第8話 『編集者は見た──Twitterに潜む“リアル”』
東京都・市ヶ谷。
某ライトノベル出版社の編集フロア。
日付は変わって午前0時を回ったが、まだ残業中の編集者がちらほら。
その一角、書類の山に囲まれた男が、ひとり静かに呻いていた。
「……またトレンド入りしてんじゃねぇか、この作家……!」
担当編集者・渋谷利雅。
27歳。入社5年目。担当作家10人。
その中でも、圧倒的に手がかかる──そして今、最も売れている作家。
それが──
「久慈川幸喜……お前、ほんっとに……!」
目の前にあるモニターには、Twitterのタイムライン。
【#おっぱいチッパイ夢いっぱい】のタグが、再び盛り上がりを見せていた。
──原因は、彼の新作青春ラブコメ企画に関する“深夜ポエム”ツイートだった。
「ヒロインの胸のサイズに悩む夜、人生の意味を問いたくなる。青春とは“触れられそうで触れられない曲線”──。」
「そんなタグ生まれていいわけねぇだろ……!!」
だが、それが現実だった。
いいね:2.1万
RT:1.3万
引用リプ:6500
──全部、ひと晩で。
それを見て、渋谷は悟った。
「こいつ、ただの“萌えオタ童貞”じゃない。……“天才型リアル修羅場構築クリエイター”だ……」
***
思えば最初から、異質だった。
担当初期。
戦国ラノベのプロットを渡されたとき──
「ヒロインは政宗の異母妹で、実は夜になるとタイムスリップしてラブホに飛ばされる呪いを──」
「ボツ!! まず設定が地上波NG!!!」
彼の脳内は常に爆発していた。
理性と妄想と実体験とフィギュアのパーツが、渾然一体となって創作を構築する──そんな作家だった。
だが最近。
様子がおかしい。
“明らかに筆が止まっている”。
それもそのはず。
渋谷のもとに、関係者や読者、さらには謎の女子高生からまで、“作家の近況”が届けられるようになっていたのだ。
【情報その①:幼なじみ、ガチ嫁化】
→ 朝食提供・掃除洗濯・風呂上がりに遭遇済み
【情報その②:妹、毛収集家】
→ パンツから毛を収集して瓶詰。今月だけで13本。
【情報その③:地味子後輩、実は伝説のコスプレイヤー】
→ 同人イベントにて“綾波覚醒”済み
【情報その④:金髪転校生、実は初恋相手&イラストレーター】
→ 現在同居疑惑あり(!?)
「……なんだよこのキャラ表……! どんなバトルラノベより破壊力あるぞ……」
渋谷はコーヒーをすすりながら、ふと天井を仰いだ。
──この作者、何をどう生きたらこうなる?
原稿が遅れるのはいつものこと。
だが最近は、“日常が修羅場すぎて創作が現実に負けてる”という稀有な事態に突入していた。
「……ラブコメ書けないんじゃなくて……現実がラブコメすぎて、脳が混乱してるんだな」
納得。
そして、編集者として出すべき答えは一つ。
「いいぞ、もっとやれ」
そう呟いた瞬間、Slackがポロンと鳴った。
【久慈川先生】
「渋谷さん、相談です。ラブコメって、“妹の毛を保存してるキャラ”ってアリですか?」
「あるかぁぁぁあああああああああああ!!!!!!」
叫んだ声が深夜のフロアに響いたが、
誰も驚かない。
それが日常だから。
***
一方その頃、俺──久慈川幸喜は。
リビングで鮟鱇鍋をつつきながら、妹と幼なじみと謎の転校生に囲まれていた。
舞香「鍋の具、全部おいしかったよ! でも最後の雑炊、よっちゃんが炊いてくれると、もっと美味しい気がするの」
歩美「いや、そこは私が仕上げるわよ! 彼の味覚と体調は全部把握してるんだから!」
幸香「私は……お兄ちゃんの出汁で煮る“兄鍋”がいい……♥」
(──俺のラブコメ、修羅場すぎね!?)
原稿、書ける気がしない。
いや、もはや──
「この日常を全部、原稿にしよう……」
そう決意した瞬間、
俺の手はキーボードへと伸びていた。




