第60話『恋の本音と、ハーレムの真実』
合宿最終夜。
温泉旅館の灯りは静かに揺れ、
蝋燭のような橙色が廊下を柔らかく染めていた。
宴は終わり、浴衣姿のヒロインたちも各部屋に戻った──はずだった。
だが俺は知っていた。
今夜、このまま終わるわけがない。
***
【一人目:磐城玲奈】
俺の部屋の襖が、すっと開いた。
そして、現れたのは──磐城玲奈。
「……先輩。少しだけ、お話ししてもいいですか?」
「もちろん」
玲奈は浴衣の裾を整え、布団の端にそっと腰を下ろす。
その動きには、彼女らしい慎ましさと、今夜にかける“覚悟”のようなものが滲んでいた。
「……今日は、ありがとうございました。手紙、読んでくれましたよね?」
「うん。嬉しかった。……驚いたけど」
玲奈は、ふっと照れくさそうに笑った。
「私、ずっと思ってたんです。
あなたが“誰かひとりを選ぶ”のって、やっぱり……辛いことですよね?」
「……ああ。正直、怖いくらいだ」
「でも、私は、あなたが“選ばない”ままでいたいなら、それもいいと思ってます」
玲奈は手を胸元に添えて、真っ直ぐに俺を見た。
「私が望むのは、“一番になりたい”じゃなくて……
“あなたの中で、一番大事だと思ってくれる時間”が、たった一回でもあること」
言葉に詰まりそうになった俺に、玲奈は微笑んで続ける。
「……ハーレムでも、いいんです。
私、あなたを誰よりも、**“大事にしたい”**から」
俺は、知らずに拳を握っていた。
この子は、ずっと見てくれていたんだ。
俺が逃げ出したくなるほど怖かった“感情”から、逃げずに向き合って。
「ありがとう、玲奈」
俺の声は、たしかに震えていた。
***
【二人目:袋田歩美】
玲奈が部屋を出ていったその数分後。
ノックもせずに、歩美が無言で部屋に入ってきた。
「……なんで、襖に耳当ててたの?」
「聞いてたに決まってんでしょ」
開き直りかよ。
歩美は俺の枕元にどさっと座り込むと、ぽつりと呟いた。
「……選べなんて、言わないわよ」
「……え?」
「だって、あんたが“誰かだけ”を選ぶなんて、できっこないもん」
「お前……」
歩美は、布団の端を少し引き寄せて、
俺の腕を掴んだ。
その手は少しだけ震えていた。
「ずっと、そばにいてくれればいい。
そうしてくれたら……いつか勝つって、私は信じてるから」
「歩美……」
「それにね、誰かが一番とか、正妻とか、そんなのさ……
“今”を一緒に笑ってくれるあんたがいてくれたら、どうでもいいのよ」
まるで、拗ねたような声だった。
でもそこには、本物の覚悟があった。
俺は、歩美の手を握り返す。
「ありがとう」
それしか言えなかった。
でも、それだけは、伝えたかった。
***
【三人目:舞香(と、なぜか妹)】
そして、深夜。
俺の部屋の前に立っていたのは──舞香と、妹・幸香。
「お兄ちゃん、舞香さんが“最後に一言だけ”って言うから、付き添い」
「……子供扱いですのね、私」
舞香は一礼して部屋に入り、そして、立ったまま言った。
「私、正妻の座を譲るつもりはありません。
でも──あなたの幸せを最優先したいと、心から思っていますわ」
「……ありがとう。嬉しいよ」
舞香はすっと笑った。
「では、今日はこの辺で。代わりに──妹殿に、主役をお譲りしますわ」
「え? えええ!? ちょっと、え、舞香さん!?」
そして妹、幸香がひとり残される。
彼女は布団の上で正座して、俺を見つめた。
「お兄ちゃん。……今日、ひとつだけお願いがあるの」
「……なんだ?」
「全員、好きって言ってあげて。ウソじゃなくて、本気で、」
「お兄ちゃんが優しいの、知ってる。
だからこそ、誰かだけに向ける“好き”じゃなくて……
今は、みんなに分けてあげて」
「だって、それが──“ハーレム”でしょ?」
***
俺は、布団に横たわりながら、夜天を見上げた。
旅館の小窓から見える月が、静かに照らしていた。
そして──俺は、呟いた。
「……みんなを、もっと大切にしたい」
誰か一人を選ぶ強さは、今の俺にはまだない。
でも──
今、俺の周囲にいてくれるこの子たち全員に、
きちんと向き合って、歩いていこう。
「ありがとう。みんな。……俺、頑張るよ」
月が照らす中。
俺は、布団の中でそっと目を閉じた。
明日から始まる、新しいラブコメの形を夢見ながら。




