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「葉室家異聞 ―極黒の魔王、妹となる―」

【葉室家の持子のお披露目会】


古神道結社・八咫烏やたがらす


「霊脈の正統なる支配者」であり、「誇り高き儀式の大家」として、この国の裏社会と霊的防衛を古来より牛耳ってきた巨大にして深遠なる一族。

その頂点に君臨する葉室家の本家は、京都のさらに奥深く、俗世の喧騒から完全に隔離された霊山のふもとに、広大で荘厳な屋敷を構えていた。


ザワワ……ザワワ……。


幾星霜もの歴史を吸い込んだ古木が風に揺れ、重厚な葉擦れの音を響かせる。

秋の気配が一段と深まった、ある日の夜。


葉室本家の中心にある、百畳はあろうかという巨大な大広間には、息が詰まるような、針を落とせばその音が響き渡るほどの圧倒的な緊張感が張り詰めていた。


シンッ……。


上座に座すのは、葉室家当主であり、桐子と鶴子の父である葉室はむろ 嗣綱つぐつな

無口でクール、どこか近寄りがたいほどの威厳を放つ、非常に整った顔立ちの和風な美丈夫である。深い藍色の紋付袴を身に纏い、ただそこに座っているだけで、周囲の空気を平伏させるような覇気を持っていた。


その隣には、母である葉室はむろ 長子ちょうこ

日本画から抜け出してきたかのような、たおやかで気品溢れる女性だ。


そして、当主夫妻の御前、下座の中央に正座しているのは、純白の着物を身に纏った葉室桐子と、漆黒に金の刺繍が施された豪奢な振袖姿の、極黒の魔王・恋問持子であった。

二人のさらに後ろには、桐子の実妹である葉室鶴子が、静かに控えている。


広間を囲むようにズラリと居並ぶのは、和装に身を包んだ葉室家の親族や長老たち、数十名。

彼らの視線は、鋭い刃のように持子へと注がれていた。


(……チリチリとするな。これが、歴史と伝統を背負う者たちの重圧か)


持子は、黄金の瞳を伏せ、丹田に宿る光と闇のカオス魔力を静かに循環させながら、その視線を真正面から受け止めていた。

覇王としての胆力を持つ持子でなければ、この場に座っているだけで気絶していただろう。


「――皆の者、面を上げなさい」


静寂を切り裂くように、嗣綱の低く、よく通る声が広間に響き渡った。

ビクッ、と親族たちの肩が揺れ、全員の視線が当主へと集まる。


「今日、皆をこの場に集めたんは、他でもあらへん。うちの長女・桐子と、そこに座る恋問持子との間に交わされた『儀式』について、そやして、これからの葉室家の在り方について、正式な報告と宣言を行うためや」


ゴクリ、と。

広間のあちこちで、誰かが息を呑む音が聞こえた。


「先日、本家が管理する『始まりの神社』にて、神の御前において、桐子と持子は正式に『姉妹の契り』を結んだ。桐子は己の神力を分け与え、持子はその魂の奥底に、我が葉室の光を受け入れたんや」


ザワッ……!


親族たちの間に、隠しきれない動揺が走る。

始まりの神社での儀式、それは葉室家の血を引く者にとって、究極の秘蹟。それを、外部の――しかも、かつては魔王と恐れられた存在と結んだという事実は、彼らの常識を根底から覆すものだった。


「静まりなさい」


嗣綱の鋭い一瞥に、広間は再び水を打ったような静寂に包まれる。


「恋問持子が、葉室桐子の妹となる事。そやして、この葉室の家に連なる者として迎え入れる事……これは、他でもない、我ら本家の『総意』どす」


嗣綱の言葉は、絶対的な決定事項として広間に叩きつけられた。

隣に座る母の長子が、静かに、しかし深い慈愛を込めて深く頷く。


「ええ。持子さんは、桐子の、そやしてうち等の大切な家族どす。どうか皆様も、そのようにご承知おきお頼もうします」


さらにその後ろから、鶴子が進み出て、凛とした声で標準語のまま言い放った。


「私も、本家の決定に完全に同意いたします。持子お姉……持子さんは、姉様の光を受け継ぐにふさわしい、気高く優しい方です!」


本家のトップ三人が、完全に持子を擁護し、一歩も退かない姿勢を見せた。

親族たちは、顔を見合わせ、言葉を失った。


(……無理もない)


持子は内心で、彼らの複雑な胸中を推し量っていた。

古神道結社・八咫烏。彼らは、新興かつ軍事色の強い『TIA(東京帝国機関)』とは、歴史的に激しく対立してきた。伝統と儀式を重んじる保守派の八咫烏からすれば、力と効率を重んじるTIAは、相容れない存在だったのだ。


