『劣化と言ったら即・東京湾沈没!? 限界オタクのパシリと化した修羅の逆襲』
✲ピンクの忠犬と、マシュマロ泥棒猫、そして背後に立つ修羅
修行の地獄から生還し、平和な(?)日常を取り戻したある日の午後。
青山にある『芸能プロダクション・スノー』の応接室は、淹れたてのハーブティーの香りと、相も変わらず騒がしい怪物たちの声に包まれていた。
「……思い切ったわね、鮎さん。髪をピンクにするなんて」
社長の立花雪が、ティーカップを置きながら目を丸くした。
その視線の先には、これまでの落ち着いた栗色の髪から一転、鮮やかなフラミンゴピンクのロングヘアへと大胆なイメージチェンジを遂げた本多鮎が、照れくさそうに頭を掻いていた。
「えへへっ、似合いますか? 大学進学を機にタレント路線にシフトするなら、これくらい見た目のインパクトがあった方がいいかなって!」
「ええ、すごく可愛いわよ。鮎さんは身長一六三センチでモデルとしては小柄だけど……その分、胸は大きいし、ウエストはキュッと細いし、お尻の形も凄く綺麗だもの。そのダイナマイトボディにピンクの髪が合わされば、バラエティ番組でも絶対に目を引くわ」
雪のプロデューサー目線の評価に、鮎は「えっへん!」とばかりに自慢の巨乳を張り出した。
「ふん。ただのピンクの駄犬だべさ」
革張りのソファ(玉座)に深く腰掛けたわし、恋問持子が鼻で笑う。
わしは身長一七五センチ、かつての魔王・董卓の魂を宿し、神がかり的な美貌(貂蝉の器)を誇る絶世の美女である。まあ、わしの前ではどんな美女も霞むが、わしの忠犬としては悪くない仕上がりだ。
「駄犬のくせに、早稲田にも受かってるしね。本当に腹立たしいわ」
わしの隣(特等席)でお茶を啜っていた花園美羽が、ジト目で鮎を睨みつけた。
「なんですって泥棒猫! 嫉妬ですかぁ? インテリでナイスバディな私に、持子様の寵愛が全部向いちゃうのが怖いんでしょ!」
「カカカ、騒がしい奴らだ。まあ、よくやったぞ、鮎」
わしは手を伸ばし、ガウガウと牙を剥く鮎のピンク色の頭を、少し強めにガシガシと撫で回してやった。
「よしよし。賢い犬だ」
「あ、あはぁぁぁんっ……! 持子様ぁ……もっと、もっと激しく撫でてぇぇ……ッ!」
わしの手に擦り寄り、今にも昇天しかけている鮎。だが、その頭を美羽が横から「バシッ!」とはたいて邪魔をした。
「ちょっと! 事務所のど真ん中で発情しないでよね、公然わいせつ犬!」
「ふふっ、美羽さんも可愛いわよ」
取っ組み合いを始めそうな二匹を見て、雪がクスリと笑った。
「茶髪でふわふわした髪、すごく似合ってる。身長は一五十センチと小柄で、『国民の妹』って肩書きにふさわしい、守ってあげたくなるような華奢な肩をしてるわ。……でも」
雪は、美羽の胸元から腰のラインへと視線を滑らせた。
「その実、服の下は意外とふっくらとした、柔らかそうなラインをしているのよね。いわゆる『妹系マシュマロボディ』。その吸い付くようなマシュマロ肌と、クリクリした目、ぷくっとした唇……ステージに立った時、あどけなさと隠れマシュマロのギャップは絶対的な武器になるわ」
雪の的確な評価に、美羽は「ふふん」と勝ち誇ったようにふっくらとした胸を張った。
「聞きましたか駄犬? 私のこのあざといマシュマロボディは、持子様を無意識に虜にするための最終兵器なんですよ。持子様、いつでも私のモチモチ肌、触っていいですからね?」
「ぐぬぬ……! 泥棒猫のくせに、触り心地の良さそうなマシュマロ感で持子様を誘惑しようだなんて卑怯ですぅ!」
キーッとハンカチを噛む鮎を他所に、わしはハーブティーを一口飲み、目の前に座る雪をじっくりと眺め回した。
「カカカ、騒がしい奴らだ。美羽のマシュマロも悪くないが……雪、貴様もなかなかどうして、良いプロポーションをしておるぞ」
「え?」
「身長は一五五センチくらいか。美羽と大差ない小ささで小動物みたいで可愛いし、そのインテリヤクザみたいなメガネも知的に見えてよく似合っておる。体型のバランスもいい。ちゃんと出るところは出ているし、引っ込むところは引っ込んでいるからな」
わしがそう評すると、雪は少し頬を赤らめてそっぽを向いた。
雪は普段は冷徹なプロデューサーを気取っているが、実は表情が意外に豊かだ。笑っても、怒っても、泣いても、そのストレートな思いがこちらにビンビン伝わってくる。その人間臭さこそが、わしたちのような怪物を惹きつけてやまない引力なのだ。
「……微妙な言い回しね。私、あなたが私の贅肉をガッツリ掴んだこと、まだ忘れてないからね」
雪がジロリと恨みがましい視線を送ってくる。
「カカカ! だいぶ前の話だろ、もう忘れろ! いや忘れてくれ!!」
和やかな笑い声が応接室に響く。
やがて、話題は「今日ここにいないもう一人の規格外」の事へと移っていった。
「そういえば、楓ちゃんは?」
雪の言葉に、鮎と美羽の顔がサッと引き攣った。
風間楓。氷川神社の巫女であり、わしたちを地獄の淵まで追い詰めた修羅。そして、学園ではまさかの『一般科の一年生』という後輩バケモノである。
「……あの巫女、絶対に十五歳には見えませんよね!」
