第59話 『兄の誕生日──正妻からの“初夜チケット”』
カレンダーは静かに、12月6日を指していた。
茨城県某所、俺の実家兼仕事場である久慈川家。
気づけば早朝からざわざわと妙な熱気が漂っている。
──俺の誕生日だ。
17歳になったプロラノベ作家、久慈川幸喜。
だが、喜びよりもまず先に覚える感情があった。
「……恐い」
布団から出る前に、なんとなく“気配”を察知する。
この家には、朝っぱらから物音ひとつ立てずに布団周辺に潜伏できる女の群れがいる。
その瞬間──
バサァ!
「ハッピーバースデー! 幸喜っ!」
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん! おめでとう!」
「誕生日ですのね。つまり正妻決定戦の日♥」
「……これ、今年のケーキです。バター20%増量仕様」
──飛び出してきたのは、四人の美少女ヒロインたち。
俺の人生がどれだけ日常からかけ離れてるか、
この一瞬で伝わると思う。
***
【朝の地雷祭:プレゼント合戦】
ヒロインたちが一斉に「私が先よ!」と叫び、
俺の布団の上にプレゼントを投下していく。
◆歩美(幼なじみ)
手編みのセーター(首元に“A.Y.”の刺繍入り)
「ずっと着てろ。いいな?」
→ 着るたびに周囲から「おそろい?」と聞かれる呪いが発動。
◆舞香(金髪碧眼のお嬢様)
高級腕時計と手料理券(30枚綴り)
「貴族の愛とは、日常にこそ映えるのですわ♥」
→ 時間を見るたびに愛を感じさせる兵器。
◆玲奈(図書委員・地味系)
「好きなところ百選」リスト+手製の安眠音声CD
「先輩の寝息と心拍音、合わせて編集してあります」
→ 逆に寝れない。だが心は打たれた。
◆幸香(妹)
兄の名前で記入済の“婚姻届サンプル”+“初夜準備キット”
「今夜の布団の中で読んでね♥」
→ キットの中身:香水、入浴剤、安眠アイマスク、そして謎の封筒。
「……お、おぉ……ありがとう……?」
と、なんとか言葉を絞り出したものの──
空気が凍った。
歩美の瞳は燃えていた。
「で? どれが一番嬉しかった?」
舞香が微笑む。
「もちろん、公正な“選択”をしていただけますわよね?」
玲奈がじっと見つめる。
「……この空気、わかってますよね?」
妹はニコニコしながら言う。
「逃げられないよ、お兄ちゃん。今日という日は“答え”を求めてるんだから──」
***
【深夜:布団の中、あの“封筒”】
プレゼントに同封されていた謎の封筒を、
俺は寝る直前、ようやく開ける気になった。
差出人──磐城玲奈。
その名前を見た瞬間、
背筋がピンと伸びるような予感がした。
──その中身は、手紙だった。
しかも、ラブレターのようでいて、“覚悟状”にも似た文体だった。
To:久慈川先輩へ
お誕生日、おめでとうございます。
私は、あなたを“観察対象”として見てきました。
でも、本当はずっと、
“先輩に見てほしい存在”でありたかった。
あなたに言葉を贈ること。
あなたの背中を見て笑えること。
その全てが、私にとって恋でした。
今日は特別な日。
あなたが生まれて、
私がこの世界で、あなたに出会えた記念日。
今夜、もし眠れなかったら──
隣の布団、開けておいてください。
睡眠薬は使いません。
意識のあるまま、
あなたの一番近くに、なりたい。
磐城玲奈
……あかん。
これは……本気のやつや。
そして背後から──
「……読んだ?」
妹の声。
俺が振り返ると、
すでに幸香は、パジャマ姿で枕を小脇に抱えていた。
「兄を誘惑するなら、それ相応の覚悟を持ってね♥」
布団を見つめる妹の目は、笑っていた。
でもその奥にあるものは、明らかに違った。
狂気と自信。
「だって、“勝つのは私”だから」
***
(気づいてしまった)
俺の誕生日という日は、
**「誰かと始まる記念日」**ではなく──
**「誰かを選ばなければいけない、最初の引き金」**なんだと。
そして、火種は──すでにすべて、焚かれていた。