しかし、状況は激変している。

今月には、TIAの次期当主である絶対的強者・風間洋助と、葉室桐子の結婚が控えている。これは、両組織の長きにわたる確執を終わらせる、歴史的な政略結婚の意味合いも強く含んでいた。お互いに手を取り合っていけるかもしれない、最大の好機である。


そして、そこに『極黒の魔王』である恋問持子の存在が加わる。

TIAの裏社会にも属し、強大な武力とカリスマを持つ持子が、葉室家の『妹』として取り込まれたのだ。これは政治的に見ても、葉室家にとって計り知れない利益をもたらす。かつて敵対、あるいは警戒すべき対象だった魔王の勢力が、葉室家にも属することになるのだから。


(保守派の爺どもからすれば、面白くない話だろう。だが……目立って反対する意味も、理由も、もうどこにもないのだ)


持子の読み通りであった。

親族たちは、一白いっぱくの長い沈黙を置いた後――。


「……本家のご意向、確かに承りました」

「当主様、そやして奥様がそこまでおっしゃるんやったら……わてらも、異存はおまへん」


長老の一人が深く頭を下げると、次々と親族たちがそれに倣い、頭を垂れて同意の意を示した。


「うむ」


嗣綱は鷹揚に頷くと、鋭い視線を少しだけ和らげ、持子の方を真っ直ぐに見据えた。


「持子や。あんたが桐子の妹となった事、そやして葉室の光を継いでくれた事、心より感謝する。……これからは、葉室の親族として、桐子と鶴子の事を、頼むで」


その短い一言には、当主としての計算だけでなく、一人の父親としての不器用な情が確かにこもっていた。


「……はい。この命に代えましても、お約束いたします。嗣綱様」


持子が深く、美しく礼をすると、広間の空気は完全に「身内」のものへと変わった。


***


「さあさあ! 堅苦しい儀式はここまでや! 皆の者、今日はめでたい日ぃやで! 存分に飲み、食うたらええ!」


ドドンッ!と太鼓の音が鳴り響き、先ほどまでの重苦しい空気が嘘のように、広間は華やかな宴席の場へと早変わりした。

豪華絢爛な京料理がズラリと並べられ、美酒佳肴が次々と運ばれてくる。


「乾杯っ!!」


嗣綱が簡素な挨拶と乾杯の音頭をとると、宴会は一瞬にしてピークに達した。


「めでたいなぁ! ほんまにめでたい!」

「TIAの次期トップとの縁組みに、魔王様まで身内になりはるとは! わてら八咫烏の未来も安泰やで!」


先程まで渋い顔をしていた保守派の親族たちも、手のひらを返したように盃を持って持子の元へ群がってくる。

しかし、持子の前には透明な液体が注がれた美しい江戸切子のグラスが置かれていた。


「さあさあ、持子殿、一杯!」

「あ、いや。わしは未成年ゆえ、酒は飲めんのだ。これは特別に用意してもらった、ノンアルコールの日本酒というやつでな」


持子は苦笑しながら、米の旨味だけを抽出したという高級なノンアルコール飲料で乾杯に応じた。

隣に座る鶴子も、同じく未成年であるため、可愛らしいお猪口にノンアルコールの日本酒を注いでもらい、ちびちびと口をつけている。


「くぅ〜っ! やっぱり本家の蔵出しの大吟醸は最高ね!」


一方、二人の姉である桐子はといえば。

お酒が大好きな彼女は、純白の着物姿のまま、底なしのペースで極上の日本酒をパカパカと空けていた。

ほんのりと頬を桜色に染め、極上の笑顔で盃を傾ける姿は、女神のように美しく、そしてどこか豪快であった。


「桐子お姉さん、少し飲みすぎではないか……?」

「ふふっ、平気平気! 今日くらいはいいじゃない。持子も大きくなったら、一緒に飲みましょうね!」


そんな狂乱の宴の最中。

上座の方から、何やら怪しげな気配が漂ってきた。


「……も、持子くん。いや、持子や……」

「ん?」


持子が振り返ると、そこには、先程までのクールで威厳ある姿はどこへやら、顔を真っ赤にしてフニャフニャと笑う、葉室 嗣綱の姿があった。手には一升瓶が握られている。


「ヒック……。持子やぁ……お前、桐子の妹になったんやなぁ……?」

「は、はい。その通りですが、嗣綱様……?」

「嗣綱様、やないやろ……ヒック。妹になったっちゅうことは、俺の娘になったっちゅうことやろ……?」


グイッ、と嗣綱が持子に顔を近づけてくる。酒の匂いがふわりと漂う。


