第58話 『妹、なぜか恋敵を応援する』
その日、夕暮れの中庭。
茜色の空の下、石畳の上で、
妹・久慈川幸香は、ひとりの少女を待っていた。
そこに現れたのは──
図書委員の後輩ヒロイン、磐城玲奈。
「……呼び出しなんて、珍しいですね」
「うん。ちょっと、話したくて」
妹は微笑んだ。
けれどその瞳は、まるで透き通る水面のように静かで、不気味なほどに揺れていない。
「あなたって──ほんと、不思議な人だよね」
玲奈は戸惑いながらも口を開いた。
「……私、何かしましたか?」
「ううん。むしろ逆。
この中で、“唯一まともな恋”をしてるのって、あなたなんじゃないかって思って」
玲奈は黙った。
「私ね、たぶん……ちょっと、おかしいの。
お兄ちゃんが好きで好きで、
毎日そばにいたいし、誰かと話してるだけでイライラする」
「でも……あなたは違う。
“言葉にしない”くせに、
お兄ちゃんのことを、すっごく、大事にしてるのが分かるの」
玲奈は、目を見開いた。
「だから……応援するね」
「……え?」
「あなたに勝たれたって、私は別に困らない。
だって、最終的に“正妻”になるのは私だから」
「でも、それまでの道のりは……
最高のライバルがいた方が、楽しいじゃない?」
──優しい声。
けれど、
そこに込められた“確信”と“支配”は、
他の誰よりも狂気に満ちていた。
玲奈は、息を飲んだ。
妹の言葉が、心の奥に焼きつく。
「私が勝つのは当然だから。
あなたも、“ベスト”を尽くして。お兄ちゃんのために──ね?」
そして、幸香は歩き出した。
背を向けるその姿に、
玲奈はなぜか、震えが止まらなかった。
(あれは……恋じゃない。崇拝だ)
夕暮れの中、風が吹く。
彼女の胸の奥に、初めて芽生えた“恐れ”と“対抗心”が、
そっと静かに、火を灯した。




