【七星宝刀・精神決戦―神を喰らう覇王、真・恋問持子の逆襲―】
【七星宝刀・精神決戦―神を喰らう覇王、真・恋問持子の逆襲―】
七星宝剣の深淵、光なき精神世界は、今や極彩色の爆心地と化していた。
「死ねぇっ! 偽物ふぜいが、持子様に馴れ馴れしく近づくんじゃねええっ!」
「あたくしの持子様への愛を、そのような薄っぺらい魔力で語るなど……万死に値しますわよ!」
真・持子の魂の奥底から顕現した「絆の分身」たちが、魔神マーラの創り出した「偽物の下僕たち」と凄惨な乱戦を繰り広げていた。
本多鮎の分身が、偽物の放つ暴風をその強靭な肉体で真正面から受け止め、花園美羽の分身が影から偽物の死角を執拗に抉る。エティエンヌの分身が展開する紅蓮の吸血魔術が、偽物のシャーロットや葉室姉妹の放つ迎撃魔法と空中で激突し、精神世界の空間そのものを激しく揺さぶる。
さらに、風間楓の鋭い剣閃と、立花雪の冷徹な指揮が加わり、数と質において拮抗する大局が形成されていた。
(……よし。あいつらは、わしが信じた絆の形そのもの。偽物ごときに押し負ける道理はない!)
真・恋問持子は、背後で繰り広げられる激闘の気配を頼もしく感じながら、目の前に立つ超越的な存在――魔神マーラへと全神経を集中させた。
アスタルテはまだ温存している。今、この場で魔神と直接相対できるのは、真・持子、ただ一人。
「……私の眷属たちを足止めした程度で、勝機を見出したとでも? 浅ましいな、人間」
マーラが空中にふわりと浮かび上がり、その中性的な美貌を酷薄に歪めた。
先程の持子の「不意打ち」によるダメージ――腹部から漏れ出す黄金の光――はまだ塞がっていない。しかし、マーラの放つプレッシャーは、先程までの比ではなかった。
「神」としての自我が完全に戦闘態勢へと移行し、この空間そのものを己の領域として支配し始めたのだ。
「思い知るがいい。神と人間という、覆しようのない『存在の格差』を」
マーラが指先を軽く振るった。
ただそれだけの動作で、持子の周囲の空間が「ミシッ」と軋み、見えない万トンのプレス機で押し潰されるような超重力が襲いかかった。
「ぐっ、うおおおおっ!?」
持子の足が、架空の大地に深くめり込む。全身の骨が悲鳴を上げ、内臓が口から飛び出しそうになるほどの圧覚。
さらに、マーラの背後に無数の魔法陣が展開された。それは、現世のいかなる大魔術師でも生涯かけて一つ構築できるかどうかの、神代の絶望的な術式。そこから放たれるのは、一切の慈悲を持たない「虚無の魔力弾」の豪雨だった。
「消え去れ、小娘!」
視界を埋め尽くすほどの光の雨が、真・持子へと殺到する。
「なめるなァッ! この程度で、魔王・董卓が潰れるかぁっ!」
持子は、丹田の奥底――黒き胃袋から、極黒の魔力を爆発的に引き出した。それは、彼女が東京の闇で数多の怨霊や妖を喰らい、己の血肉として蓄積してきた莫大な魔力。
極黒の魔力の壁を展開し、正面から虚無の雨を迎撃する。
**――ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!**
相反する二つの力が激突し、凄まじい衝撃波が精神世界を吹き荒れた。
だが、結果は残酷なまでに明白だった。
「が、はぁッ……!?」
持子の極黒の魔力障壁は、マーラの神威の前に紙くずのように引き裂かれ、防ぎきれなかった魔力弾が持子の完璧な肉体を容赦なく打ち据えた。
鮮血が舞う。純白の肌が焼かれ、衝撃で持子の身体がボールのように後方へと吹き飛ばされる。
「ふふ、脆い。所詮は人間が泥水をすすって集めた程度の魔力。神の清浄なる虚無の前では、文字通り塵芥に過ぎない」
マーラは追撃の手を緩めない。
吹き飛ぶ持子よりも速く空間を跳躍し、圧倒的な身体能力による肉弾戦を仕掛けてきた。
