【東京ダンジョン9】
【東京ダンジョン9】
ポポンッ!
再び持子の影から飛び出してきた騎士は、身長175cm、神が計算し尽くしたような「黄金比」のプロポーションと白磁の肌、黄金の瞳を持つ絶世の美少女――すなわち「恋問持子」と瓜二つの姿に変貌していた!
「おおっ! わしの血も入っているから、わしの姿をコピーできるのか!」
「ほう? こいつは面白いぞ!」
持子は黄金の瞳をキラキラと輝かせ、中身のスケベなオッサン気質丸出しの悪い笑顔を浮かべた。
「おい、次はそのピンク髪の影に入れ! その次は泥棒猫、金髪の奴隷、アスタルテだ!」
持子の号令で、影の騎士が次々と下僕たちの影を反復横跳びで経由していく。
シュボッ!(華やかなピンク色の髪へイメージチェンジを果たした、ダイナマイトボディを持つ早大生・鮎の姿になる)
ポンッ!(小柄でふわふわとした茶髪と、愛らしい大きな瞳を持つ美羽の姿になる)
「次は金髪の奴隷、シャーロットだ!」
持子が指差す先、影の騎士がシャーロットの足元へと飛び込んだ。
ズゴゴゴゴォォォッ!!
これまでのポンッという軽快な音とは違い、突如として影が巨大に膨れ上がった。現れたのは、身長175cmのプラチナブロンドのトップモデルの姿……ではなかった。
「なっ……! ラクダだと!?」
影から這い出してきたのは、非常に大きな一瘤ラクダ(ヒトコブラクダ)であった。そして、その背にはヴェールを纏った中東風の貴婦人のような装束を着た、気品あふれる絶世の美女が跨っている。腰のあたりには公爵夫人であることを示す豪奢な宝冠が携えられていた。
ソロモン72柱の序列56番目、大公爵グレモリー。儀式において彼女の血も混ざり込んでいたため、人間の器ではなく、悪魔としての本来の姿を影の騎士が完璧に模倣してしまったのだ。
「おお……!」
中身が美女をこよなく愛するオッサンである持子は、その優雅で神秘的な美女の姿に感嘆の声を漏らし、そしてラクダに乗る幻影を見上げて少しだけ残念そうに溜息をついた。
「これが本来のお前の姿か。……この姿のお前を抱けないのは残念だな」
「ひぃっ! も、申し訳ございませんご主人様ぁっ! 今のわたくしはただの人間の器に過ぎない、脆弱なスノーの奴隷ですわぁっ! 許してぇっ!」
高慢で気品ある大公爵の姿をした影の騎士の横で、本物のシャーロットは持子に凄まれたと勘違いし、即座に完璧な土下座を披露してガタガタと震え出した。痛いのが大嫌いな不憫枠の彼女は、完全に小物感を漂わせている。
「いや、怒ってはおらん。……ふむ、だがやはり面白いな! 次だ、アスタルテ!」
ボインッ!(波打つような黄金の長髪とサファイアブルーの瞳を持つ、非常に肉感的で豊満なプロポーションの女神・アスタルテの姿になる)
「ギャハハハハッ! なんだこれ、面白いな!」
持子は腹を抱えて大爆笑した。
そして最後。騎士は、鮎の影の中に住まう吸血鬼の元女王、ルージュの影へと潜り込んだ。
ポムゥッ……。
現れたのは、金髪で真紅の瞳を持ち、赤の差し色が入った特注のシフォンドレスを着たルージュの姿……だったのだが。
「……ちょっと、エティエンヌ」
本物のルージュが、眉をひそめて騎士(偽ルージュ)の腰回りをツンツンと突いた。
「わたくし、もう少し細いですわよ? お腹周りに、こんな余計な『浮き輪』みたいなお肉、ありませんわ!!」
ぷにぷに。もにゅもにゅ。
明らかに偽ルージュのお腹周りは、幸せそうに少しだけふっくらとしていた。
その瞬間、空気を読まない泥棒猫が目を輝かせた。
「アッハハハハハッ!! ぷくくっ、ちょっとルージュさん! そのお腹、完全にデブじゃないですかぁーっ!!」
美羽がお腹を押さえて大爆笑し、ルージュをビシッと指差した。
「三百年の引きこもりニートが、ただの『デブ吸血鬼』にジョブチェンジですかぁ!? デブ! デブデブーッ!!」
ドゴォッ!!
