68 浴衣
「ただいまぁ。母さん?」
アルドルトは、自身の家に着いた。
久しぶりの家は、また少し小さくなったような気がする。
「おかえり!アル。待っていたのよ。元気だった?」
「兄さん!!お帰り!!僕、声変わりが始まりました。兄さんより声が低くなりそうです」
「兄さんお帰り。僕は声変わりが気持ち悪くて慣れないんだ。いつになったらなれるのかな?」
イネスとパトリック、そしてマルセルが出迎えてくれる。弟たちももうそんな時期かとアルドルトは、考え深くなる。
(まだまだ身長は抜かされることはなさそうだが再来年はわからないな)
「声変わりは人による。僕が声変わりが終わったのがつい最近だから、まだまだかかるんじゃないかな。気持ち悪いよな。でも必ず終わるから辛抱だ」
経験者の言葉は、弟たちにも響いたのか頷いていた。
互いに尊重し合いながら成長していた双子だが、最近は性格がはっきりと別れ、【一緒に】の世界から徐々に変わり始めてきた。パトリックは落ち着きがあって、冷静でインドア派。マルセルは楽観的で落ち着きがないアウトドア派。
「ねぇ、フィーリは来ないの?僕、会いたかったんだよね」
パトリックが後ろをキョロキョロと見渡しながら聞いて来た。
「あぁ。さっきついたばかりだから今日は来れないだろうね。声はかけとくから」
“そっか”と、荒立てるでもなく淡々と受け入れる。
「ありがとう、兄さん。……それと婚約者になってフィーリとの関係って変わるの?」
(パトリック?今日は、随分聞いてくるな)
「変わらないかな。意識は変わったけど」
「ふ~ん。また聞かせて」
「あぁ」
(随分…気落ちしてる、のか。どうしたんだ?)
不思議に思っているとイネスがアルドルトに小声で話しかけてきた。
「釣り書がきているのよ。パトリックとマルセルに。でも二人とも乗り気じゃなくてね。というより…わからないのよ。二人の世界だったから。フィーリちゃんは気が合うところが多かったって、最近気づいたみたいなのよね。もちろん婚約者であるのはアルドルトだから。そこは二人ともわかっているから安心して頂戴」
「そう…なんだ。わかった、まぁそれでなくても複雑なお年頃ではあるし」
(弟に“フィーリをください”なんて言われても絶対に渡さないけどね)
意外と近くに恋敵がいるのかもしれないと、気を引き締める。
「母さんごめん。そろそろ行ってくる。荷物も整理終わったころだと思うし」
「後でこっちに戻ってくるのよね?」
イネスの問いに苦々しい表情を浮かべ、母に自身の想いを口にする。それが母の想いに答えられなくとも。
「…フィーリとおばさんだけにしたくないんだ。考えさせてくれる?」
「あら。随分、素敵な騎士になったのね。ふふっ」
思い描いていた反応と異なり、アルドルトは頭をかいて照れてしまった。その姿を微笑ましく感じたイネスは、“気を付けてね”と言って我が子を送り出した。
* * *
「おばさん、フィーリ…戻りました」
玄関の鍵が開いていたから扉を開けて声を掛ける。
中ではフィリティの声と聞き覚えのある男の声に不機嫌さを隠さず、口をへの字にして賑やかな部屋の扉を開く。
その不機嫌さもフィリティの浴衣姿が飛び込んできて、すぐに吹っ飛び、目を見開いて声が出せなくなる。
身体のラインがはっきりとわかる浴衣は、フィリティの華奢な容姿を浮き彫りにさせる。
そんなアルドルトに気付いたフィリティがポニーテールに結い上げた小麦色の髪を揺らして、あはっ!と嬉しそうにアルドルトの名を呼ぶ。
「アルっ!!おかえりっ!」
駆け寄ってくる彼女がゆっくりとスローモーションのように見え、揺れる髪、輝く笑顔…なにより初めて見る浴衣姿。裾が蝶が羽ばたくようにパタパタしている。その動きがより、フィリティの可愛らしさを引き立てる。
近寄ってきたのは一瞬だったのに長い間、見惚れてしまって、フィリティが心配そうにのぞき込んで来た。
「アル?なにかあった?」
「おいっアル。いい加減動けよ」
後からしびれを切らしたバトンがアルドルトに近寄り肩をつかむ。
「っ!!フィーリ、どうしたの?その…服?」
“オレは無視かよっ”というバトンの言葉は…望み通り無視だ。
「今日ね、浴衣パーティをしようってことになったの。あっ!浴衣っていうのは、この服のことね。遠い国の民族衣装…みたいな感じなの。アルも着てみない?」
「…うん、フィーリが選んでくれるなら着るよ」
「嬉しい!!じゃ早速二階でお母さんにお願いしてくるね!」
蛙の子は蛙である。フィリティは、足取り軽くスキップするように二階に上がっていってしまった。
そこでアルドルトは、初めてバトンに視線を向け、さっきまで見惚れた顔からブスっと不機嫌な表情に変わる。
「それで?なんでお前がいるんだよバトン。それに…先にフィーリの浴衣姿を見るなんて……何気に着てるし…」
「こっちとしては、お前がいることの方が不思議なんだけどな。アル、そんなにここに来てたのかよ」
不機嫌には不機嫌で返す。どちらも知らないフィリティを知っている自負があり、譲らない。
「ああ。僕は毎日フィーリと一緒に過ごしてきたんだ。なんの不思議もない」
その様子をキースがソファから見守っていた。
(若いな。わしもあんな感じだったか?がはっはっ)
「アルーー、二階に来てくれるー?」
階段からフィリティの声が聞こえてきて、先ほどまで不機嫌だったアルドルトは思わず頬を緩めて答える。
「今行くっ!」
バトンに視線を戻し、微笑みを浮かべて“じゃ、またあとで”と軽く手を挙げた。
階段を上がるアルドルトを浴衣の裾に手を入れて腕を組み、側の壁に寄りかかりながら眺める。姿が見えなくなった時、バトンはため息をついた。
「ん?バトンよ。どうした?」
「…いや……なんでもない」
「そうか。今日は泊っていくか。さっきミーから打診があった。親父さんには伝えてあるぞ」
「………ああ。そうしようか。じじい」




