第82話 『放課後収録ブースで、壁ドンされました』
──放課後の校舎。
廊下はひんやりとして静かだった。
部活の掛け声、掃除当番のバケツの音。
そんな雑音の奥で、俺の心臓だけがドクドクと音を立てていた。
(……まさか、学校内の収録室に呼び出されるなんて)
俺・久慈川幸喜(ラノベ作家・17歳)は、今まさに“推し声優との密室”に入ろうとしていた。
しかも相手は──
「あ、どうぞ。こっちです」
笑顔で手招きしてくるのは、姫崎るりあ本人だった。
制服姿で。
アイドルスマイルで。
完全個室の**“簡易収録ブース”**に、俺と二人きりで。
(もう心臓止まってくれ……!)
***
この“収録ブース”は、アニメ制作陣が「リアルな学園環境の空気感を把握したい」と設置したもので、実際に生徒のセリフを録って資料にしている……という建前だ。
だが現実は──
「ふふっ……こんなに静かな空間、なかなか無いですよね」
るりあはスライドドアを閉めると、
俺との距離をじわじわと詰めてきた。
(近い……声優さんって、こんなに接近してくるものなの……!?)
「今日は、“原作第6話のあのシーン”を試しに録ってみたくて……いいですか?」
「え、あ、う、俺が……? 今ここで……?」
「はい♪ あなたが書いたセリフですから、あなたと演じてみたくて」
るりあがイヤモニを外し、俺に差し出してくる。
「ほら、これで私の“本当の声”が直接、耳に届きますから」
──終わった。これはもう、限界だ。
***
「……あなたに触れられると、私、壊れちゃいそうになるの……」
──耳元で囁かれるセリフ。
それはまさに、俺の書いた第6話・告白シーン。
けれど、声優としてのるりあは、ただ“読む”だけじゃなかった。
・吐息混じりのブレス
・語尾にかすかに残る震え
・目を見つめながらの間
すべてが、俺の五感を貫いてくる。
「……幸喜くん。あなたが“壊れたら”……私が直してあげるから」
その瞬間――
ドンッ!
るりあが、俺のすぐ横の壁に手を突いた。
壁ドン。発動。
俺(やばい、俺、“女向け乙女ゲーの主人公”になってる……!!)
***
るりあの顔が、俺の顔に近づく。
唇の距離、5センチ。
視線の角度、完璧。
照明の位置、アニメのエフェクト級。
そして――
カチッ(録音ボタンが押される音)
「っ!?」
「お兄ちゃ~ん、ダーメ♥」
***
ドアが開いて、入ってきたのは妹・久慈川幸香。
制服のまま、髪をゆるく結び、手にはスマホを掲げたまま。
「“喘ぎ録音”するなら、事前に許可とってって言ったよね♥」
「ち、ちが……これは収録で、その、アフレコで……っ!!」
るりあも困惑していた。
「え……この子、妹さん? ……え、でも今“喘ぎ”って……」
妹はにっこりと笑った。
「兄はね、私が管理してる性欲リソースなんだから♥」
俺「用語がすべておかしい!!」
***
数分後、廊下。
俺は、耳を真っ赤にしながら正座していた。
その前で、妹とるりあが並んで立っている。
妹「というわけで、姫崎さん。今後“お兄ちゃんに対する密着系セリフ”は、事前審査制でお願いします」
るりあ「そ、それは業界的に新しい契約形態ですね……(困惑)」
「あと、“耳元5センチ”はセーフですけど、“唇5センチ”はレッドカードです♥」
「え、距離で審査されるんですか!?(絶望)」
***
その夜、俺はベッドで寝返りを打ちながら悶えていた。
(……もう限界だ……これ以上、声で攻められたら俺、マジで陥落する)
だが、スマホには新着メッセージが届いていた。
るりあ【非公開チャット】
「……また、続きを録りたいです。次は“キスシーン”のセリフ、お願いできますか?」
──俺の脳内に、警報が鳴り響いた。




