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【完璧な偽物と、迷宮の青春前線】

【完璧な偽物と、迷宮の青春前線】



 1月4日午後、薄暗く、じめじめとした冷気が肌を刺す東京ダンジョン。


 しかし、ここ『中層』の特定のエリアに限っては、まるでテーマパークのフードコートのような異様な活気が満ちていた。


 煌々と焚かれた魔力ランタンの光の下、迷宮の岩壁を背にしてプレハブ小屋やテントがひしめき合っている。高レベル探索者向けの『休憩所』、ドロップ品をその場で換金できる『買取屋』、そして法外な値段でポーションや食料を売る『補給屋』など、一種のオアシスが形成されていた。


 どんなに高額であっても、ここは死と隣り合わせの魔境。命を繋ぐためならば、探索者たちは惜しみなく金を落とす。


 そのオアシスの一角を牛耳っているのが、『龍胆組・霊学会りゅうどんぐみ・れいがくかい』と呼ばれる特異なクランだった。


「おお! 持子のアネさん! 今日も一段と黒々とした良い覇気でさぁ!」


 スキンヘッドに派手な和彫り、そして顔の半分に呪詛の痕を刻んだ大男――龍胆組・霊学会の代表、鬼頭豪三きとう ごうぞうが、野太い声で愛想よく頭を下げてきた。


 彼らは、暴力団構成員の中から発現した能力者や、他の大手クランを追放された「はぐれ者」の吹き溜まりである。


 エリート探索者が使うような正当な術式は一切持たないが、ジャンクな霊力増幅剤である『呪薬』を煽り、自らの寿命や理性を削る『禁忌の術式』を平然と使いこなす泥臭い野心家たちだ。


 その「手段を選ばないしぶとさ」は、時に上位の実力者すら不意を突かれて敗北するほど。裏社会の掟と呪術が入り交じる彼らだが、圧倒的な暴力とカリスマを持つ『魔王持子』こと恋問持子のことは心の底から畏敬しており、持子一派とは非常に友好的な関係を築いていた。


「うむ。鬼頭よ、相変わらず泥水すするようなしぶといツラ構えよな。大儀である」


 影持子――本物の持子の姿と魔力を完全にコピーした『レプリカ』――は、傲岸不遜な笑みを浮かべて頷いた。


(よしっ! 今の魔王ムーブ、我ながら完璧じゃないか!? 鬼頭の奴、完全にわしを本物の持子だと信じ込んでおる!)


 影持子の内面は、実は冷や汗ダラダラであった。

 数日まえ、立花雪と土御門朔夜の手によって生み出されたばかりの彼女は、必死に『暴君』を演じているのだ。


「……持子姉さん」


 ふいに、横から鈴を転がすような声がかかった。

 八咫烏所属で義理の妹の葉室鶴子だ。


「ん? どうした鶴子。迷宮の空気に当てられたか? 可愛い奴め」


 影持子は、極めて自然な動作で鶴子の頭に手を置き、優しく撫でた。


 内心でハラハラしている影持子とは裏腹に、撫でられた鶴子の目は驚愕に見開かれていた。

 鶴子は、目の前にいる少女が『偽物レプリカ』であることを知らされている。マンション待機組の立花雪の指示で、西洋魔術と陰陽術を掛け合わせて造られたという説明を受けていた。


(……信じられない。これが、造り物の人形だというのですか?)


 鶴子は内心で息を呑んだ。

 撫でてくる手の温もり。肌の柔らかさ。持子がいつも好んでつけている高級ブランドの香水の仄かな甘い香り。そして何より、彼女の身体から立ち上る、ゾクゾクするような濃密で極黒の『魔力』。


 どれをとっても、本物の持子と寸分違わぬ完璧な再現度だった。驚愕を通り越して恐怖すら覚える完成度だが、鶴子はそれを微塵も表情には出さない。


(影持子様、生まれて4、5日なのに、一生懸命本物の持子お姉さんを演じていらっしゃる……偉いです。とても、偉いです)


 鶴子は、そして事情を知る下僕たち(鮎、美羽、エティエンヌ、アスタルテ、ルージュ)は、揃いも揃って【一生懸命魔王を演じている影持子を、温かい保護者目線で見守る】という、妙な連帯感で結ばれていた。