マーラの細腕から放たれる一撃一撃が、山を砕き、海を割るほどの理理不尽な質量を持っている。防御を固めた持子の腕を容易く弾き飛ばし、鳩尾に、脇腹に、顔面に、神の打撃が冷酷に叩き込まれた。
「がっ……ごふっ……!」
口から大量の血を吐きながら、持子は何度も精神の泥濘を転がった。
純粋なスペックでは、マーラが遥かに格上だ。魔力も、スピードも、破壊力も、次元が違う。まともに打ち合えば、秒殺されて当然の絶対的格差。
「どうした? さっきまでの威勢は。私を喰らうなどと、どの口が言ったのだ?」
マーラが冷笑を浮かべ、トドメとばかりに持子の頭部を蹴り砕こうとする。
だが。
「……誰が、やられるか……ッ!」
**――ヒュンッ!**
持子の身体が、コマのように回転した。
マーラの致命的な蹴りをミリ単位で見切り、首の皮一枚で躱す。それと同時に、マーラの蹴りの遠心力を利用し、持子の身体がバネのように弾け、マーラの死角へと滑り込んだ。
「なに……!?」
「シィッ!」
持子の手刀が、マーラの首筋に浅く、だが鋭く突き刺さる。
マーラは舌打ちをし、すぐさま距離を取った。
「……なぜだ? なぜ、その程度にまで削られて、まだ動ける?」
マーラは純粋な疑問を口にした。
今の猛攻で、並の魂なら百回は砕け散っているはずだった。だが、目の前の真・持子は、全身血塗れになり、息も絶え絶えでありながら、その紅蓮の瞳の光を一切失っていない。
「ふ……ふははは……っ」
持子は血混じりの唾を吐き捨て、膝の震えを無理やり抑え込んで立ち上がった。
「言ったはずだぞ、マーラ……わしは、地獄の底で牙を研いできた、とな」
持子の肉体は今、ただの少女のものではない。
それは、かつて歴史上で最も美しく、そして最も完璧なプロポーションと運動神経を持った「貂蟬の残滓」。そのしなやかな筋肉と関節の可動域は、人体の限界を容易く超える。
そして、その奥底で燃え滾る「魔王・董卓の不屈の覇気」。どれほどの絶望を叩き込まれても、決して己の欲望を曲げず、世界を己の足元に跪かせようとする王の強欲。
だが、それだけではない。
彼女を神の猛攻から生かしている最大の要因。それは、北海道の雪深い山奥で、幼少期から骨の髄まで叩き込まれた――。
「……どれほど巨大な力であろうと、力の流れ(円)さえ掴めば、天地は返る。それが、わしの『合気武道』だ!」
マーラの放つ圧倒的な暴力。しかし、それはあまりにも「巨大すぎる」がゆえに、大雑把な直線のベクトルしか持っていなかった。
持子は、マーラの攻撃が当たる刹那、自身の身体を水のように流動させ、相手の力のベクトルを円軌道へと受け流していたのだ。直撃しているように見えて、その実、致死のダメージの八割を空間へと逃している。
「合気……だと? 人間の分際で、小賢しい技術を……!」
マーラの顔に、明確な「苛立ち」が浮かんだ。
自分よりも遥かに矮小な存在が、自分を「手玉に取っている」という事実が、神のプライドを酷く傷つけたのだ。
「ならば、受け流すことすら不可能な『絶対的な質量』で、その存在ごと消滅させてやる。お前の合気とやらごと、虚無に還れ!!」
マーラが両手を天へと掲げた。
精神世界のあらゆる魔力、瘴気、そして虚無のエネルギーが、マーラの頭上の一点へと集束していく。
それは、小さな太陽を凝縮したかのような、超高密度の「虚無の神撃」。当たれば防ぐことも躱すことも不可能。空間そのものを削り取る、必殺の全体攻撃。
「……っ!」
持子の全身の産毛が逆立ち、本能が「死」を告げていた。
だが、持子は逃げない。
むしろ、全身の力を抜き、両腕をだらりと下げ、自然体(ゼロの構え)へと移行した。
(来る。あいつの最大の力が。……恐怖を捨てろ。わしは王だ。王とは、全てを受け入れ、そして奪う者のことだ!)