「げふぅっ!?」
激怒したルージュの強烈な膝蹴りが、美羽のみぞおちに深く、そして容赦なく突き刺さった。
「あ、あぐっ……! ひ、膝は……えぐい……ですぅ……」
美羽はカエルのように潰れた声を出し、お腹を押さえてその場にうずくまる。
「誰がデブですの!! わたくしは夜の支配者、三百年の時を生きる吸血鬼の女王ですわよ!? 吸血鬼が太るわけないでしょ!!」
ルージュは涙目で激怒し、ドレスの裾をバタバタと振って抗議した。
「こら、ルージュ! 私の大切な……いえ、醜い泥棒猫に膝蹴りを入れてはいけませんよ! プ、ププッ……!」
第一下僕の鮎が主人としての威厳をもって止めに入るが、その肩は完全に笑いで震え上がっている。そして、優秀な頭脳を持つインテリタレントである彼女は、スッと冷静に分析を始めた。
「いえ……ルージュ。おそらく、もうルージュとエティエンヌさんは吸血鬼ではなくなっていると思いますよ」
「ど、どういうことですのマスター鮎!?」
「日光も克服していますし、人間の食事も食べるし吸血もしてないでしょ。エティエンヌさんは持子様から魔力を、ルージュは私から毎日惜しみなく極上の生気(魔力)をもらってるし……。それに」
鮎は少しだけ視線を逸らし、言葉を濁した。
「ルージュ……あなた、ファミレスくのデミグラスハンバーグやメロンソーダといった人間の食べ物が美味しいからって、いつも常人の二倍くらい食べていると思うし……ゴニョゴニョ」
「ああっ!」
持子がポンッと手を打った。
「つまり、食事から栄養もバッチリ得られるようになり、過剰な栄養はそのまま脂肪に変わったってことだな!!」
「……!!!」
ルージュの顔が、自分の瞳と同じくらい真っ赤に染まった。
「ブーッ、ハッハッハッハッ!!」
持子はついに耐えきれず、腹を抱えて吹き出した。
「なまらウケるんだが!!最高に面白いなーーっ!! ギャハハハハッ!!」
極黒の魔王の威厳など完全に消し飛び、地元の北海道弁丸出しでゲラゲラと笑い転げる持子。
「ふっ太ったは違いますわーーっ!! わたくしは成長期ですのーっ!!」
「いやいやいや! 吸血鬼の三百歳で成長期はおかしいだろ! ギャハハハッ、腹痛ぃっ!!」
持子はルージュの必死の弁明を笑い飛ばし、涙を流しながら大爆笑を続ける。
しかし、ルージュはふと、目の前に立つ『自身の姿を正確に模倣している影の騎士』に目をやった。
そして、恐る恐る、自分自身のドレス越しのお腹へと手を伸ばす。
(……ぷにっ)
「…………っ」
ルージュは絶望したように目を閉じ、プルプルと震えながら観念した。
「……ダイエットお付き合いお願いいたしますわ、マスター鮎……」
蚊の鳴くような、ひどく情けない小さな声だった。
その瞬間、第一下僕である鮎は、狂信的な愛と究極のマゾヒストの顔をすっと引っ込め、聖母のような優しい笑みを浮かべた。
「ええ。一緒にダイエットしましょうね、ルージュ」
主人の温かい言葉に、ルージュはコクリと頷く。
「ヒィーーッ!! ギャハハハハハッ!!」
その一連のやり取りを見て、持子の笑いのツボが完全に崩壊した。血の海と化し、死骸の山が築かれた戦場のど真ん中で、腹を抱えて地面を転げ回る。
「……くっ」
ルージュは悔しそうに唇を噛み締め、持子をキッと睨みつけた。
「まさか、あの極黒の魔王(持子様)にツッコミを入れられる日が来るとは思いませんでしたわ……っ!」
優雅な貴族口調で話す彼女だが、その顔は信じられないほどの屈辱に染まっていた。
その横で、エティエンヌはただ一人、一切笑わずに直立不動を保っていた。
なぜなら、ルージュは彼女の『元妻』である。五百年の人生で初の初恋をこじらせた狂信者であるエティエンヌだが、影の密室で愛憎を清算し、素直に謝罪して関係を修復した元嫁を、ここで「デブ」と笑って怒らせるわけには絶対にいかなかったのだ。(絶対に地雷を踏んではいけない……っ!)と、真祖の顔面筋を総動員して必死に笑いを耐え忍んでいる。その額には、冷や汗がびっしりと浮かんでいた。
新参の平民階級であるアスタルテと奴隷のシャーロットに至っては、「ひぃぃっ」「ここで笑ってはいけませんわ……っ」と怯えながら、必死に持子とルージュのやり取りを見守っていた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……あー、笑い疲れた……」
ひとしきり笑い転げた持子は、ようやく涙を拭いながら立ち上がった。
そして、先ほどまでアンドラスとの死闘が繰り広げられていた、血塗られた真紅の絨毯――広大なダンジョンの空間を軽く見渡した。
「これだけ狩れば、まーしばらくは大丈夫だろう。いい具合に気が済んだから帰るぞ」
持子はそう宣言すると、高い空間把握能力と索敵魔法(魔眼)を持つルージュと、過去・現在・未来の透視と読心能力を持つ頭脳労働のスペシャリスト・シャーロットへと視線を向けた。
「ルージュ、シャーロット。どうだ? この先の悪魔や魔物の気配は?」
「はい、持子様」
シャーロットが恭しく一礼して答える。
「わたくしの透視によれば……最深部にはまだ強力な個体が数体潜んでおりますが、全体的な数はだいぶ減っておりますわ」
「わたくしの魔眼の索敵でも同じですわ。先ほどのアンドラスの死を見て、雑魚どもは完全に散り散りになりましたのよ」
ルージュも真剣な表情で(お腹を少し引っ込めながら)報告した。
「ふむ。その強力なもの達は、今すぐ上に上がってきそうか?」
持子が問うと、二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振った。
「いえ、その気配はありませんわ。」
「私も、気配を感じませんわ」
「そうか」
持子は満足そうに頷き、ポンッと手を叩いた。
「では、当たりに散らばる魔石やアイテムを回収して帰るぞ! ほれ、ルージュ! 貴様のその便利なルージュ部屋(収納ボックス)に全部突っ込んでおけ!」
「もう! わたくしはただの荷物持ちではありませんのよ!」
ルージュは文句を言いながらも、マスターである鮎の足元の影を広げ、戦場に散らばる戦利品を手際よく回収し始めた。
血みどろのダンジョンの最深部で、極黒の魔王の高笑いと、下僕たちの賑やかな足音が、いつまでも響き渡っていた。




