78 消滅
身体が宙に舞い、地面から足が離れる。宙に浮く感覚は、何とも言い難い。思わず息を詰めてしまったが、家の入口までは、すぐだった。
ほんの数秒の出来事だが、宙に舞う経験は、そう滅多に出来ない。フィリティは、気分が高揚していた。
なんで箒で飛べるのか?
なぜ箒派伸びたのか?
私にも箒を操ることができるのか?
など、聞きたいことが山積みでワクワクした気持ちが風船のようにどんどんと、膨らんでいく。しかし、今日ここに来た目的をフィリティたちは、まだ知らないので今は、とにかく黙っている。
玄関らしき扉はなく、中心に切れ目がある布が下がっていた。クアンを先頭に片手でくぐりお邪魔する。木製の家具に座る桃色の髪のフィリティとそう歳の変わらないように見える少女。
彼女がフィリティたちの気配に気づいているようで支線は机の上に集中しながら、話しかけてきた。
「やぁ、ミシェル…すまん。もうちょいなんだ」
「いいわ。私もタイミングが悪くて、ごめんなさいね」
「あたいとしては大歓迎。クアン。茶をたのむ」
クアンが動き出す前にミシェルが微笑みながら手で制して、動き出した。慣れた動きから何度もこの家を訪れていることがわかる。
「大丈夫よ。私がやるから」
「ミシェルの茶はうまいからな。頼む」
長であるカルテッタは、今、パズルにハマっている。
先日、彼女は誕生日を迎えた。その時にミシェルが送ったパズルを解いている。少し前にはドミノ倒しにハマっていて、先触れが必須だったのだが、パズルに変わってからはドミノにハマる前のように気の向くままに来訪している。
「あなたたちは、そこの椅子にでも座っていなさい。もうすぐ終わるだろうから」
突っ立っていられるのは、居心地が良くないだろうとミシェルが促し、奥に行ってしまった。きっとその先に台所があるのだろう。
丸太を輪切りにしたような背もたれのない椅子に座ってみると、意外にも座り心地が良かった。それから部屋を見渡す。木の香りと温かい温もりが心地いい。
案内が終わったからだろうか、クアンはまた布をめくり一度、頭を下げて出ていってしまった。
空間の気持ちよさに浸っていたらミシェルがティーセットを持って戻ってきた。クアンの姿が見当たらないことに気づいて、残念そうだ。
そのタイミングで桃色の髪が勢いよく波打ち「よし!!できたぁああ!」とカルテッタは声を張った。
「ふふっ。今回の柄はいかがかしら?」
「ああ、すごくいい。この山の感じが故郷に似ている」
出来上がったピースとピースの繋ぎ目を指の腹で撫でながら、懐かしむように瞳を細めていた。
「それはよかったわ。この柄を見た時にカルテッタの顔が浮かんだのよ」
「呼ばれたな」
「呼ばれたわ」
二人で顔を合わせて、ふふっと笑い合う。
それからカルテッタの桃色の瞳が椅子に大人しく座っている二人を写し、挨拶をし始めた。
「待たせて悪かったな。あたいはカルテッタ。魔女の里で長をしている。ここはあたい専用の城だ。ゆっくりしておくれ」
“よろしく”と、歯を見せてニイッと笑う。二人も立ち上がり挨拶をする。
「フィリティ・アンジュールです。母と父がお世話になっております」
「お初にお目にかかります。アルドルト・ジョルテクスです。お会いできて光栄です」
「あたいのことはカルテッタと呼びな。あんたらのことは、フィーとアルって呼ばせてもらう。これから堅苦しいのはなしだ」
挨拶を交わす間にミシェルがお茶を入れ、それぞれの前に差し出した。すると、カルテッタはグイっと飲み干してしまった。
「ミシェルおかわりっ!」
「あらまぁ、水分はちゃんととってね」
“はい、どうぞ”と手渡すと、話を聞かない子どのようにニカッと笑いながらカップを受け取る。
「ありがとっ!やっぱりあんたの茶は最高だよ」
「お粗末様です。ふふっ」
「ん。で…」
カップを持ったままカルテッタがフィリティの前に立つ。フィリティとほぼ同じ背丈のカルテッタが一度、視線をアルドルトに向け、瞳を細めた。再び、桃色の瞳が水色の瞳を捉えた時、フィリティは足元から崩れるように倒れる。
「っ!!」
隣にいたアルドルトが即座に反応し、フィリティを抱き込んだが、一拍遅れたために体制が崩れ、アルドルトが尻もちをつく。