「消えろ!!」
マーラが腕を振り下ろす。
虚無の神撃が、大瀑布のように持子へと降り注いだ。音すらも消滅するほどの絶望の濁流。
その刹那。
持子の意識は、極限の集中へと突入した。
迫り来る虚無の奔流。その中に存在する、微かな力の「目(中心点)」。
**「――入り身!!」**
持子は、己の死地へと向かって、あえて一歩、真っ直ぐに踏み込んだ。
神撃の濁流を真っ向から受けるのではなく、その力の波の「境界線」に身を滑り込ませる。貂蟬の完璧な肉体操作が、ミリ単位での空間認識を可能にする。
「な、にィ……!?」
マーラの目が驚愕に見開かれた。
持子の身体が、虚無の神撃の「内側」を、まるで水魚のように滑り抜けてくる。
そして、持子は両手を円を描くように動かし、マーラの放った巨大なエネルギーのベクトルに「触れた」。
(神々の力、左慈の仙術、そしてわしの合気……。すべてをこの一点に回せ!)
「――円の理!!」
持子は、マーラの神撃の威力を無理やり逆流させるのではなく、その巨大なエネルギーの流れを「案内」するように、己の身体を軸にして巨大な円を描いた。
マーラが全霊で放った殺意と質量が、持子の合気の誘導によって、そのままマーラ自身の姿勢を崩す「引力」へと変換される。
「ば、かな……私の力が……引きずり込まれ……!?」
絶対的な質量を放ったがゆえに、マーラは踏ん張りが効かなかった。
己の力のベクトルを逆利用され、マーラの身体が大きく前方へと前のめりになる。
完全に体勢が崩れ、神の防御が剥がれ落ちた、絶対的で致命的な「死角」。
その瞬間、持子はマーラの懐(ゼロ距離)に、完璧な形で入り込んでいた。
「もらったァッ!!」
持子の右拳が、極限まで圧縮された極黒の魔力と、左慈の仙術の光を帯びて、激しく明滅する。
それは、打撃でありながら、相手の重心を完全に根こそぎ奪う合気の究極「投げ」の理を内包した正拳。
「ご馳走様だァァァッ!!」
**――ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!**
神速の突きが、マーラの中核(胸の中央)にクリーンヒットした。
合気の理によって防ぐことの叶わない内部破壊の衝撃が、神の自我を木端微塵に揺さぶる。
「あ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
マーラの美しい顔が苦痛に歪み、その口から滝のような黄金の血が噴き出した。
凄まじい衝撃波と共に、魔神マーラの身体が、くの字に折れ曲がりながら、架空の大地へと真っ逆さまに叩きつけられる。
精神世界を揺るがす轟音が響き渡り、土煙の代わりに光の粒子が舞い上がった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
荒い息を吐きながら、真・持子はゆっくりと拳を下ろした。
全身の筋肉が断裂しそうに痛み、視界は血で赤く染まっている。
だが、その表情は、勝利を確信した王の笑みに満ちていた。
絶対的格上の魔神を、人間の武術が凌駕し、大地に這いつくばらせたのだ。
「あ、がぁっ……! はぁっ、はぁっ……ば、かな……神であるこの私が、人間の武術などに……っ!」
架空の大地に叩きつけられた魔神マーラは、黄金の血を吐きながら、信じられないものを見るような瞳で真・恋問持子を見上げていた。
合気武道の神髄たる「入り身」と「円の理」を乗せた、渾身の一撃。
それは物理的な肉体を持たない精神世界において、マーラの自我そのものを根底から揺るがし、ひび割れさせていた。圧倒的だった神の威圧感は削がれ、その超越的な美貌には明確な「焦燥」と「屈辱」が浮かんでいる。
「ふ、ふははははっ! どうしたマーラ! 神の余裕とやらはどこへ行った! 地べたの味はなまら格別であろうが!」
全身傷だらけで、純白の肌を朱に染めながらも、真・持子は覇王としての哄笑を響かせた。
その瞳には、獲物を追い詰めた猛獣の如き獰猛な光が宿っている。
(……だが、まだだ。自我の核をヒビ割らせるまでには至ったが、完全に砕くには至っていない。腐っても神……ここで一気にケリをつける!)
