「あ、ああぁ……っ」


 結衣は腰を抜かし、綺麗にセットされた髪も化粧もぐちゃぐちゃにして、煉の隣で無様に震え上がることしかできなかった。


[コメント]

:浮気暴露されてもノーダメで草

:ガチャのことしか考えてなくてメンタル鋼すぎるwwww

:スウェット男の一睨みでヒステリー女が黙ったぞwww

:自業自得すぎてメシウマ

:最強の集金マシン(半裸)爆誕

:圧倒的ざまぁwwww

:神回確定wwwwwwwww

:私が彼女に立候補します!


 怒涛の勢いで流れるコメントと、鳴り止まないスーパーチャットの通知音。


 同接はあっという間に15万人を突破していた。


「――はいっ!勝負あり、ですね!」


 決闘場に、星宮かりんの明るい声が響き渡る。


 彼女はドローンカメラに向かって満面のピースサインを作りながら、誰にも見えない角度で、三日月のように邪悪な口角を吊り上げたのだった。

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