96 座学
扉を開けて、外に出ると、陽の光を強く感じてフィリティは、目を細めた。控の間で待っている皆の元へ戻ると、男子たちは、フィリティの髪型が変わっていることに気づき、驚いている。ヴァランティーヌだけ眉を寄せていた。
「フィーリ、遅かったな」
最初に話しかけてきたのは、ヴァランティーヌだ。
フィリティは、眉を寄せて、どう説明しようか困り顔で皆に歩み寄る。
「……ごめんね…待たせて」
気落ちしたフィリティの声とその表情に、ヴァランティーヌはより眉を寄せ皺が濃くなる。単純にヴァランティーヌは時間のかかっているフィリティを心配していた。
「いや、機嫌を損ねているわけではない。それより…どうした?」
「んー」
フィリティはどういっていいのかわからず、子犬のように瞳を揺らし、キースに助けを求めた。
「わしから説明しよう。アルドルト、レジェンそしてセリフォス。三人の鑑定は今日を含め、しばらく出来そうにない。ちょっとしたトラブルが起きてな。鑑定が不可能になった」
全員が言葉をなくす。部屋の空気が一気に重たくなった気がしたフィリティは、眉をハの字に下げて、困ったように苦笑するしかなかった。
「トラブルって?フィーリは大丈夫?」
アルドルトがフィリティに詰め寄り、視線を巡らせて、無事を確かめた後、両手を握る。握ったフィリティの手が氷のように冷たくて、アルドルトは目を見開いて驚いた。
「フィーリ?」
手の温度でフィリティの何かがトラブルの原因になってしまったのだろうと予測し、心配気に水色の瞳に視線を合わせた。
「フィーの鑑定も出来ていないのだが…探りながらだな」
キースの言葉にレジェンが考え込むような仕草をみせる。
ヴァランティーヌがフィリティに近寄り、ぎゅーっと抱きしめた。
「楽しみにしていたのにな」
「残念…ではある…かな…」
「髪型もそのせいか?」
「…なの…かな…」
「そうか」
そこでヴァランティーヌの抱きしめる力が弱まり、互いに顔を合わせる。女子二人の会話はささやき声に近く、周りにははっきり聞こえない。
心配されたくなくて、安心させるように微笑むとヴァランティーヌも安心させたくて微笑む。
「思ったよりも時間がかかったのはそういうことだ。アルドルトとレジェン、セリフォスは、また後日改めて行う。ちなみにわかる範囲で属性を知らせてほしい。アルドルトとセリフォスは、母国で鑑定済みだと聞いたのでな」
キースが言い終わると、フィリティが申し訳なさそうにシュンとした。子犬が耳を垂らし、尻尾を仕舞い込んだ姿が重なる。フィリティが原因であることが確信へと変わった。
「先生、僕は木属性です」
アルドルトは嘘はついていない。アルドルトの属性は、三属性。木と氷そして、光だ。
氷属性と光属性を伝えると自身の纏っている色と合わなくなる。あえて、木属性のみを伝え、氷属性と光属性を隠すことにした。
「アルは、土属性かと思ったのにな。キース先生、俺は火属性です」
レジェンは見た目通りといった具合に属性を告げた。
「レジェンも雷属性との二属性かと思ったよ」
「…使えなくはないかなぁ、ただ属性かというと異なるようで」
「ふーん。そうなんだ。雷は珍しいからちょっと見てみたかっただけなんだ」
「そうなのか。期待に応えられずすまないね」
レジェンがそういうとニコっと笑う。その笑みが表面に貼り付けたようで腹の中まで覗かせてはくれなかった。
「おれを置いていくなって!先生っ!おれは風と木です!虫に好かれる男だからなっ!」
虫好きのセリフォスにはぴったりなのかどうかはわからないが二属性である。なかなか敵に回したら手強そうだ。
「木属性と火属性と風属性か。レジェンのように、属性でなくとも使える魔法は意外とあるからな。先ほど説明した天性のものとは別に。二属性のセリフォスのあわせ技も魅力的だな。魔術戦大会で披露してみろ。面白いぞ」
若干矛盾した説明になったがキースはアルドルトや今後のフィリティのためにフォローし、言い切る。人間は曖昧な表情より言い切ることで信じられやすくなる。それから三人の属性を復唱し、うんうんと頷いて誤魔化す。