「なぁ、持子……。いっぺんくらい……『お父さん』て、呼んでみてくれへんか……?」

「へっ!?」


持子は素っ頓狂な声を上げた。

あの冷徹な当主から、そんな甘えた言葉が出てくるとは夢にも思わなかったのだ。

周囲の親族たちは、そのやり取りを見てドッと大爆笑した。


「わはははは! 出たで、当主様の絡み酒や!」

「当主様は、酒が入らんと硬いまんまでおもろないさかいな! どんどん飲ませなはれ、飲ませなはれ!」


親族たちがさらに酒を勧める中、持子は一瞬、どうしていいか分からず言葉に詰まった。


――持子は、捨て子だった。


天涯孤独。物心ついた時から、本当の親の顔も、温もりも知らない。

前世の暴君としての記憶が蘇る前も、蘇った後も、彼女の根底には常に「圧倒的な孤独」があった。


母のような存在である立花雪たちばな ゆきと幼馴染で兄弟のような存在の高倉竜たかくら りゅうもいた。彼らの存在は、持子の魂の救いであった。

しかし、「血の繋がり」を前提とした、「父」や「母」、「姉妹」という絶対的な帰属場所を持ったことは、ただの一度もなかったのだ。


(……わしが、この人の、娘……)


持子の胸の奥底で、かつて感じたことのない、ジンと痺れるような、信じられないほど温かい感情が湧き上がってきた。

酔っ払って駄々をこねる、この威厳の欠片もない父親の姿が。

自分で思っていた以上に――たまらなく、嬉しかった。


「うるさーい! 今日はええんや! 桐子が嫁に行っちまうんやで!? わしは寂しいんや! だから持子ぉ、お父さんって呼んでくれぇぇ!」


泣き上戸まで発動し、持子の袖を引っ張って駄々をこねる嗣綱。


「……お、お父様……いや……お父、さん……」


持子の口から、自然と、その言葉がこぼれ落ちていた。

言わされた言葉かもしれない。だが、自分の口から、誰かを「お父さん」と呼べたこと。それが、どれほど持子の心を救い、満たしたか。


「おおっ! もう一回! 持子、もう一回頼む!」

「お、お父さん……っ」


顔を真っ赤にしながら照れる持子。その瞳は、嬉しさで微かに潤んでいた。

するとそこへ、母の長子がスッと進み出て、嗣綱の背中をピシャリと叩いた。


「あんたさん、みっともない真似はおよしやす。持子さんが困ってはるやないの。当主としての威厳が台無しどすえ」

「い、痛っ! な、長子、お前なぁ……」


シュンと小さくなる嗣綱を横目に、長子は持子の方へと向き直った。

その表情は、先程までの当主の妻としての凛としたものから、どこまでも優しく、慈愛に満ちた「母親」の顔へと変わっていた。


「堪忍しておくれやすね、持子さん。……せやけど」


長子は、そっと持子の手を握り、その黄金の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「うちも……うちのことも、『お母さん』て、呼んでもらえまへんやろか?」

「え……っ」


持子の瞳が、大きく見開かれた。

立花雪という、厳しくも愛のある「母」の存在はあった。だが、こうして正面から、温かな体温と共に「自分を母と呼んでほしい」と乞われるのは、彼女の長い魂の歴史の中でも初めてのことだった。


「あんたが、どれだけのものを背負って生きてきはったんか……うちには、計り知れまへん。でも、今日からあんたは、うち等の大切な娘どす。……頼りないかもしれんけど、甘えておくれやすね」


長子の優しく、包み込むような京言葉が、持子の胸の奥の最も柔らかい部分を、そっと撫でた。


「……お……」


持子は、唇を震わせた。

涙が、ポロポロと黄金の瞳からこぼれ落ちそうになるのを、必死に堪える。

覇王としての矜持も、魔王としての強がりも、今は何の役にも立たない。ただ一人の、親の愛を知らずに育った少女としての感情が、堰を切ったように溢れ出した。


「お……お母……さん……っ」

「おおきに、持子。ええ子やねぇ……ほんまに、ええ子や……」


長子は、堪えきれずに涙をこぼす持子を、その細くしなやかな腕で、ぎゅっと優しく抱きしめた。

白粉の仄かな香りと、どこまでも温かい母の体温。

持子は長子の胸に顔を埋め、まるで幼い子供のように、その温もりを全身で感じ取っていた。


(……ああ。これが、家族なのだな……。雪……竜……わしに、お父さんとお母さんができたぞ……っ)


