11.同接15万の代償と、星宮かりんの完璧な隠蔽工作。
『――というわけで!見事、私のボディーガードさんの大勝利でした!みんな、最後まで応援とたくさんのスパチャ、本当にありがとう!また次の配信で会おうね、ばいばーい!』
星宮かりんはドローンカメラに向かって愛嬌たっぷりに手を振り、同接15万人という彼女の配信史上最高記録を叩き出した枠を、名残惜しむことなくスパッと切った。
配信終了のサインを確認した瞬間、かりんは「よしっ!」と小さくガッツポーズを取る。
(完璧……!同接15万、スパチャの総額はざっと数百万……おまけにAランクの煉を奴隷化して、この規格外のカバン男さんまで手に入れた!私の完全勝利ね!)
脳内で鳴り止まないファンファーレに酔いしれていた、その時だ。
バンッッッ!!
決闘場へと続く重厚な扉が、蹴り破られるような勢いで開け放たれた。
「何事だッ!!」
怒鳴り声と共に雪崩れ込んできたのは、ロビーにいたはずのギルド主任と、完全武装した数名のギルド幹部たちだった。
彼らの顔には、明らかな焦燥と警戒の色が浮かんでいる。
「地下決闘場から、ダンジョンの底が抜けたかのような異常な魔力波が観測された!さらに君たちの配信がとんでもない騒ぎになっていると報告を受けて――な、なんだこれは……!?」
いち早く現場に踏み込んだ主任は、目の前の光景に絶句した。
決闘場の中央では、Aランク探索者であるはずの煉が、股間を濡らしながらガタガタと震え、床に大量の魔石をぶちまけている。
その隣では、ギルド職員の結衣が化粧をドロドロにして腰を抜かしている。
そして――上半身に布切れだけをぶら下げた半裸のモブ男が、這いつくばる煉から魔石を巻き上げながら、ブツブツと何やら呪文のようなものを呟いているのだ。
「ひひっ……これで、これでやっと天井叩ける……待ってろよS賞!虹演出……!」
血走った目で魔石をかき集める拓真の姿は、どう見ても正気を失ったヤバい奴だった。
「煉!一体何があった!?まさか、その男が君を……君のその魔装大剣を砕いたというのか!?」
主任が信じられないものを見る目で拓真を指差す。
ギルド幹部たちが一斉に拓真へと鋭い視線を向け、武器に手をかけた。
(っっヤバい!!)
かりんの背筋に冷たい汗が伝った。
このままでは、カバン男のデタラメな力がギルドにバレる。そうなれば、ギルド本部が総力を挙げてこの『バケモノ』を特例で抱え込み、自分の手元から引き剥がされてしまうのは火を見るより明らかだ。
(冗談じゃないわ!この最強の集金マシンは、私だけのモノなんだから!)
かりんは瞬時に頭脳をフル回転させると、パンッと両手で頬を叩き、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「しゅにぃぃぃん……っ!怖かった、怖かったですぅ……っ!」
「ほ、星宮くん!?大丈夫か!?」
かりんは震える声で泣きじゃくりながら、主任の元へと駆け寄り、その袖をぎゅっと掴んだ。
「煉さんが……煉さんが突然、本気で私たちを殺そうとしてきたんです!あんな凄い魔法、まともに食らったら死んじゃうと思って……だから私、やむを得ず『アレ』を使ったんです……っ!」
「アレ、だと?いや、しかしさっきのライブ配信を見た者からの証言では、そこの半裸男が......」
「いいえ!全部煉さんのせいです!……っ。私の配信の収益を全部つぎ込んで、護身用に買っていた……【Sランク魔導具絶対反射の呪符】を……!」
「なっ!?超高価な使い捨てのSランク魔導具だと!?」
主任と幹部たちが息を呑む。
それは、どんな強力な魔法でも一度だけ完全に跳ね返し、相手の武器ごと破壊するという超レアアイテムだ。
「煉さんの攻撃があんまりにも強すぎて、呪符が壊れる時にすっごい魔力が弾け飛んで……!煉さんの剣が砕けたのも、さっきの異常な魔力波も、全部そのせいだと思いますぅ……!」
かりんは涙目で、これ以上ないほど完璧な嘘をでっち上げた。
「ば、馬鹿な……しかしSランクの魔導具か、それならあのAランクの魔装大剣が粉砕されたことにも、異常な魔力波にも説明がつく……」
主任が納得しかけたところで、かりんはさらにダメ押しの一手を打つ。
「ねぇ、煉さん!?結衣さん!?まさかAランクの貴方が、こんなFランクのモブさんに実力で負けて剣を砕かれたなんて……そんな恥ずかしいこと、絶対にあり得ないですもんね!?」
かりんは泣き顔のまま、主任の死角から煉と結衣をジロリと睨みつけた。
『話を合わせろ。さもなくばお前らがモブに負けた事実を一生ネットで擦り倒すぞ』という、無言の脅迫だ。
「ひっ!?」
だが、煉にとってかりんの脅迫などどうでもよかった。
ただただ、目の前で魔石を数えている『バケモノ(拓真)』に関わること自体がもう限界だったのだ。
「そ、そうです!!その通りです!!俺はアイテムで負けたんです!!こいつはただのモブです!人間の力じゃありません!!ひぃぃっ、もう許して、石は全部渡しただろぉ!?なぁ!?」
煉は錯乱したように首を縦に振り、結衣も恐怖で声が出せず、ただガクガクと頷くことしかできない。
その様子を見た主任は、深くため息をついた。
「……なるほど。そういうことだったか。煉、君ほどの者が一般人に本気を出し、アイテムの反射で自滅するとは。Aランクの面汚しめ」
呆れ果てた視線が煉に注がれる。
そして、主任は最後に、床で魔石を抱きしめている拓真へと目を向けた。
「しかし……彼も少し異常ではないか?」
主任の訝しげな視線に対し、かりんはすかさず哀れむような溜め息をついてみせた。
「……実は彼、極度の『ガチャ依存症』なんです。さっき攻撃の余波で服が焼けてしまって、ショックのあまり現実逃避でおかしくなっちゃったみたいで……。ほら、見てくださいあの哀れな姿」
「ひひっ……S……オレの虹……」
半裸でよだれを垂らさんばかりの勢いでスマホにへばりつく拓真。
そのどう見ても「ただのヤバい底辺廃人」の姿を見て、主任はついに警戒を解いた。
「……君も大変だな、星宮くん。こんな男をボディーガードにするとは」
「ええ、でも契約しちゃいましたから。……それじゃあ主任!決闘は私の勝ちということで、この魔石もボディーガードさんも、連れて帰っていいですよね?」
「あ、ああ。規則は規則だ。……煉と結衣の後始末はギルドでつけておこう」
「ありがとうございます!」
かりんはペコリと頭を下げると、すぐさま踵を返し、満面の笑みで拓真の背中をバンバンと叩いた。
「さーて!帰りましょうか、私の専属ボディーガードさん!ガチャ代、いっぱい手に入って良かったわね!」
「……あ?ああ。早く帰って充電とWi-Fi繋がねえと...」
ギルド幹部たちの哀れむような視線を背に受けながら。
星宮かりんは、誰にも真の力に気付かせることなく、最強のバケモノを合法的に自分の「持ち帰り」にすることに成功したのだった。