持子が残る全ての魔力と気を丹田に集め、最後の一撃を放とうと踏み込んだ、その瞬間だった。
「……驕るなよ、人間が」
マーラの金色の瞳が、ゾッとするような暗い情念の光を放った。
直後、ひび割れていた精神世界の空間から、むせ返るような「桃色の瘴気」が爆発的に噴き出したのだ。
「なっ……なんだ、この煙は……!?」
持子が思わず腕で口元を覆う。
だが、その瘴気は呼吸器官ではなく、魂そのものに直接干渉してくる劇毒だった。
吸い込んだ瞬間、持子の全身の細胞が粟立ち、脳髄が痺れ、魂の奥底からドロリとした熱い塊が這い上がってくる。それは、純粋な殺意や物理的な魔力ではない。
生命が根源的に持つ「精神の渇望」と「快楽」を、神の次元にまで強制的に引き上げる、絶対的な魅了の魔法空間。
「武において、お前が私の予想を上回ったことは認めよう。だが……闘争だけが戦いではない」
桃色の瘴気の中、立ち上がったマーラの姿が揺らめいた。
先程までの戦闘による傷は、妖艶な色香へと変換されている。中性的な霊体からは、視線を向けるだけで理性が焼き切れるほどの圧倒的な霊的エロスが放たれていた。
マーラは、自らの唇を妖しく舐めめぐらせながら、持子に向かって両手を広げた。
「私を打倒したとて、この根源的な快楽の海からは決して逃れられない。さあ、私と交わりなさい。闘争などという野蛮な真似は終わりだ。互いの魂を絡ませ、極限の融和の中でその自我をドロドロに溶かし尽くしてやろう……!」
それは、神が仕掛ける最後の罠。
理性を破壊し、快楽によって魂を支配する霊的な愛欲による『魂の融和戦』の誘いであった。
本来なら、神の魅了に人間が抗えるはずもない。どれほど武を極めようとも、精神の奥底に直接流し込まれる神聖な絶頂の波には、一秒たりとも耐えられず自我を崩壊させるのがオチだ。
だが――。
「……ふ。ふはは、あーっはっはっはっは!!」
桃色の瘴気に包まれながら、真・持子は腹の底から愉快そうに笑い出した。
その顔には、一切の恐怖も、戸惑いもない。
あるのは、天下の覇権を総ざらいにし、己の欲望の赴くままに全てを貪り尽くした「暴君」としての底なしの強欲と、絶世の美女・貂蟬としての妖艶な微笑みだけだった。
「逃げると思ったか? わしを誰だと思っておる」
持子は、構えていた拳をスッと下ろした。
そして、自らマーラの放つ魅了の瘴気を深く吸い込み、堂々たる覇気を纏う。
「相手が神であろうと、わしの絶世の器(貂蟬)と覇王の欲望(董卓)が、そんな小手先の魔力に負けるはずがなかろうが! 上等だ……貴様のその神の蜜、一滴残らずしゃぶり尽くしてやるわ!」
「……狂人が。ならば、その魂ごと快楽の底に沈め!」
マーラが虚空を蹴り、持子へと飛びかかった。
もはや物理的打撃の応酬ではない。二つの魂が、霊体の枠を超えて激しく衝突し、絡み合う。
「あ、っ……ぁんっ……!」
マーラの魔力が持子の精神の境界に触れた瞬間、持子の口から甘い嬌声が漏れた。