「あーっ! お父さんもお母さんもずるい! 私の持子を泣かせて独り占めしないでよ!」


感動的な親子の抱擁の最中。

バンッ!と、酔っ払った桐子が乱入してきた。


「ほら持子、鶴子! ちょっとこっち来て! 酔っ払いオヤジと泣き虫お母さんから避難よ!」

「え? あ、おい、桐子お姉さん! 鶴子!」


桐子と鶴子が、強引に持子の両腕を引っ張り、喧騒渦巻く大広間から、静かな夜の日本庭園へと連れ出したのだ。


***


スゥゥゥ……。


庭園に出ると、冷たく澄んだ秋の夜風が、火照った頬と涙で濡れた目元を心地よく撫でた。

月明かりが、美しく手入れされた池の水面をキラキラと照らしている。広間からのどんちゃん騒ぎは、遠くのBGMのように聞こえていた。


「ふぅ……。ごめんね、持子。二人とも、少しはしゃぎ過ぎちゃって」


夜風に当たり、少しだけ酔いが冷めたのか、桐子が苦笑しながら言った。


「いや……嫌な気はしなかったぞ。むしろ……わしは、嬉しかった。自分で思っていた以上に……なまら、嬉しかったのだ」


持子が素直な気持ちを吐露すると、桐子は欄干に寄りかかり、月を見上げながら優しく微笑んだ。


「お父さんとお母さん、あんな感じだけど……仲良くしてあげてね。悪い人たちじゃないの。でも、由緒正しい家柄とか、当主としての重圧とか、背負ってる歴史があるから……普段はどうしても、ああやって硬くならざるを得ないの。仕方ないんだ」


桐子の声には、両親への深い愛情と、少しの哀愁が混じっていた。


「葉室家のしがらみは、持子はあまり気にしなくて良いから。あなたは自由に、あなたの信じる道を生きなさい。……でもね」


桐子は向き直り、持子の両肩にそっと手を置いた。


「鶴子のことは……面倒見てあげてね。あの子は、これから葉室を背負っていくことになるから」


その言葉の裏にある「真意」。

自分の命が長くはないこと、そして、自分が洋助と共に歩む残りの人生で、葉室の未来を鶴子に託すこと。その重圧から鶴子を守るために、持子に力を与え、妹として引き入れたのだという、桐子の深い覚悟。


持子は、真っ直ぐに桐子の目を見つめ返し、深く、力強く頷いた。


「ああ。分かっている。桐子お姉さんが、寿命を削ってまでわしに分け与えてくれた神力の恩……この命の光は、必ず鶴子に、そして葉室の未来に返す。わしのカオス魔力に懸けて、必ずだ」


その揺るぎない決意に、桐子は安心したように、ふわりと花が咲くように微笑み、頷いた。


「……持子お姉さん」


横で黙って聞いていた鶴子が、感極まったように声を震わせ、持子の右手を両手でギュッと握りしめてきた。


「……ありがとう、ございます。私、まだまだ未熟ですけれど……持子お姉さんがいてくれるなら、何も怖くありません」


ウルウルと瞳を潤ませる鶴子。その健気な姿に、持子も胸が熱くなり、鶴子の小さな手を力強く握り返した。


「うむ! 任せておけ、鶴子! どんな敵が来ようと、わしが……ん?」


ふと。

感動的な空気の中、桐子が首をコトンと傾げた。


「そういえば……持子の誕生日って、いつだっけ?」

「ん? わしか? わしは捨て子だったから正確な時間は分からんが、施設で定められた誕生日は……5月22日だぞ」


持子が当然のように答える。

すると、鶴子がピタッと固まった。


「……えっ?」

「どうした、鶴子?」

「私……私の誕生日、5月21日……ですけれど」


シンッ……。


庭園に、秋の虫の音だけが空しく響き渡る。

三人の間に、謎の沈黙が流れた。


持子(5月22日生まれ)。

鶴子(5月21日生まれ)。


「「「……あれ?!」」」


三人の声が、夜の庭園に見事にハモった。


「ぎゃ、逆だ!! 1日違い!? しかも鶴子の方が、わしより1日早く生まれておるではないか!!」

「ええええっ!? そ、そんな! じゃあ、持子ちゃんが妹で、私が……お姉ちゃん!?」


持子と鶴子は、繋いでいた手をガバッと離し、お互いを指さして目をひん剥いた。


無理もない。持子は元・極黒の魔王にして、覇王の魂を持つ女。常に堂々とし、態度がデカ過ぎて、威厳に満ち溢れていたため、桐子も鶴子も、そして両親ですら、「持子の方が鶴子より年上だろう」と完全に思い込んでいたのだ。


