第5話 『湯気の向こうの、リアルヒロインたち』
風呂上がり──
それは一日の終わりに訪れる、最も無防備な時間帯である。
そしてそれは、ラブコメ世界において──
事件の発火点でもある。
「……ふぃ~~。やっぱり、茨城の水道水は肌に合うわ~……」
脱衣所にて、全裸に近い姿でバスタオルを肩に掛けたまま、俺は堂々と歩いていた。
髪からは湯気が立ちのぼり、体にはまだ水滴が残っている。
風呂上がり、テンション高め。
脳は完全に“解放状態”。
パンツを履くタイミングなんて──まあ、後でいいか。
「……ちょっと、アンタ……なんで、股間くらい隠さないのよ」
──その声に、振り返る。
そこには、手に洗濯物を抱えた割烹着姿の袋田歩美がいた。
「うぉっ!? お前、いつの間に!」
「今! 洗濯物を取りに来ただけだからね!? っていうか、なに平然と棒立ちしてんの!? 男としての羞恥心は!?」
「いや、だって家の中だし。ていうかお前も何も言わず入ってくるのが悪いだろ!」
目を逸らしながらも、しっかり見てたな?
いや、それ以上に──
「お、お前、ちょっと顔赤いぞ」
「赤くなるわよバカァッ!! ていうかアンタ、無意識でそういうことするからダメなの!!」
そう叫ぶと、彼女は脱兎のごとくその場を離れていった。
──その背中。
なんだろうな、あの“ヒロインっぽさ”……。
恥じらいと怒りと“気にしてる”感じが絶妙に混ざってた。
……って、待て。
今、普通にフルチンだったよな俺。
「えっ……もしかして俺、あいつに“全裸見られたラッキースケベ”を提供した……?」
うわ、ポイント下がったか?
それとも上がったか?
どっちだ!?
──しかしそのとき。
「……今日はオケケ収穫したから、良しとするか……」
……聞こえた。
ドアの外、廊下の隅で。
俺の妹・久慈川幸香の呟きが……!
「いるのかっ!!?? お前、見てたのか!!」
廊下に飛び出すと、そこにはバスタオルにくるまった小さな影。
しかも手に小瓶。
中には──俺の体毛らしき“何か”が舞っていた。
「今日は、前より濃いのが採れたわ……ふふふふ」
「犯罪じゃん! それもう立派なストーキングじゃん!!」
「兄の毛を集めて何が悪いのよ! お兄ちゃんが撒き散らした“愛の断片”なんだからッ!」
「撒いた覚えないし、断片って何だよ断片って!!」
そして──
「ちなみに歩美さんの視線の動き、記録したわ。ピクリとも逸らさず、視線は一点集中。……興奮してたわね」
「やめろぉぉぉぉ!!」
妹の記録力、恐ろしすぎる。
ついでに変態度もMAXだ。
──あれ?
俺、さっきまでラブコメ小説書こうとしてたんだっけ……?
今やってるの、なんだっけ……?
***
その夜、再び机に向かう。
PCの前に座り、真っ白なWordファイルと睨み合う。
「よし……さすがに今日の出来事で“インスピレーション”湧いたろ……」
俺の頭の中で、さっきの出来事を再生する。
──風呂上がりに全裸で立つ主人公。
──その股間に視線が釘付けの幼なじみヒロイン。
──廊下から観察してた妹が“毛”を回収。
──そして記録。ついでに満足気な笑み。
……。
「無理だわ、これ……“普通のラブコメ”にはならねぇ……!」
現実が、もはや“二次元を超えている”。
ヒロインたちはテンプレでは収まりきらず、
それぞれが独自の属性でぶつかり合ってくる。
歩美→幼なじみ&ガチ家政婦&ツンデレ&色気持ち。
幸香→ブラコン&毛フェチ&記録魔&変態純愛型。
玲奈→地味子→伝説レイヤー→ガチ読者&ストーカー予備軍。
舞香→???(未だ登場前。だが絶対一波乱ある)
──こんな環境で、“理想のヒロイン”なんて創れるか?
「いや、むしろ……現実を小説にすればいいんじゃね……?」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
この狂ったような日常。
この地獄のようなラブコメ空間。
“青春ラブコメが書けない”という悩みを、そのまま物語にしたら──
「……ありかもしれん……」
そう、これが俺の答えかもしれない。
青春ラブコメは書けない。
だが、“書けない”青春ラブコメなら──
リアルで、誰よりも体験してる。
湯気の向こうで赤面していた歩美の顔。
廊下で毛を愛しげに見つめる幸香の狂気。
図書室で微笑む玲奈の秘密。
全部が、俺の物語だ。
***
翌朝。
目覚めると、机の上に一枚の付箋が貼られていた。
【バスタオル、部屋干ししといたから♥ by 歩美】
そして、その横に──
【オケケ瓶、2025春モデル完成。後で見せてあげる。by 幸香】
「もうやだこの家……」
でも、笑ってる自分もいた。
きっと今日も、事件が起きる。
そして、それを全部──俺の物語にしてやる。