「さて、と。休憩もそこそこに、ブリーフィングを始めますわよ」


 トップモデルの優雅な歩みで、本多鮎がiPadを片手にパーティの中心に進み出た。


 今回の探索メンバーは、影持子を筆頭に、下僕五人、護衛の鶴子、そして合気武道部の面々(千手、森、阿部、門、佐藤、高橋、南原)という大所帯である。


「ここから先は、未開の領域です。予定通り、三日かけて最深部まで降下ダイブします。ルージュの影――『ルージュ部屋』の中に、三日分の飲食物や簡易トイレ、テントなどの野営セットは収納してありますが、不測の事態に備えて、各自のリュックにも最低限のサバイバルキットは所持しておくようお願いしますね」


 鮎の言葉に、フル装備のタクティカルベストに身を包んだ花園美羽が「ふふん」と胸を張った。


 彼女はここ数ヶ月の特訓により、爆薬の調合から重火器の扱い、サバイバル技能まで会得した生粋の戦闘狂へと変貌している。合気武道部のメンバーにも、その手ほどきは済んでいた。


「食事や睡眠はどうとでもなりますけど……あの、トイレ問題がちょっと困りますよね」


 合気武道部の女子部員である阿部や高橋や南原たちが、少し顔を赤らめて手を挙げた。ダンジョン内での生理現象は、女性探索者にとって常に頭の痛い問題だ。


「確かにね。簡易トイレがあるとはいえ、魔物の気配がする場所じゃ落ち着かないし」


 鮎が同意すると、美羽は慣れた様子で肩をすくめた。


「そうですか〜? 私はもう、草むらでも瓦礫の陰でも、なんなら走りながらでも用を足せるようになりましたけど〜。慣れですよ、慣れ」


「「「絶対に慣れたくない!!」」」


 女子部員たちが一斉にツッコミを入れる。


「まあまあ。合気武道部の中で男は三年生の森さん、一年生の門さん、佐藤さんの三人だけですもの。あまり気にしなくてもよろしくてよ?」


 エティエンヌが優雅に微笑むと、すかさず影持子が胸を張った。


「馬鹿者! わしの心は雄だぞ! 何なら立ってでもできるわ!」


(……って、わしは何を言っておるのだ!? いくら董卓のオスだからって、女子高生の体でなんて下品な発言を……! いや、でも魔王持子なら、このくらいの豪語は平気するはず!)


 影持子は内心で盛大に自分にツッコミを入れながらも、傲岸不遜な態度を崩さない。


「ふふ。性別の壁なんて些末な問題ですわ。わたくしも少し前までは、『アスタルト』という醜悪な男の悪魔の姿に堕とされていましたから」


 豊穣の女神アスタルテが、神秘的な笑みを浮かべて言葉を継ぐ。


「持子様がその絶大な力で、わたくしを元の『女神アスタルテ』の姿へと戻してくださったのです。心も身体も、すべては主である持子様の御心のままに」


「ほーらエティエンヌ、あんたも『元男(吸血鬼の王)』なんだから、平気じゃないの〜!」


 ルージュが、エティエンヌの背中をバシッと叩いてからかう。


 そのカオスなやり取りを聞いていた一年生のムードメーカー・佐藤が、ニヤニヤとだらしない顔で口を挟んだ。


「いや〜、相変わらずカオスですね、この集団は! でもエティエンヌさんやアスタルテさんが『元男』ってことは……俺が二人のおっぱい揉んでも、男同士のスキンシップみたいなもんだからセーフってことで良いですか!?」


「「「はあ!?」」」


 女子部員たちから軽蔑の視線が突き刺さるが、佐藤はどこ吹く風だ。

 当のエティエンヌとアスタルテは、頬に手を当てて嬉しそうに身をよじった。


「あらん。わたくしたちの身体はすべて主人である持子様のもの。持子様の許可が下りれば、よろしくてよ?」


 その言葉に、影持子の「魔王スイッチ」が(半ば強制的に)入った。


「ダァメだ!! こいつらのおっぱいは、全部わしのものだ!! 貴様らごときに触らせてたまるか!!」


 言うが早いか、影持子は両手を伸ばし、エティエンヌとアスタルテの豊満な胸を背後からガシッと鷲掴みにした。


「「ああんっ♡ 持子様ぁっ……♡」」


「どうだ! 羨ましいか佐藤! わしの下僕は最高だろうが! ぐははははっ!」


(……馬鹿みたいだ。わしは一体、何をやっているんだ? 生まれて4、5日のレプリカが、神様と吸血鬼のおっぱいを揉みしだいて高笑いするって、どんなシュールな地獄だ……?)


