第1話『萌えの神よ、俺にヒロインを!』
「──我に、萌えヒロインを降臨させたまえ……!」
朝の六時。
俺、**久慈川幸喜**は、神棚に向かって真剣に祈っていた。
手には、清めの水。横には、塩と米。
そして、その中央に──御岩神社で買った御札が鎮座している。
「おぉ、神よ……188柱の御岩の神々よ……ツンデレで、おっぱいが程よくて、たまにオタク知識も披露してくれる、そんな神ヒロインを我が物語に与えたまえ──!」
柏手、二礼、柏手。さらに柏手。念には念を入れて、柏手を多めに叩く。
まさに、本気。ガチの祈りだった。
──だが、その瞬間。
「はいはいはいはい!! バッカじゃないの!? また朝から神棚に向かってラノベ祈願してるし!」
バンッ!
襖が開いたかと思えば、朝の光を背に登場したのは──
隣に住む幼なじみ、袋田歩美。
黒髪ボブカットに割烹着姿。
朝から完全家政婦モードである。
「いくら茨城が“神の国”って言われてるからって、神様に“萌えヒロインをください”は無理でしょ!」
「……いや、諦めたらそこで終わりなんだよ、歩美。俺は今、本気で祈ってるんだ」
「だとしても! 神様が“ちっぱいorおっぱい、どっちが萌えるか”の論争を仲裁してくれるわけないでしょ!」
──うるさい。だが、正論だ。
歩美は幼なじみにして、俺の生活の保護者みたいな存在だ。
俺の両親はNASAとJAXAの共同プロジェクトでアメリカに行っていて、妹・幸香とふたり暮らし。
そして、なぜか隣の袋田家の長女・歩美が、毎日うちに朝飯を作りにくるという生活が続いている。
まさに、“幼なじみヒロイン”そのものである。
……にもかかわらず。
「青春ラブコメ……書けないんだよなぁ……」
俺は、自作の原稿ファイルを開いたノートPCを見つめながら、小さくため息をついた。
歩美が呆れながら言う。
「はぁ? あんたもう三巻出してるプロ作家じゃないの? 戦国改変ラノベで重版もかかってたでしょ?」
「だからこそなんだよ……バトルは書ける。戦国武将の熱い絆も、刀剣のスペックも、史実と異なる展開も全部いける。でも、萌えが……ラブが……恋愛要素が書けない……!」
「……あーあ、あたしという“理想のヒロイン”がすぐ近くにいるのにねぇ……」
「ん?」
「なんでもない!! ほら、朝ごはんできてるから早く食べなさいっ!」
彼女は顔をぷいっと逸らし、キッチンへ戻っていった。
その背中に、ほんのりと揺れるエプロンのリボン。
……あれ? なんか今、ヒロインっぽい動きしてなかった?
いやいや、ダメだ。
幼なじみってのはラブコメのテンプレで最初に脱落するやつだろ。
なんでこう、リアルのほうがテンプレに忠実なんだよ。
***
リビングのテーブルには、みそ汁、鮭、卵焼き、納豆、そして炊きたてのご飯。
The・和食。
「妹の幸香は?」
「さっき、“夫婦喧嘩うるさい”って言って出ていったわよ。……あの子、最近ちょっと反抗期っぽくない?」
「……うん。まぁ、それも萌え属性のひとつなんだけどな」
「はいはい、黙って食え」
味噌汁の出汁が優しく胃に染みる。
歩美の料理は、昔から変わらない“落ち着く味”だった。
だが俺の脳裏には、ひとつの言葉が引っかかっていた。
──萌えヒロイン、とは、なんだ?
頭の中では無数の妄想ヒロインが踊っている。
でも、いざキーボードに向かうと、誰一人として“生きて”こない。
それはきっと──
「リアルの女の子たちが濃すぎるせいだ……!」
そう、俺の周囲にはすでに“テンプレ逸脱型ヒロイン”たちが揃っているのだ。
■世話焼き暴力系幼なじみ → 袋田歩美
■ブラコンヤンデレ妹 → 久慈川幸香
■図書委員の地味っ子 → 磐城玲奈(実はコスプレイヤー)
■転校生の金髪巨乳イラストレーター → 舞香(正体バレてない)
こいつらが身近にいる現実で、どうやってラノベの“理想のヒロイン”を書くというのか──!?
いや……書けないなら……やるしかない。
青春ラブコメは書くものじゃない。
“体験”するものだ──!!
この日、神棚に祈った俺の願いは、確かに神々の耳に届いた。
──ただし、その答えは“地獄”と“修羅場”と“ラッキースケベ”の連続だったのだけれど。




