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『死の苦痛を味わい続ける無限のデスゲーム ―第82ラウンドの咆哮―』

✲パリの空と東京の泥沼


深夜の新宿。ネオンの光も届かない裏路地に、かつて『国民の妹』と呼ばれた元清純派アイドル・花園美羽の絶叫が響き渡った。


「ぎゃあああああああっ! 痛ぇ! 痛い痛い痛い痛いっ!! クソッ、このクソバケモノがァッ!!」


目の前にいるのは、身の丈3メートルはある巨大な四つん這いのあやかしだ。

その丸太のような腕が振り下ろされ、美羽の華奢な体がアスファルトにボロ雑巾のように叩きつけられる。


「ごふぁっ……! ぁ、あ……」


肋骨が粉砕される嫌な音が響く。口から血の塊を吐き出しながら、薄れる意識の中で美羽の脳裏に浮かぶのは、今頃遠く離れた異国にいるはずの主たちの姿だった。

今、スノーの看板である恋問持子、立花雪社長、そして犬猿の仲である本多鮎の三人は、なんと花の都・パリに飛んでいる。巨額のCM撮影という名目の、優雅な海外出張だ。

今頃、シャンゼリゼ通りの高級ホテルでふかふかのベッドにダイブしているか、エッフェル塔を眺めながら最高級のマカロンでも齧っているに違いない。


(なんで……なんでアタシだけ東京のドブ浚いしてんのよォォォッ!!)


「おい、泥棒猫。もう終わりか? お前の愛する魔王への忠誠はその程度か」


絶望する美羽を見下ろすのは、一般科の制服に身を包んだ黒髪の修羅――風間楓(実年齢16歳、三月十三日誕生日)である。


「あ、あう……クソ……ッ」


「……『布瑠のふるのこと』」


楓が冷徹な声で言霊を紡ぐと、純粋無垢な浄化の極致たる神力が美羽の全身を包み込んだ。

バキバキと音を立てて折れた骨が強引に繋がり、致命傷が一瞬にして塞がっていく。


「ひっ……! ぁ、あぁぁ……」


「さあ、立て。第82ラウンドの開始だ」


事の発端は、限界オタクのクソジジイこと風間助平(宮司)の命だった。『持子様と鮎殿は強いが、あの泥棒猫は弱すぎる。推し活の一環として鍛え上げよ』という理不尽な理由で、楓の地獄のアルバイト(強制労働)に付き合わされているのだ。

妖と戦う。ボコボコにされて死にかける。楓が神術で妖を金縛りにし、美羽を全回復させる。そして再び戦わせる。

永遠に死の苦痛を味わい続ける無限のデスゲーム。

ここで、美羽の中で何かが完全にブチ切れた。

持子という絶対的な『ご主人様』がこの日本にいない今、おしとやかな「妹系」の猫をかぶる必要など一切ない。どうせここで殺されるなら、言いたいことを全部言ってから死んでやる。

美羽は血と泥にまみれた顔を上げ、修羅に向かって本性のままに吠え猛った。

泥棒猫の反逆と絶望のラウンド


「あああああウルセェェェッ!! やってられっかこんなクソゲー!! どいつもこいつもパリだ!? パリで撮影だぁ!? あのクソ駄犬(鮎)がクロワッサン食ってんのに、なんでアタシが東京でアスファルト舐めてなきゃなんないのよォ!!」


「……錯乱したか。妖へのヘイトを私に向けるな」


「オイてめェ! そうだよテメェだよこの年齢詐称女ァ!!」


ビクッ、と楓の眉間がピクピクと引きつった。


「16歳!? ふざけんなその無駄にデカい乳にシリコンでも詰まってんのかこの乳デカ修羅がァ!! アタシだってマシュマロボディとか言われてんのにアンタのせいで霞んでんじゃないわよ!!」


「……貴様、死にたいのか」


「どうせ死ぬなら全部言ってやるわよ! 大体アンタなんか持子様の足元にも及ばないパチモンじゃない! 劣化持子! 無愛想なだけのクソジジイのパシリ女がァ! バーカバーカ! 脳筋巫女! 前髪ぱっつんの時代遅れェ!!」


美羽は中指を全力で立て、喉が千切れるほどの悪態を楓に叩きつけた。

直後。


バシィィィィッ!!!


目にも留まらぬ速度で放たれた楓の平手打ちが、美羽の頬にクリーンヒットした。


「あべばぁッ!?」


「……よく吠える。だが、安心しろ」


楓は無表情のまま、瞳の奥底に絶対零度の殺意を揺らめかせて美羽の首根っこを掴み上げた。


「次は痛覚を三倍にして生かしておいてやる。妖に食い殺されるのと、私に口を縫い付けられるの、どちらが良いか選びながら戦え」


「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! すびばせんごめんなざいぃぃッ!」


容赦なく妖の目の前に放り投げられる美羽。

咆哮を上げて突っ込んでくるバケモノを前に、美羽の瞳に泥沼のような執着と生き汚い輝きが宿る。


(……やってやる。やってやるわよ……! アタシは持子様の泥棒猫よ!!)


美羽は逃げるのをやめ、自ら妖の懐へと倒れ込むように滑り込んだ。

人間離れした速度と感覚を持つ両手が、妖の硬い皮膚の表面を這う。どんな厳重な鍵穴もスキャンする神業の指先が、バケモノの体内にある『急所コア』を探り当てた。


「♪ 私のポッケに隠した盗品コレクション〜……全部全部、持子様のモノォォォッ!!」


アイドルとしての嘘を捨てた、泥のような怨念と執着を込めた自作の歌。その異様な熱量と魔力が空気を震わせ、妖の魔力を物理的に共鳴・反発させる。


「グギャァァァッ!?」


バランスを崩した妖の急所に、美羽の全霊の魔力を込めた指先が深々と突き刺さり、その奥にある『魔石』を強引に引っこ抜いた。

ドサァッ……!

巨大な妖が黒い灰となって崩れ落ちる。


「はぁっ……はぁっ……ゲホッ……」


全身泥と血と汗にまみれた美羽が、四つん這いになって息を切らす。その手には、妖から文字通り『盗み取った』極上の魔石が握られていた。


「……フン。口が悪いだけの木偶の坊かと思ったが、少しはマシな動きをするようになったな」


楓は淡々と告げながら、神社からの特別手当が入った分厚い茶封筒を美羽の前にポイと投げ落とした。


「お金……ッ! そして持子様への魔石……ッ!」


ボロボロの体を引きずりながら、美羽は現金と魔石を胸に抱きしめ、頬ずりをした。

これで家族はお腹いっぱいご飯が食べられる。

そして何より、パリから帰ってきた持子様にこの極上の魔石を捧げれば、あの憎き鮎先輩を出し抜いて、極上の寵愛をもらえるかもしれない。


「あひゃひゃ……アタシの……アタシのモノよぉ……! パリの駄犬なんかに負けないんだからぁ……!」


気味悪く笑う美羽を見下ろし、楓は無慈悲な宣告を落とした。


「よし。では今日のアルバイトはこれで終わりだ。……明日は渋谷で悪魔祓いだ。集合時間に一秒でも遅れたら、また首の骨から折るからな。劣化持子より」


「……はいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


パリの優雅な空の下で主たちがバカンスを満喫しているその裏で。

泥棒猫・花園美羽の血みどろで口の悪いアルバイト(強制労働)は、まだまだ終わらない。


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