 影持子は、顔は最高に邪悪なドヤ顔を作りながら、心の中では虚無感に苛まれていた。


 しかし、揉まれている当の二人は蕩けそうな顔で喜んでいるし、鶴子や鮎たちは「今日も持子お姉さんを完璧に演じられていて、影持子様は本当に偉いですわ」と生温かい目で見守っている。


「はいはい。バカやってないで、さっさと進みなさいな」


 ルージュが呆れたようにパンパンと手を叩き、空気を切り替える。


「合気武道部の皆は、前衛に入って戦闘の経験を積み(レベルアップし)なさい。私たち下僕が完全にサポートするから」


「ふはははは! ゲームだとレベルアップのためのチュートリアルだな! 頑張れ貴様ら、死ぬ気で足掻いてみせよ!」


 影持子も即座に悪役ロールに切り替え、部員たちを煽る。


「はい!!」


 合気武道部の面々(彼らにとっては本物の持子)は、影持子からの檄に気合を入れ直し、進み出した。



   * * *



 ダンジョンの環境は、前回彼女たちが最深部を訪れた時とは大きく変貌していた。

 空間自体が拡張され、徘徊する魔物や悪魔、妖怪の類も、より凶悪で未知の個体に置き換わっている。


「シザースマンティスの一群、前方から来ます! 弱点は関節部と腹部の柔らかいところです!」


 鮎が後方からiPadのカメラで敵をスキャンし、即座にデータベースを更新しながら叫ぶ。


「任せてください! 手榴弾、投げます!」


 先行する美羽が、ピンを抜いた手榴弾を正確なコントロールで敵の群れの中央へ放り込む。鼓膜を破るような爆音と閃光が走り、魔物たちの陣形が崩れた。


「今だ! 行くぞお前ら!」


 合気武道部の面々が、崩れた敵陣へと一斉に突っ込む。


 彼らの手には、ただの武器ではない。持子がかつて見せた『闇の手(影を操り、物理的な質量を持たせて打撃や捕縛に使う魔術)』が、彼らの合気道の技と融合していた。


 影の腕で魔物の大鎌を絡め取り、そのまま合気の理合いで体勢を崩し、急所を的確に叩き潰す。


 だが、死角から音もなく、ドロドロとした『闇系統の悪魔』の群れが後衛を強襲しようと這い寄ってきた。


「――不浄なる者よ。塵と化しなさい。滅!」


 凛とした声と共に、葉室鶴子が前に出た。


 彼女の手から放たれたのは、太陽そのものを凝縮したかのような『光の神術』。

 まばゆい閃光がダンジョンの暗闇を切り裂いた瞬間、闇の悪魔たちは悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして浄化され、サラサラと灰になって崩れ去った。


「す、すげえ……! なんだ今の光!?」


 三年生の森が目を丸くする。


 さらに鶴子は、前衛で魔物の反撃を受け、腕に軽い切り傷を負った千手主将に向けて、優しく温かな光の玉を飛ばした。

 光が傷口に触れた瞬間、細胞が瞬時に再生し、傷痕一つ残さず完治してしまう。


「回復術まで……! 鶴子ちゃん、本当にありがとう!」


「いえ。持子姉さんをお守りし、皆様の無事を確保するのが私の役目ですから」


 鶴子は涼しい顔で一礼する。圧倒的な端滅力と回復力。光の神術使いという彼女の規格外のポテンシャルに、部員たちは舌を巻いた。


(もし千手さんたちの怪我が深ければ、アスタルテ様にお願いしようと思っていましたが……神の奇跡を安売りするわけにはいきませんからね)


 鶴子は密かに、パーティの回復リソースの温存まで計算していた。


「よしっ! 右翼、三年生の森先輩、そのまま押し込んでください! 千手主将と南原は左翼へ回って、逃げ道を塞ぐ! 門、高橋、俺と一緒に中央を突破するぞ!」


 戦場の真ん中で、的確な指示を飛ばす声が響く。一年生の佐藤だ。


 個人の戦闘力で言えば、佐藤は合気武道部の中でも決して強い方ではない。


 しかし、彼は特有のお調子者な性格で誰とでも分け隔てなくコミュニケーションを取り、それぞれの長所と短所を完全に把握していた。


 上級生の森や千手に対しても物怖じせず、持子や下僕たちとも積極的に話し合い、この圧倒的な戦力差のある集団の中で、「誰をどう動かせば最も効率的か」という指揮官コマンダーとしての才能を急速に開花させていたのだ。