「えっ!? ちょっと待て! 鶴子、お前が……わしのお姉さんなのか!?」

「も、持子……ちゃん!?」


戸惑う二人の姿を見て、しばらく呆然としていた桐子が……プッ、と吹き出した。


「ふふっ……あはははははっ! な、なにそれ! 今まで誰も気づかなかったなんて……っ! しかも1日違いって! あはははは!」

「き、桐子お姉さん! 笑い事ではないぞ!」

「そうですよ姉様! 私、ずっと『お姉さん』って呼んで甘えてたのに……っ!」


お腹を抱えて笑い転げる桐子につられて、持子と鶴子も、なんだか可笑しくなってきて、三人揃って夜の庭園で大笑いした。


「あははは! 傑作だな! わしが一番末っ子だったとは!」

「もーっ! 持子ちゃんってば、態度が大きすぎるんですから!」


ひとしきり笑い合った後。

鶴子は、少しだけ真面目な顔になり、もう一度、持子の手をギュッと握った。


「……でも、ダメ。やっぱり、持子お姉さんだから」

「……鶴子?」

「年齢なんて、たった1日なんて関係ありません。持子さんの背中の大きさも、その強さも、優しさも……私にとっては、間違いなく『頼れるお姉さん』なんです。だから……これからも、持子お姉さんって、呼ばせてください」


真っ直ぐに見つめてくる鶴子の瞳に、持子はハッとした。

そして、ゆっくりと隣の桐子へと視線を向ける。

桐子も、優しく目を細めて、深く頷いた。


「そうだね。私も、それがいいと思う。持子は、鶴子の立派な『お姉さん』よ」

「……桐子お姉さん」


持子は、胸の奥底から込み上げてくる温かい感情に、黄金の瞳を微かに潤ませた。

天涯孤独だった自分が、ここで本当の家族を見つけた。年齢というちっぽけな枠組みを超えた、魂の絆。


「……ふっ。そうだな。わしがお姉さんだ。これで決まりだな」


持子は不敵に、だが最高に優しい笑顔を浮かべた。


「分かったぞ、鶴子。お前の面倒は、この先の未来のすべて……わし、『持子お姉さん』が引き受けた!」


ガバァッ!


持子は、愛おしさが爆発したように、鶴子の華奢な身体を力強く、強く抱きしめた。


「きゃっ! も、持子お姉さん……っ、苦しいです……っ」

「ふはははは! 姉の愛を受け取るが良い!」


ジタバタと照れながらも嬉しそうにする鶴子。

その二人の姿を愛おしそうに見つめていた桐子も、そっと歩み寄り、後ろから二人ごと、その細い腕で優しく抱きしめた。


「ふふっ……二人とも、大好きよ」

「桐子お姉さん……っ」

「姉様……っ」


月明かりの下、純白と漆黒の装束が入り混じり、三人の姉妹が強く抱き合う。

それは、一つの古い家系が新たな血と絆を迎え入れ、未来へと繋がっていく、あまりにも美しく、尊い光景であった。


***


「……見やれ、長子。あれが、うちの娘たちや」


庭園の入り口。広間からの光が届かない仄暗い影の中から、その光景を静かに見守っている二つの影があった。

すっかり酔いが冷め、いつもの威厳ある、しかしひどく優しい瞳をした葉室 嗣綱と、妻の長子である。


「……意図してやないと思うが。桐子は、自分の代わりに……自分が洋助の元へ嫁ぎ、いずれこの世を去った後の『代わり』として、あの持子っちゅう規格外の娘を、我が家に連れてきよったんかもしれんな」


嗣綱の声は、微かに震えていた。

娘の死期を知りながら、何もしてやれない父親の無力感。そして、それでも家を守らねばならない当主としての孤独。


そのすべてを理解し、補うかのように現れた、極黒の魔王という名の、優しき光。そして、かつて孤独だった少女が今、真の家族の温もりに包まれて笑っている。


「……そないかもしれまへんね、あんたさん」


長子は、そっとハンカチを目元に当て、涙交じりに深く頷いた。


「桐子の選んだ道……そやして、持子さんが見せてくれる新しい葉室の未来。うちらは、ただ信じて、あの子らを支えていきまひょ」

「……ああ。そうやな」


秋の夜風が、夫婦の言葉を優しく撫でていく。

月明かりに照らされた三姉妹の笑い声は、歴史と重圧に縛られてきた古神道結社・八咫烏の屋敷に、かつてないほど温かく、そして力強い『希望』の響きとして、いつまでもこだましていた。


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