77 箒
転移は、本当に一瞬だった。
『大丈夫。すぐ行くから一瞬だけ先に行ってなさい』
お母様の言葉を聞き終わるかどうかのタイミングでスーッと王妃の自室だった景色が森の中に変わる。瞬きをするよりも速い。
アルも息を呑んでいるのがわかる。私の腰に回した腕の力をさっきよりも強く込めて、ぎゅーッとこれ以上密着出来る隙間はないというのに引き寄せる。私も思わず、絡めていた手に力が入ってしまった。
「こっちよ」
ハッと呼ばれた方に視線を向けるとお母様がいた。
離れていた時間すらも一瞬だった。
「転移酔いはしてないわね?」
私はアルドルトと顔を見合わせて頷き、お母様について行く。右手は絡めたままだったけれど、心強かった。
「いい?ここから一歩前に踏み出すと景色がガラッと変わるから声を上げないように気を付けてね」
お母様がそう言って一歩踏み出すと視界から消えた。
「っ!」
声を上げなかったことを褒めてほしい。
アルとまた顔を見合わせて、お互いに頷き、一歩踏み出した。
すると目の前に広がっていた森が開けた町へと変わる。
「いらっしゃい。魔女の里へ」
お母様から聞いていたけれど…本当に町があった。
行きかう人々は、一見、私たちと変わらない人だけど、中には耳が尖っていたり、鼻が大きいかったりと種族の違いを感じる特徴を持っている。
そして、何よりお母様を見つけると皆、笑顔で挨拶をしに近寄ってくる。お母様を囲むのは子供が多く、親らしき人物が子供たちに注意している。
「いいのよ。子どもは、これぐらい人懐っこいほうが将来、愛嬌があって可愛いわ。皆、元気そうでなにより。カーティス、あなた少し背が伸びたんじゃない?エマも耳が尖ってきたのね。ふふっ可愛らしいわ」
寄ってくる子どもたち一人一人に声をかけるお母様は、王妃たる人だと改めて思った。
「ミシェル様 ごきげんよう。本日はどうされたのですか?それに…そちらのお二人は?」
「ああ!クアンっ!ちょうどいいところに。これからお仕事?この二人は、私の娘とそのボーイフレンドよ。カルテッタに会いに行きたいのだけれど、どこにいるかわかるかしら?」
クアンと呼ばれた男性は、橙色の短髪に橙色の猫目をした綺麗な人。身長はお父様と同じぐらいで黒い三角のとんがり帽子にローブ姿で箒をもっていた。が、サッと手から消えてしまった。
「ちょうど、仕事終わりですよ。長ならきっとあそこでしょう。ご案内します」
「あら、いいの?私としてはありがたいけれど、大丈夫?」
「えぇ、問題ありません…それよりもそちらの方が問題ありのようですね?」
クアンさんは、私をみたと思ったらニッコリと微笑まれた。
「さすが、クアンだわ。そうなの…折り入ってお願いがあって来たのよ」
「きっと、長ならもうここに踏み入れた時に気づいてらっしゃるでしょうね。では、ご案内します」
クアンは歩き出し、歩きながら会話は進む。
「ありがとう。フィーちゃん、アルくん。この方は、クアントレルよ。魔女の里の近衛騎士と言ったところかしら?」
「そうですね。お二人、ごきげんよう。私はクアントレル。魔女の里の第一飛行部隊隊長を勤めています。よろしく頼みます」
「私は、フィリティ・アンジュールです。母共々お世話になります」
「僕は、アルドルト・ジョルテクスです。受け入れていただきありがとうございます。よろしくお願いします」
挨拶をすれば、親戚の子供を見るような温かい眼差しをむられる。なんだろう。知ってるような…。
クアントレルを先頭に人並みをぬいながらサクサク進む。たまにチラッと、後ろからついて行く私たちを確認し、歩幅と距離感を私たちに合わせてくれているのだと気遣いを感じた。
「フィリティ様には、何度かお会いしたことがあるのですよ。わははっ。大きくなられましたね」
「そうなんですか?すいません。全く記憶になくて…」
「わはっ!無くて当たり前です。まだ首が座ったかどうかだったと。お気になさらず」
「あぁ、あの時のことを言っているのね。あの時のフィーちゃん可愛かったわよね。クアンも髪を良く引っ張られて…って、あれから髪を短くしたんじゃなかったかしら?」
「わはっ!そうですよ。今だから言えますが、もっと抱いていたくて、髪を切りました。私にとって初めての経験で味をしめてしまったのですよ。わははっ」
“懐かしいわね”というお母様の懐かしむ中に寂しさが滲む声が耳に残る。
その後もフィリティの赤子の時の話を聞きながら、歩を進め、あるところで足を止める。どうやら目的地に到着したようだ。
そこは、日本で言う【ログハウス】のような家だった。大きな木の幹が枝分かれし、その上に丸太を組み合わせた家が鎮座している。
「ここにいらっしゃると思います。少々おまちください」
クアンは、何かを握るような仕草をしたと思ったら箒が出現し、颯爽と跨って家の中に入ってしまった。
「なんか…すごいんだね。魔女の里って」
「ええ。そうね」
「魔女とおっしゃるので女性が多いと思っていましたが、ここまで通り過ぎた方々をみる限り、あまり変わらないようですね」
「男性が6割、女性が4割といったところかしら?むしろ男性の方が多いわよ」
“なるほど意外でした”とアルドルトが感想を述べていたらクアンが戻ってきた。
「ミシェル様、すいません。長が今、手が離せないそうで…私と一緒に上がっていただいても?」
「ええ。よろしく頼むわ。きっとまたアレなのでしょう?」
「…はい。申し訳ないです」
「いいわよ。カルテッタらしいわ。ふふっ。二人ともクアンの箒にまたがって頂戴」
「またがるって……?」
クアンの箒を見ると柄の部分が伸びていて、三人が余裕で座れる長さになっていた。
「またがるのよ」
ミシェルが当たり前のように遠慮なく、クアンの後ろに跨り、クアンに抱き着く。それを見てアルドルトが素早く、一番後ろに跨り、空いてる場所はもう一つしかない。
「フィーはここね」
選択肢を封じたアルドルトは、人好きにする笑みでフィリティを促す。何のためらいもなく指定された場所に跨ってからミシェルに抱き着く。アルドルトがフィリティに抱きついたとき、背中に感じる体温に密着具合を意識させられ、「離さないから」と、耳元で囁かれればドキッ心臓が跳ね上がってしまう。
初々しい二人の雰囲気を察したミシェルはクスット笑うとクアンも“ああ”と納得して二、三度頷いてから、地を蹴った。