「ふふ……佐藤くん、本当に良い働きをしますわね。戦局を見る視野の広さと、人を動かすカリスマ。許されるなら、わたくしの眷属(吸血鬼)にして部下に欲しいくらいですわ」


 エティエンヌが、血なまぐさい戦場に似合わぬ艶やかな笑みで佐藤を評価する。


「あたしはあいつのニヤケ顔、嫌いですけどねっ! 闇の手・双撃!」


 南原が、悪態をつきながらも佐藤の指示通りに左翼の敵を粉砕する。南原は佐藤に対して常に当たりが強いが、それは彼女なりの「信頼の裏返し」であることを、パーティの誰もが察していた。


「ふはははっ! 良いぞ佐藤! そのまま指揮を執れ! 見事この階層をノーダメージで突破した暁には、特別にアスタルテのおっぱいを三秒だけ揉む権利をくれてやるわ!!」


 後方で腕を組んで踏ん反り返っていた影持子が、魔王めいた高笑いと共に【最悪のご褒美】を提示した。


(や、やってしまった……! 魔王持子なら「下僕の肉体を餌に部下の士気を上げる」くらいの下劣な真似はするはずだと思って口走ってしまったが……いくら何でもセクハラが過ぎるだろわし!!)


 影持子が内心で頭を抱えていると、当の佐藤は目を血走らせた。


「マジすか持子様!? やったああああ! お前ら、気合入れろぉぉっ! 俺の三秒のために、一匹たりとも逃すなァァァッ!!」


「「「動機が最低すぎる!!」」」


 阿部をはじめとする女子部員たちがドン引きしながらツッコミを入れるが、士気が最高潮に達したのは事実だった。


 そんな狂騒のド真ん中。

 中央突破を図っていた一年生の門と高橋の元へ、死に物狂いとなった魔物の巨大な爪が振り下ろされた。


「危ないっ!」


 無口な門が、咄嗟に高橋の前に身を挺し、己の『闇の手』で強引にその爪を受け止めた。


 ギリィッ、と重い衝撃が門の腕を襲うが、彼は一歩も引かない。男としての意地と、彼女を守るという強い意志が、その背中に宿っていた。


「……っ、蒼真くん!」


 高橋がハッとして門を見つめる。

 門は魔物を弾き飛ばすと、息を切らしながらも、チラリと高橋を振り返った。


「……怪我、ないか」


 たったそれだけの、ぶっきらぼうな一言。


 だが、自分を守るために盾になってくれた彼の横顔に、高橋はカアッと頬を赤く染めた。


「……バ、バカ。あんまり無茶しないでよ!」


 高橋は小声で呟き、門の背中を守るように隣へ並び立つと、戦闘中にも関わらず、彼の空いた手をギュッと握った。


「……っ」


 門も、無言のまま、その手を強く握り返す。

 命懸けのダンジョンのど真ん中で、二人だけの甘酸っぱい青春の空気が流れた。


「そこォォッ!! 青春すんな!!」


 戦局をスキャンしていた佐藤の、血を吐くようなツッコミがダンジョンにこだました。


「ここはダンジョンです! 命懸けなんです!! イチャイチャするなリア充ども! 俺のアスタルテさんのおっぱい(三秒)が遠のくだろうが!!」


「お前のその最低な動機と一緒にしないでよ!」


 高橋が照れ隠しに反論し、パーティ全体にドッと笑いが起きた。


 強大な魔物たちがひしめく死地にあって、彼女たちは誰一人として油断はしていない。


 しかし、圧倒的な力と、それを上回る強烈な個性のぶつかり合いが、この絶望の迷宮を、まるで騒がしい放課後の部活動のような空気に変えていた。


「ふむ……。騒がしい奴らだが、悪くない」


 影持子は、その光景を後方から眺めながら、不敵な笑みを深める。


(演技とはいえ……こうしてバカ騒ぎしながら戦うのも、少しだけ楽しいと思ってしまうな)


 完璧な偽物である彼女の心に芽生えた、本物と違わぬ小さな温もり。


 一行は笑い声を響かせながら、さらに深く、暗く、未知なる東京ダンジョンの深淵へと歩を進めていっ

た。


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