95 属性3
フィリティは、キースに促され中に入った。扉が閉まると音が無くなり、シーンと静まり返る。
祭壇に置かれている水晶に嫌でも視線がいってしまう。するとなぜか足がすくんでフィリティは動けない。
「……キィじぃ、私…怖いわ」
バトンにはじじいと言われ、即座に訂正を求めたキースだが、可愛がるフィリティへの対応はもちろん異なる。ましてや怖がっているフィリティは庇護欲を誘われ、言葉を慎重に選ぶ。
「楽しみにしておっただろう?」
「さっきまで……全然そんな気持ちなかったのに…すべてを見透かされそうで…怖いわ」
「まぁ、体重を測るのとは違うからな。こんな異様な部屋もなかなかない」
急かすことなく、フィリティの気持ちが整うのを待つ。鑑定に心情は関係ないが、ここで無理やりでは魔法に対してトラウマになってしまうからだ。
「キィじぃは、鑑定したことあるの?」
「ある。そうだな、やってみせようか?」
「えっ、いいの?」
「あぁ。減るものでもないからな。見ててごらん」
キースは、入り口から水晶に近づき、手をかざす。
水晶が光り出し、木々が生い茂る草原に風がそよいでいる風景が現れた。まるで隠れ家のようだ。
「わしは、風属性と木属性の二属性だ。木属性は草とかの緑のこと全般のことを差すんだ」
「二属性…」
「世間一般で言うと珍しい分類になるが、この学園内だけで言うと二属性は珍しくない。むしろ三属性ぐらいまでなら割とおる」
「えっ!?そうなの?」
「ああ。バトンの三属性もそこまで珍しくない」
「そうなんだ…属性が風と木だから庭師になったの?」
「んーまぁ、庭師じゃなくてもよかったんだがな。そのおかげでフィーと仲良くなれたから結果オーライだ」
アンジュール国第四騎士団所属の表と影の仕事を受け持つキースだが、その事実を未だフィリティは知らない。ウィンクしながら茶目っ気たっぷりに笑う。
「なんか…行きたくなっちゃったな。隠れ家に」
「冬休みで行けば、かまくらを一緒に作ろうか」
「うん。キィじぃありがとう」
フィリティは、水晶に向かって歩き出す。目の前まで歩み寄り、大きく深呼吸をした。そして一度、キースに視線を送る。その先でにっこりと微笑み頷いでいる。
フィリティは、ゆっくりと手を水晶に近づけてかざす。
すると水晶が光だし…バリンッと嫌な音がした。
「えっ?」
「!!」
目の前で水晶が真っ二つに割れた。バリンッと言う音と共に亀裂が真ん中に入り、スイカ割りのごとく、左右にゴロンと転がった。
キースも目を見開いて驚いていたがすぐに納得したように表情を元に戻した。
――蛙の子は蛙…か。
「キィじい…」
振り返ったフィリティの瞳に溢れんばかりの涙がたまっている。
(こりゃぁトラウマになるな)
「フィー怪我はないか?」
「だいっ…じょうぶ…っ…」
衝撃が強すぎて、涙がぽろぽろと水色の瞳からこぼれ落ち、制服のシャツにシミを作っていく。
「ほかにも予備があるから安心しなさい。大丈夫」
キースは、割れた水晶を転移魔法で生物室へ送り、予備の水晶を召喚した。先ほどと同じ透明の石なのだが、石から触れてくれるなと得体の知れない圧を感じてしまう。
「もう一度やってみるか?」
「……また割れたりしないかしら…」
「まぁ…割れるかもしれんな。割れんかもしれん。やってみればわかるさ」
「………」
緊張と不安で顔がこわばっているのが身体を触れずともキースはわかった。
「無理はせんで。今日じゃなくともできるからな」
少しでも気持ちを和らげるために延期することも提案する。
「………やり…ます…」
ふぅぅぅ。
長めに息を吐いて、渦巻く感情を落ち着かせる。
キースと震える瞳を交わし、互いに頷きあう。
水晶の上に再びゆっくりと手を伸ばした。水晶の中心から光があふれ出す、光が強さを徐々に増しながら白っぽい光が虹色に変わっていく。
――虹…。
キースは知っている。鑑定で虹色の光が現れた人物を。そして例外なく鑑定を始めた刹那、水晶が割れたことを。この二点の特徴が示すのは【聖属性】。
―そうか。だから…。
先ほどとは少し異なる水晶の反応にフィリティがほっと胸を撫でおろしたその時。
ピキピキピキッ…バギンッ…ゴロゴドンッ――パリンッ
「ハッ」
水晶が下から上へ、亀裂が走り、耳を裂くような音と共に中心から綺麗に四等分に割れた。
四等分に割れた水晶が船を漕ぐように左右に揺れている。
そして、フィリティの髪留めが割れ、小麦色の髪が淡く光り、ふわりと蜜色の髪が揺れ、元に戻ってしまった。
フィリティは、割れる瞬間に目を見開いて、息を詰めてしまう。
呼吸も忘れて、呆然と水晶を眺める。それに気づいたキースがフィリティを呼ぶ。
「フィーっ!!」
「ハッ、ハッ、ハッ」
フィリティの肩を抱き、呼吸がしやすいように背中をトントンとリズムよく叩く。
「大丈夫だ。そうそう。鼻で息を吸って、口でふぅーっと息を吐いてごらん」
「ふぅーはっ、ふぅーはぁ、ふぅーはぁ」
「そのまま続けて、そうだ。目がチカチカしたり、手足にしびれはないか?」
ゆっくり呼吸をしながら、軽く首を振って、否定する。髪が左右に揺れて肌を撫でる。額にあぶら汗が浮かび、前髪が張り付く。
「水晶のことは気にしなくていい。フィーの持つ魔力に水晶の強度が耐えられなかっただけだ。誇っていい。だから気にするな」
コクコクとわずかに頷く。極度の緊張とフィリティの性格が相まって、過呼吸の症状が現れた。フィリティも初めてのことで困惑していた。
しばらくして呼吸も落ち着き、話せるようになる。
「…キィじぃ…心配かけて…ごめんなさい…あの…この後どうなる?アルやレジェン、セリフォスは?鑑定できる?」
「お前さんという人は…」
(自分より他人を心配するんだな)
「予備も割れてしまったからな。今日中は厳しいだろう。ただ、三人とも自分の属性を知っているようだから気にせんようにな」
「そう…なのね…よかった…」
「フィーの属性は、魔法を練習しながら調べていこう。過去にも水晶が割れた事例はある。だからフィーが心配することは何もない」
「前にも?」
「そうだ。だからそんな顔せんでいつもみたいに笑っとけ」
キースが蜜色の髪を梳きながら整える。
「あっ…髪留め…」
「そっちも大丈夫だ」
召喚魔法を使い、見慣れた髪留めを召喚した。
「ミーの執務室に置いてあるものを拝借した。帰宅したら伝えておくといい」
「……ありがとう」
キースから髪留めを受け取ろうと手を伸ばしたが、手際よくキースが髪を結い上げ、最後に髪留めをパチンッと留めてくれた。
「フィーはポニーテールも似合う。たまには髪型を変えてみてもいいと思うぞ。さて、そろそろ戻ろうか。皆が首を長くして待ってるかもな」
髪を撫でながら流れるように髪留めをなぞる。しっかり留まっているのを確認して、頷いた。
キースがフィリティの肩に手を当てて、扉へ歩き出す。フィリティはもう一度、割れた水晶に視線を向け、前に向き直り促されるままに歩みを進めた。




