第78話 『帰る家が、帰りたくない場所になる日』
──早朝五時。
茨城の空は、まだ少し眠たげな青だった。
霧がかかる駅前には、田舎の静けさと、旅の終わりの気配が漂っている。
「……あっという間だったなぁ……」
俺はスーツケースを引きながら、小さくつぶやいた。
後ろには、歩美・舞香・玲奈、そして妹の幸香。
ヒロイン全員が、なぜか“普通に”帰る気満々の顔をしていた。
(いや……お前ら、いつまでついてくるつもりだ……)
そんなツッコミを飲み込んだのは、母・静江の姿が目に入ったからだった。
駅のホームまで見送りに来てくれた母。
その顔は、どこか寂しげで、でもどこか誇らしげだった。
***
「……じゃあ、行くよ」
改札に向かおうとしたそのとき。
「ちょっと待ちなさい」
静江が俺の腕を掴んだ。
そして──ふわりと抱きしめた。
一瞬、言葉が出なかった。
それは、いつ以来だろう。
子供のころ、熱を出したとき以来かもしれない。
そして、母は俺の耳元で、静かに言った。
「正妻に選ぶ子、間違えんなよ」
ドクン、と心臓が鳴った。
「一番、わかってる子を選びな。
あんたの弱さも強さも、その全部を見てくれてる子を」
小さく、強く、耳打ちされたその言葉は、
何よりも重く、そして温かかった。
***
俺が改札を通ると、ヒロインたちが“当然のように”後ろから続いた。
「お、おい、まさかお前らも──」
「え、なに言ってんの? 一緒に帰るに決まってるでしょ?」
「“法事旅行”に来たのに、“恋人候補認定”されて帰るとか、最高じゃん」
「……私、東京でも“兄の睡眠”を管理しないと……」
妹が腕を組んで笑う。
「お兄ちゃん♥ 今さら“離れて暮らす”とか、選択肢にないでしょ?」
(……いや、その発想が怖いんだけど……)
──だが、俺は気づいていた。
この旅で、何かが変わった。
彼女たちは“ただのヒロイン”じゃなくなっていた。
俺のことを、ただ応援する“登場人物”ではなく、本気でぶつかり合える存在へと。
***
電車が走り出す。
座席に座ったヒロインたちは、それぞれ眠そうにまどろみ始めた。
歩美は俺の肩に寄りかかり、舞香は優雅に足を組み、玲奈は膝に原稿ノートを置いて静かに眠る。
妹・幸香は俺の手を握ったまま、にっこり笑ってささやいた。
「また帰ろうね、“みんなで”さ♥」
──ああ、そうだな。
俺の“帰る場所”は、たったひとつじゃない。
この日、久慈川幸喜はようやく気づいた。
帰りたくない家が、
気づけば帰ってきたくなる場所に変わっていたことを。
そして、ラブコメはまだまだ続いていく。
***
【次章予告】
東京へ戻った彼らを待ち受けていたのは――
文化祭!
アニメイベント!
新キャラ襲来!?
そして――“推し声優”が学校に転校してくる地獄の未来!!




