第18話 『ラブレター事件──“匿名の爆弾”』
──それは、昼休みの始まりだった。
下駄箱の扉を開けた瞬間、一枚の封筒がふわりと落ちた。
ピンク色の、やや厚めの便箋封筒。
表には、達筆な文字で書かれている。
「久慈川幸喜様へ」
「……うわ、うそだろ……」
俺は一瞬、鼓動が跳ね上がるのを感じた。
まさか、本当に、これが……
「……ラブレター……?」
下駄箱にラブレターなんて、都市伝説だと思ってた。
漫画の中だけの世界だと思ってた。
でも、現実にそれはあった。
しかも──
封は、まだ開けられていない。
「いや、ちょっと待て。冷静になれ俺。これは何かの罠だ。トラップカードの可能性がある。妹のイタズラか、編集のサプライズか……」
そう、俺は知っている。
この世界に、“純粋な恋心”だけで動く女子など、存在しない。
特に、俺の周囲には。
「……でも、読まないと収まらないよな……」
手が震えながらも、封を開ける。
便箋の中身は──
「あなたのことが、ずっと前から好きでした。
伝える勇気がなくて、ずっと黙っていたけれど、
今日こそ、ちゃんと伝えます。
放課後、図書室で待っています。
匿名の私より」
──震えた。
文章から漂う、静かな真剣さ。
隠せない想いの熱量。
本物、かもしれない。
(え……これ、マジのやつ?)
でも──問題はそこからだった。
***
放課後。教室。
なぜか、全ヒロインが集まっていた。
そして、俺の口から「ラブレターをもらった」ことを告げると──
「──あ、それ、私が書いたやつ」
言ったのは──歩美。
「えっ!? 嘘でしょ!? 本気で!?」
「うん。あたし、そろそろちゃんと気持ちを伝えなきゃって思って。
図書室って書いたのは……静かな場所で話せると思ったから」
……が、その直後。
「ちょっと待って、それ、私が出したやつなんだけど?」
舞香が割って入る。
「えっ? 舞香!? おまえも!?」
「ええ。“好きでした”ってフレーズも、“黙っていたけれど”って表現も、まさに私の文体よ。間違いないわ」
──混乱。
だが、まだ終わらない。
「……あれ? それ、私が書いたやつじゃないの?」
玲奈が、スッと眼鏡を直しながら名乗り出た。
「え? お前も? マジで?」
「ええ。匿名で、図書室に呼び出す……私しかいませんよね?」
──おい、待て。
じゃあ一体誰が……
「……やだなぁ、みんな」
最後ににっこり笑って言ったのは、もちろん──幸香。
「“ずっと好きだった”“伝える勇気がなかった”って、まさに私の心情じゃない。
それを便箋にしたためたの、昨晩だし♥」
「いやいやいやいやいや!!!」
──全員が名乗り出るラブレター事件、爆誕。
***
だが、真の混沌はそのあとだった。
全員が「これは私が書いた」と主張する中で──
俺は、便箋を再確認した。
そして──気づいた。
「あれ……? 内容、微妙に違ってない……?」
・歩美「“ちゃんと伝えます”の“ちゃんと”には私らしい律儀さがある!」
・舞香「“図書室で待ってる”のは、私が一番利用してる場所だからよ」
・玲奈「“黙っていたけれど”の文脈、完全に私の語彙」
・幸香「……匂い、嗅いでみて。お兄ちゃん、ほら。これ、私の便箋の香りでしょ?」
──混乱。
俺は頭を抱えた。
これ、誰かが“嘘”をついてるのか?
それとも、全員が“嘘”なのか?
あるいは──
「全員が、自分だと思い込んでいるだけ……?」
玲奈は冷静に言った。
「ミステリーでは、“名乗り出す犯人は、たいてい犯人じゃない”と言います」
「やめてくれ!!! 脳が焼き切れるッ!!」
***
その夜、俺はベッドで横になりながら、天井を見上げていた。
「……一体、誰が本当だったんだろう……」
メールを確認する。
渋谷(編集)からの一言が届いていた。
渋谷「これ、次巻のメイン回にしましょう。“ヒロイン全員が嘘をつく”って、めっちゃ面白い」
渋谷「タイトル案:『真実は、ひとつじゃない──愛の嘘つきゲーム』」
「俺の心が先に死ぬよおおおおおおお!!!」
──なお、図書室に行った俺が見たのは──
机に置かれた、新品の便箋セットだった。
その隣には──
「答えは、まだ言わない。
でもいつか、私の“本当”を選んでね。
愛してるよ──匿名の私より」




