76 転移
隠れ家から帰ってきたその日の夜、ミシェルはジョーカスと話をした。
「フィーちゃんの両手足の拘束している魔法は、魔女の里に行けば解決すると思うの」
「ミシェル、実は俺も思っていたんだ。確か…闇魔法の拘束解除術が魔女の秘術にあったと記憶している」
二人はベッドに横になり、ジョーカスの腕の中にミシェルがすっぽりと収まっている。
互いの手を絡めながら打開策を模索する。
ジョーカスはミシェルと二人きりのときのみ哉太の口調になる。その方が気が休まり、楽であるのと同時にジョーカスなりの甘えなのだ。ミシェルもこの時ばかりはジョーカスをジョーと呼ぶようになった。
「ジョーもやっぱり覚えていたのね。フィーちゃん…いつから悪夢を見ていたのかしら…」
まつ毛を震わせながら、愛娘の苦悩を想い胸を痛める。
「失踪した時からと考えるとかなりの回数があったかもしれない。可哀そうなことをしてしまった」
ジョーカスも目を細め、ミシェルから聞いた夢の内容について思い出していた。
「いいえ、これは私の仕事だったのに。気づけなかったわ」
事態を憂慮し、傷心の深さを表すように絡めている手に力がこもる。ジョーカスもミシェルの心情を思い握り返しながら、より身体を抱き寄せる。
「いつ行く?魔女の里。できれば俺も行きたいんだが…今、干ばつ対策の議案が大詰めでね。議会が中座出来ないんだよ」
「ジョーが魔女の里に行かなければならない用事があったの?」
フィリティ以外で何か問題が発生しているのかとミシェルは不安げにジョーカスに問う。
「そんな心配しなくていい。特にないんだ。久々にカルテッタの顔が見たかっただけさ。……始まってしまったからね」
「そうね…始まって……しまったわね……」
「カルテッタによろしく頼むよ。近いうちに必ず行くと伝えてくれ」
「わかったわ」
会話が途切れ間が生まれる。
《ミシェル》
口を開いたのは、ジョーカスだ。しかしジョーカスの声は擦れ、頭から首筋にかけて、口づけの雨を降らせる。こうなったジョーカスは止まらない。ミシェルも胸に秘めた不安と懺悔に近い後悔で人肌が恋しかった。互いに負の気持ちを打ち消すかのように肌を重ねて、夜は更けていった。
* * *
翌朝、ミシェルは朝食時に“フィリティと出かける”と侍女たちに伝え、行先は転移魔法で瞬時に行けるからと侍女ならびに護衛騎士の同行を禁止した。当然、抗議になるが行先はジョーカスが知っていると伝えれば、不満は消えなくとも納得せざる負えない。
シンプルで動きやすいワンピースに身を包み、ミシェルとフィリティ、そしてアルドルトは王妃の自室にいる。執務が行えるように机が配置されているが、部屋の三分の二が何も置かれていない空間だった。
「アルくんも一緒にきてくれてありがとう」
「…いえ。これからどこに行くのですか?」
二人には行き先をまだ伝えていない。子供たちを信用していないわけではないがどこから情報が洩れるかわからないので自室に入るまで伝えていなかった。
部屋の何もない絨毯の上に紙を広げていく。そこには大きく書かれた転移魔法の陣がひとつ。
「魔女の里よ」
「なっ!!」「えっ!!」
「ふふっ。二人とも可愛い顔しちゃって。転移魔法で行くからちょっと待ってね」
ジョーカスと二人なら互いに魔法陣を浮かび上がらせて転移完了なのだが、魔法の才がまだ眠っているフィリティと魔女の里への魔力登録のできていないアルドルトを連れて行くには確実性が欲しかった。そこでミシェルは、紙を利用した。これも転移すると消えてしまうので、誰かが部屋へ入ってきた時にはただの紙と化している。
「おっお母様?私、初めてなんですけど…」
「初めてよね。だって言ったことも行ったこともないんだもの。んー、あっ!でもフィーちゃんはあるわよ。物心つくかつかないかのときまで、かしら。空を飛んでね。ふふっ、懐かしいわ」
「そ、そら?どぶ?」
「ふふっ行けば思い出すかもね」
「あの…魔女の里ってあの魔女の里ですか?」
「そうよ。アルくんなら大丈夫だと思って。ジョーカスも知っているわっと!これでいいかしらね。ささっ二人とも真ん中に立って」
二人を促し、魔法陣の中央に立たせる。幾重にも重なる線が星座にも見える。
「フィーちゃんとアルくん手を繋いでくれる?あー、抱きしめちゃってもいいわよ」
「っ!お母さんっ!?」
フィリティは、動揺し声を荒げたがアルドルトは迷うことなく、後ろから抱きしめて、
さらに手を絡める。
「これなら言われた両方できるね」
耳元で囁かれると密着具合をより感じてしまう。アルドルトは今、長い銀髪を肩から流している。王宮内ではジョルテクス王国第二王子扱いなので、髪色を変えていない。魔女の里でも変える必要はないだろうと判断し、魔道具はつけずに銀髪のままだ。
ただでさえ見慣れないアルドルトにドキドキしているのにこの近距離。銀髪がさらりと頬に触れる感覚にもう目が回りそうだった。
そんな様子を見ていたミシェルは、顔をほころばせる。
「じゃっ行くわよ」
魔法陣に手をかざし、唱えはじめる。
「えっ!!待って!!!お母さんっ!!!」
ミシェルは、魔法陣に乗っていない。
魔法を唱えながら笑顔でフィリティにウィンクをする。
唱え終わった一瞬でフィリティに声をかけた。
「大丈夫。すぐ行くから一瞬だけ先に行ってなさい」
最後のいが聞き終わるかどうかという絶妙なタイミングで、フィリティとアルドルトは光と共に部屋から消えた。
「せっかくだから二人だけの転移を楽しませてあげましょう」
ふふっと笑い、ミシェルもスーッと部屋から消えた。