「フィーは、魔法の練習をしながら属性を極めることになった。他は、属性ごとに属性魔法の練習から入る。それぞれ指導員をつかせるから身につけてこい」
各自返事をして、今後の方向性が決まった。なかなか戻らないフィリティの手の温もりをアルドルトは、周りに気づかれない程度の光魔法を使って戻していた。
――何があったんだ…。
*
それから転移魔法を使って転移棟へ移動し、再度、昨日と同じ転移室から他のAクラスの生徒と合流した。合流後、準備体操がてら手合わせをして過ごした。この手合わせも侮ることなく、真剣に取組む。
(わしの生徒はつくづく真面目だな)
A班aは各属性ごとに分かれて魔法練習を開始する。転移の連続で転移酔いの心配もあったが、この面子は、なかなかタフなようで誰一人として転移酔いは現れなかった。
フィリティは、キースによるマンツーマンでの指導になった。
キースがわかっているフィリティの属性は【聖属性】だ。
そこから指導していくことにした。ただ、誰にも知られてはならない属性であり、座学でも伝えていない聖属性の禁忌なども教えなければならない。もう読めるものが少なくなってしまった許可なしには読むことのできない禁忌本の内容を。
「フィーには始める前に学んでもらわなければならない座学がある」
「?? 魔法に関してですか?」
「ああ、そうだ。すまないが場所を移す。しっかり掴まれ」
ヒョイッとフィリティを抱き上げる。
抱き上げられたのは、図書館の事件のバトン以来で、あの時は意識が途切れる寸前で、しかも無我夢中だった。今とは全く状況が異なる。
「きゃっ!?キィっーー」
キースはニカッと笑う。至近距離のキースに動揺のあまり、『キィじぃ』と叫ぶように呼びかけたが、最後まで発することなく転移する。周りにもフィリティの声が響いていたが、声に気づいた者が振り返る頃には、キースとフィリティが消えた後だった。
ただ一人を除いて。
(あんのエロじじい!!またフィーにあんなことしやがって!!)
メラメラと嫉妬の炎が燃えさかる。それは習い始めた魔法にも直結し、前髪の一部を燃やしてしまった。
* * *
キースとフィリティが転移したのは、生物室だった。
「手荒に転移してすまなかった」
抱えられた状態から開放されて、一番に謝られる。
「キース先生が必要と判断されたんです。謝らないでください」
「さっきまでキィじぃキィじぃ言ってくれたのに。淋しいな」
「なっ!!あれは思わず!!もう!!せっかくやり直そうと思ったのにー」
プーと頬を膨らまして態度が幼くなる。キースは頬を緩めた。椅子に座るように促し、机を横に向かい合わせで座る。
「今はキィじぃでもいい。ただ、大事な話をするから真剣に聞いてほしい」
キースの瞳が真剣な眼差しとなり、微笑んでいるのに緊張感がある。フィリティも真剣に話を聞く姿勢をとる。
「はい」
フィリティの返事を聞いたキースは、生物室内に結界と防音魔法を張る。決して聞かれてはならない内容だ。
「フィー。あの鑑定でわかった属性が一つある」
「えっ」
バッと勢いよく立ち上がった。
まぁまぁとキースはゆっくりフィリティをまた座らせる。
「気持ちはわかるが、フィー、少し落ち着け」
「なっなんなんですか?…私の属性は?」
揺れる瞳、焦がれているのがよくわかる表情になる。
「それは…聖属性だ」
「聖…属性……あの?」
「そうだ。世にも珍しいあの聖属性だ。鑑定のときに鮮やかな虹色の光がほんの一瞬見えただろう?あれが聖属性に唯一出る特徴だ」
「あの…光? ごめんなさい。あまり覚えていなくて……で、でも!聖属性って実態がぼんやりしてなかった?」
「ぼんやりしていたな。座学では。だから今から大事な話をする。よく聞いて守ってくれるか?」
「難しい…ことなの?」
フィリティの表情に不安がにじみ出る。
キースはそっと手を握り、落ち着かせるように語りかけるように話し出す。
「約束を守れば難しいことはない。守ることが他と違って重みはある。いいか?絶対に守ってくれ」
そこで一旦区切った。頷く水色の瞳に願うように言葉を続ける。