鮎が声を張り上げた。
「どう見ても二十歳くらいの大人の女に見えますぅ! 身長は一七三センチくらいあって、私より胸が大きいし、腰もキュッと細くて、お尻の形も完璧! 長い黒髪もサラサラですし!」
「そうね。目鼻立ちも整ったクールビューティーだし……あの真っ黒で透き通ってる目、見つめられるとちょっとドキドキしちゃうのよね。……まあ、怖いからだけど。でも、美少女っていうか完全に大人の『美女』! 色気もあってクールなんて、年齢詐欺でしょ! 性格は修羅だし!」
美羽もバンバンと机を叩いて同意する。
「カカカ、そう言うな。あやつも案外、可愛いところがあるぞ。ツンデレだべさ」
わしが笑うと、鮎は不満げに頬を膨らませた。
「ツンデレじゃなくて、ツンツンツンツンデレくらいですよぉ! デレの配給が少なすぎます! もっとデレを増やせって感じですぅ!」
「ていうか、あの大人の余裕と発育の良さ、ほんっとムカつくのよ!」
美羽が己の「妹系マシュマロ」では対抗できない大人の色気に、嫉妬に狂った顔で宙を掻き毟る。
「私よりも年下のはずなのに、なにあの高身長とダイナマイトボディ! 私なんてどう頑張っても『妹』キャラ止まりなのに! 大人っぽい乳よこせぇぇぇ! 長い脚と尻よこせぇぇぇっ! 私のポッケにそのクールな色気を全部入れなさいよォォ!」
ギャーギャーと騒ぐ二匹の獣。
だが、彼女たちは全く気付いていなかった。
応接室の重厚なドアが、一切の音も立てずに開いており……そこに、問題の『黒髪の修羅』が、すでにスッと立っていることに。
(……自分で取りに来いや、あの限界クソジジイ……ッ!!)
無足の歩法で気配を完全に消し、背後に立っていた風間楓は、内心で激しい怒りの炎を燃やしていた。
彼女の手には、重たい木箱――氷川神社からの『ご神酒』が握られている。この間の参拝(と地獄の修行)の返礼品だ。
だが、楓がここに来た本当の理由は、ご神酒の配達ではない。
氷川の宮司にして、持子の狂熱的限界オタクである祖父・助平から、**「持子たんの最新の尊い生写真を貰ってこい! ついでにあの犬と猫のオマケ写真もな! コレクションのファイルが火を吹くぞ!」**と、完全なパシリとして送り込まれたのである。
神に仕える身でありながら、限界オタクのパシリ。
その圧倒的屈辱と祖父への殺意を必死に神術で抑え込み、ようやく事務所に辿り着いたというのに――。
聞こえてきたのは、自分に対する好き勝手な陰口だった。
「でもでも! あれだけの美女なのに、持子様の隣に立つと、なんか『劣化持子』って感じに見えちゃうんですよねぇ!」
「分かるわー。持子様の近くにいなきゃ、天下獲れるレベルの美女なのにね。まさに劣化版よね、劣化劣化!」
「だよねー! 劣化巫女! 乳デカ修羅の劣化巫女!」
(……ほう?)
キャッキャウフフと盛り上がる駄犬と泥棒猫の背後で、楓の透き通るような真っ黒な瞳が、スゥッと細められた。
限界オタクの祖父に振り回された苛立ち。年齢詐欺疑惑。ツンツンツンツンデレ。乳と尻よこせという理不尽な要求。そして極めつけの『劣化』呼ばわり。
修羅の堪忍袋の緒が、音を立てて千切れた。
ソファに座っていたわしと雪は、目の前で起きた異常事態に、一瞬にして血の気を失い、完全に石像と化していた。
いつからそこにいたのか。
わしの魔王センサーすら欺く、完璧な気配遮断。
無邪気に笑い続ける二匹の獣の後ろで、風間楓はご神酒の箱をそっと床に置き、ゆっくりと、無慈悲に両手を振り上げた。
「……あ」
わしが制止の声を上げる暇もなかった。
――バァァァァァァァァァシッ!!!!
「「ぎゃびぃぃぃっ!?」」
応接室に、乾いた、そしてとてつもなく『良い音』が響き渡った。
楓の両手から繰り出された容赦のない平手打ちが、鮎と美羽の後頭部にクリーンヒットしたのだ。
「……誰が、乳デカ修羅の劣化だ」
地を這うような、絶対零度の声。
振り返り、そこに立つ後輩の姿を見た瞬間、二匹の獣は「ひぶっ!?」とカエルのような悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。
「か、楓……!? 貴様、なぜここに……ッ!?」
わしが震える声で尋ねると、楓は氷のような視線をこちらに向けた。
「……宮司に頼まれて、ご神酒と、アンタたちの『写真』を取りに来ただけだ。……だが、どうやらこの駄犬と泥棒猫には、もう一度【禊】の滝行が必要らしいな。今度は東京湾の底に沈めてやる」
「ぎゃあぁぁぁっ! 許してぇぇぇっ!!」
「ごめんなさい! 劣化は私です! 私のマシュマロボディが劣化してますぅぅぅ!」
土下座して泣き叫ぶピンクの忠犬と茶髪の泥棒猫。
「乳と尻は物理的に奪えません!」と謎の弁明を叫ぶ美羽の頭を、楓が無言で踏みつける。
それをティーカップ片手に震えながら見守る、魔王と社長。
「……写真、後でたくさん焼いておくわね」
「うむ……助平のジジイには、特別にわしの水着ショットもつけてやれ……」
スノーの応接室は、今日も今日とて、規格外の美女たちによる命がけのドタバタ劇に包まれるのだった。