「フィーリっ!!?」
「アル、落ち着け。大丈夫だ。眠っているだけだよ」
大声で名を呼ぶアルドルトにカルテッタがカップに口をつけながら言う。恐る恐るフィリティの顔を覗き込むと目を閉じて、寝息を立てていた。
「……よかった…」
安堵と共に出てしまった言葉にミシェルとカルテッタはアルドルトに微笑んだ。
「もうちょい、うまく立ち回ると思ったがね。合図がわかりづらかったか?」
アルドルトは、はて?と小首をかしげた。そして、あの目線だったのだと気づく。
「すいません。僕にはわかりませんでした」
「素直でよろしい。さて、今日はこの件で来たのかい?ミシェル」
先程とは打って変わって鋭い眼差しでミシェルに問う。ミシェルも眉を寄せて苦しい表情になった。
「話さなくても…わかってくれるのね。そうよ」
話ながらカルテッタは、ジェスチャーでアルドルトに支持をだす。
フィリティを抱え、指示されたところに寝かす。アルドルトには指で《離れろ》と示唆した。
「いつからだい?」
「四月ごろね。王立学園に入学してすぐだったわ」
「先手を打たれたってことか…。これは、あたいのことを試しているねぇ」
『嫌な奴だ』
カルテッタが最後に放った言葉は、エコーがかかっているかのように反響し、部屋中にこだまする。
フィリティに向け、手をかざし呪文を唱え始めた。間を置くことなく、魔法陣が浮かび上がる。
ミシェルもアルドルトも六角形の魔法陣を見たのは、これが初めてだった。
歯車が幾重にも重なり合い、グルグルと回る。時計回りだったり反時計回りだったり、回転する速さもまちまちだ。淡く光る魔法陣は、紫のような桃色のような色を放ち、徐々に濃さを増していく。
だんだんと魔法陣が完成形に近づいていくと、フィリティを苦しめているあのロープ状の光が浮かんできた。
それと同時に横たわるフィリティが苦しそうに呻き始める。あっという間に額から汗が流れ、床にポタポタと流れ落ち、雫同士がぶつかって跳ね上がる。
それを見ていたアルドルトは息を呑む。
ミシェルは、わかっていたのか動じることはないがやはり娘の苦しむ姿に眉を寄せて見守っている。
部屋中を紫色で満たしたその時、カルテッタが静かに告げる。
『汝、貴殿の手足の枷となる邪悪な幻を打ち消す也 消滅 』
刹那、ロープ状の光がパアーーーンッと音を立ててはじけ飛び、光の粒子がキラキラと舞いながら消えていく。
魔法陣の光も徐々に収まり、やがて室内はもとの明るさに戻った。
「っ……」
カルテッタは、消滅させた魔法の中の何かに気づいた。
だが、フィリティを縛っていた魔法は消え、気づいたことには、確信がない。憶測で物事を伝えるのは良くないだろう。アルドルトとミシェルに向かって、完了の返事だけを伝えるために、力強く頷いた。
アルドルトは一目散に駆け寄り、フィリティを抱き寄せる。
水色の愛おしい瞳は瞑ったまま、寝息を立てている彼女は、先ほどの苦しそうな表情はどこにもない。ただ、着てきた服がグチョリと、音を立てるほど凄い汗を掻いていた。
「!!!、おばさん!!凄い汗だ」
「いちいち騒ぐんじゃないよっ、大丈夫だ。ミシェル、あたいの服を貸してやるからついてきな。アルはそこで待ってな。フィーと一緒に。いいね?おいっ!クアンっ!外にいるんだろ!?中に入りな!」
その声にクアンが申し訳無さそうに入室して来る。
「たくっ!盗み見なんて性格悪いよ。ちょっとそこの子らと一緒にいておやり」
「すいません。フィーのことが気になってしまって…。わかりました」
“バレバレだよ”と言葉をかけながら、カルテッタはクアンに近づく。クアンは、フィリティの姿を見て、ふぅと一息ついていた。そして、叱咤した声とは裏腹にクアンにしか聞こえない呟くような声で続ける。
「それと…あとで聞きたいことがある…」
「?? わかりました」
クアンは思い当たることがなく、気の抜けた返事になった。カルテッタは返事をしっかり確認してからミシェルと二階へ上がる。
アルドルトは、二階へあがる二人を追うように視線を向けていたが、フィリティに戻して髪を撫でる。スヤスヤと寝息を立てる愛しい人をいつまでもいつまでも眺めていた。




