87 転移棟
「よぉーお前さんたち元気にしてたかー!?」
《元気も元気だよー》
《先生も元気ー?》
《もっと休みが欲しかったー》
あちこちから声が帰ってきて、キースも嬉しそうに目じりに皺を寄せていた。クラスを見渡すと人一倍、瞳がやけに輝いているフィリティを見つけてキースは苦笑する。
そのまま出席をとり、変わりがないかチェックをしていく。キースにとって皆、かけがえのない生徒だ。一人もかけることなく、毎学期を始めて、終えることが何より大事なのだ。今期も全員主席で、良いスタートが切れそうだと安堵する。出席確認も終わり、授業への説明が始まった。
「さて、お前さんたち。秋学期からは、何が始まるか知っているか?」
生徒たちの様子を見ながらキースは続ける。
「実技の授業が増える。剣術に魔法とちょっと忙しない。十月には剣術大会、十二月には魔術戦大会が控えとる。これは例外を除き、全員参加だ。そこまでにある程度、洗練し、仕上げなきゃならない。わかるか?」
さっきまで、夏の思い出にふわふわしていた教室の雰囲気が一気にキリっと、真剣になる。
「ちなみにクラス対抗戦と個人戦の両方にある。剣術は、騎士家の者や自主的に学びを極めている者もおる。魔法の習得を心得ておるものは、クラスに少ない。魔法は、二年三年の先輩たちの方が上だろう。それは仕方がない。ただ、剣術は見込みが高い。まずは剣術で勝ち進む方向でAクラスはいこうか」
キースの説明を“うんうん”と頷きながら耳を傾ける生徒の表情はさまざまだ。ただ、一つ言えるのは、皆諦めの表情を浮かべるものはいないということ。
「また、上位の入選者には、賞品が毎年用意されている。今年は例年より豪華と聞く。諦めずに最後まで戦うように。参加賞も用意されている。全員参加が義務とはいえ、何かあると嬉しいものだろう?」
「新学期初日ではあるが、早速、剣術指導へ移動する。学園で用意した木製の剣を使って練習をし、練習度合いによって真剣へと変えていくからな。真剣については、自前の物を使うことが許されている。ただし、検査はするからな。そこで許可が下りなければ使用はできない。わかったな」
『『『はい』』』
「足並みそろったいい返事だ」
それからAクラス十八名は、中庭横の建物へ移動した。
外見は二階建てのシンプルな作りだが、中に入ると中央に螺旋階段が続いていて、棟だった。ある一室に通されたフィリティたちだったが、そこには、転移魔法の魔術印が床に書かれていた。
「ここは【転移棟】と呼ばれる場所だ。各転移先に合わせた魔法陣をボタン一つで用意してくれる優れた部屋がいくつもある。剣術並びに魔法の授業は、学園所有の地へと転移してから行う。では、転移するために二組に分ける。今まで転移経験がないものはこちらへ、あるものはあちらへ。そして、経験があるものの中で体調不良になったことのあるものはいるか?」
「はい」
フィリティは手をあげて、キースの元へ移動する。
フィリティは転移酔いなどしていない。魔女の里にて解呪を行った際にミシェルが誤魔化すためについた嘘だ。
「フィー。ちょっと手を貸しなさい」
両手をキースの前に出し、キースがフィリティの手を軽くつかんだ。手が淡く光る。
「お前さんはもう克服しているようだ。大丈夫。安心して行きなさい」
その言葉にフィリティは“はい”と、はにかみながら転移経験者の集団に合流する。アルドルトがフィリティの手を掴む。
「一緒に行けば、より安心するよ」
「ありがとうアル」
経験者は六名、未経験者は十二名と経験者は少ない。また、経験者のほとんどが辺境の地出身者であり、王都までの買い出しや何かで連れてこられたと転移を経験した経緯をお互いに話し合っていた。アルドルトと二人で納得した。クラスメイトから“二人も買い出しに付き合わされたのか?”と聞かれ、“そんなところだ”と、曖昧に答える。さすがに魔女の里へ行ったなどとは言えない。
ただ、転移をした理由だけで辺境出身者と親近感を共有され、ピリ付いた雰囲気が和やかになる。共有できる“何か”があることがこんなにも空気を変えるとはフィリティは感心し、経験を増やそうと思った。
「転移酔いは、珍しくない。転移先で些細なことでも構わん。普段と異なる場合はすぐに言いなさい。いいな?」
全員が返事をして、魔法陣が発動する。
ここの魔法陣はボタン一つで発動してしまう仕組みらしい。発動するには魔法石が必要になるらしいがこれは人工品なので何処でも購入できる。ただ、大人数を転移させる動力が必要なため質に量にと求められる。
フィリティはアルドルトの手をぎゅっと握る。
「先発が経験者だ。だが、今日の体調で普段酔わないやつが醉う可能性も零じゃない。向こうにも教師がいるから、わしが着く前に何かあれば、その先生にいいなさい」
「「はい」」
「では、あとでな」
キースが最後にフィリティを見てニコリと微笑む。空いている手でキースに小さく手を振った。
その直後、魔法陣の光が強まり、身体が浮遊する感覚に襲われたかと思ったら、目の前にだだっ広い草原が広がった。
六人は静かにその場に立っていたが、すぐに後発が来るからと移動するように声がかかる。
「一、二…六名はこちらへ!気分の悪いものはいないか?」
皆が少し駆け足で移動し、体調不良者を探したが、いなかった。
なんとなく聞いたことのある声がすると思ったら、そこにはバトンの父エデルがいた。
(そっか。バトンのお父さんも臨時教師だったわ)
「先発は皆、無事だな!私はエデル。加工化学担当だ。剣術指導で主に皆と関わる。容赦はしないから心して励むように」
軽く挨拶をすると、後発の生徒が転移してきた。
その中にいたバトンがエデルを見て「ゲッ」と声が漏れている。
「体調不良者はいるか!?」
キースの身体に響くような声に反応する生徒はいない。
「よし。今のところいないな。時差でなる人もおる。授業中に何か不調が出たらすぐに言いなさい。以前、これぐらいならと安易に考えた生徒がいつの間にか酔いが進んで、突然、その場に倒れ、頭を打ったことがあった。皆に怪我をしてほしくない。いいな!!」
自身もそうだったと思い、キースの言葉を体験者として強く頷いた。強く何度も頷くフィリティを横目にアルドルトは、体験者ではないんだけどなあと内心苦笑した。
「エデル。待たせたな。これで全員だ」
「全員がそろったところで改めて、私はエデル。加工化学担当だ。剣術指導では容赦はしない。いいな?もう一度言う。剣術指導では容赦しない。厳しいさも愛情だ、しっかり受け取るように」
『『『はい』』』
気持ちのいい返事にエデルもニッと笑った。




