61 古語
『ねぇ、君。私の主になってくれないか』
『うんうん。そうそう。お友達になろうよ』
『ほら、触ってみて、温かいでしょう?』
誰かと話をしていた。
あれは…そうだ。私が二歳の時だっけ。この時のことだけは覚えてる。
まだ言葉がうまく話せなくてキャッキャ言いながらだったのにちゃんと会話が成立していた。
『えっ可愛いって?ふふっ可愛いのは君だよ』
『大きくなったらもっといっぱいお話しよう』
光の玉みたいな形のないあなたと一緒に過ごした。
たどたどしい足取りの私。追いかけっこして転んだら寄ってきてくれて、とってもあたたかくて。
なんか懐かしい。
『ずーっと一緒だよ。君と過ごせる日を楽しみにしているよ』
フィー
あなたは、二つに分かれてスーッと私の中に入ったんだよね。
ねぇ いつになったらお話できるの?
ねぇ いつになったら会えるの?
まだあなたの名前を教えてもらってないわ…。
* * *
重たい瞼を開けると見知った天井がフィリティの視界に入ってくる。
(なんだか懐かしい夢を見ていた気がする…私どうしたんだっけ?)
ガタンっ
ベッドの隣から音がして、フィリティは首だけを音のする方に傾けた。
「へ…陛下をっ!陛下を呼んでまいります!!!」
大声を出して、慌てて部屋を出て言ってしまったジーナ。
(ジーナが私の部屋にいるなんて珍しいわ)
まだまだぼんやりとした頭でフィリティは、開け放たれた扉をぼーっと見ていた。
少しすると廊下が騒がしくなって、ジョーカスをはじめミシェル、アルバート、カイルにエリーとドカドカといろんな人がフィリティの部屋に入ってきた。皆の表情は険しく、目の下にクマが出来ているように思う。
その様子がただ事ではないことをフィリティも感じ、目を見開いて驚く。
「あ…あ…っ!!!」
フィリティは身体を起こそうと身じろぎしたが、鉛のように重く起き上がることが出来ない。
声も擦れてうまく言葉が話せない。
「まずは、飲みなさい。きっと喉が渇いているのよ」
ミシェルがベッドサイドにある水差しを持ってきてフィリティに飲ませる。
「飲み終わってからで大丈夫よ。ゆっくりね。それと…主治医の診断がありますから男性陣は外へ出てください」
「「「っ!!」」」
当たり前だがフィリティが目を覚ましたと聞いて枕元まで入ってきてしまった男性陣は、トボトボと部屋を出ていく。カイルだけがちらちらとこちらを見ては泣きそうな顔をしていた。
フィリティは、飲み終わって、ふぅと息をつきながら主治医の診察を受けた。
「もう大丈夫でしょう」
主治医のセシルの言葉を聞いてミシェルが安堵の息を吐いた。
「ただ、五日間も寝ておられたので体力が落ちております。少しずつ優しいものから召し上がりになってそうですね…来週中ごろまで学園はお休みください」
(えっ、五日?五日間寝てたって今言ったのかしら?)
「えぇ、そうするわ。ありがとうセシル」
「いえいえ、また何かございましたらおよびだて下さい。姫様もゆっくり回復なさってくださいね」
それではっと部屋から出ていく。
セシルが部屋から出ると、先ほど出て行った男性陣が戻ってきた。
「お父様…心配おかけしました。兄様もカイルも…寝たままでごめんなさい」
先程よりは喉が潤い喋れるようになったがまだかすれが残る。
「いいんだ…フィー覚えておるか?」
「えっと…?なんのことでしょう」
「学園で倒れたって!!姉さま!!」
「ほらほら、カイルそう声を荒げるものではありませんよ」
(学園で…?倒れ……あっ!!)
そこでフィリティは、思い出したのだ。
学園の校内探索中に見知らぬフードをかぶった者たちに囲まれたことを。
思い出した瞬間にサーっと血の気が引き、どんどん白くなっていくフィリティを見て、ミシェルが手を取り落ち着かせる。
「大丈夫よ。もうここには皆がいるから。あぁ怖いことを思い出してしまったのね」
「………」
あの時は気を張っていたからか恐怖心はあったがここまでではなかった。
ガタガタと身体が震えだし、歯がカタカタと音を鳴らす。
その様子を見たジョーカスたちは、母のミシェルを残して、室内から出ることにした。
フィリティを落ち着かせるためにミシェルは、身体をさすり続ける。
「今は怖くて仕方ないと思うから無理はしなくていいわ…でも、少し落ち着いた今後のために何があったのか話して頂戴」
「お母様…」
「んん?」
「私、今お母様に話しても?」
「急がなくていいのよ?……それとも共有した方が薄らぐかしら?」
コクンと頷き、ポツリポツリと話始める。
話を聞きながらミシェルが眉を寄せて、ところどころ相槌を打つ。
「……それでね、ルーが助けてくれたの」
「そう。ルーが…後でご褒美上げなくちゃね」
ビィービィービィービィー
全く気配がなかったがルーはずっとフィリティの部屋にいたらしい。
枕元に降り立ったルーはフィリティの頬に顔を擦り付けて甘えている。
「ルーありがとう」
ツピィー
ミシェルもその様子にふふっと笑う。
「お母様。私はあれからどうなったのですか?」
今度はミシェルから話を始める。
フィリティが倒れたと連絡が来た学園二日目。
学園に設置している医療施設へ運ばれたフィリティは、脱水症状があるということで点滴をしてから王宮の私室へ戻ってきた。バトンが施設まで運び、点滴中はずっとそばにいたらしい。
寮に住んでいる生徒に体調不良が起きた時もここの医療施設を利用することになっている。
バトンは家まで送ると最後まで言っていたが王宮に来させるわけにはいかないため、キースが断った。
父であるエデルもバトンを説得し、大人しく寮に帰ったという。
キースはクラスの生徒に五班は体調不良者が出たことを説明した。
他の生徒も校内探検が終了後、帰宅した。これは予定通りであるため誰も不思議がらない。
ナタレイシアとヴァランティーヌは、保健室にいたアナスターシャの元へ様子を見に行った。
アナスターシャは、フィリティが居なくなり、心労を抱えている様子だったが起きた出来事は、話さなかった。そこは侯爵令嬢である。
今日はあれから五日がすぎ、今日明日は学園は休日である。
「みんなに心配かけちゃったわ」
「後で手紙でもどう?書けたらでいいわ。早馬で届けさせるわ」
「ありがとう。今日中に書こうと思うからお願い」
「ええ」
「それと…」
フィリティは、襲ってきた人物がシメリアンテ国にかかわっているのではないかと指摘した。
「っ!!……どうしてそう思うの?」
「あの人…《何事だ》って言ったの。シメリアンテ国の古語で。だから…」
「可能性あるってことね?」
フィリティは、頷いた。
「国と国で戦になってしまったら…どうしよう…」
フィリティは、それが怖かった。
なぜこんなことになってしまったのかは、わからないがフィリティ個人を狙っているように思えた。
でも国を跨ぐとそれは戦争になる。
「きっと解決策が見つかるわ。ちょっと疲れたでしょう?休みなさい」
「はい…お母様、心配かけてごめんね」
「あなたは悪くないわ。それよりも早く元気になってお友達と青春を謳歌しましょう」
ミシェルは微笑み、フィリティはまた瞼を閉じる。
まもなくして規則正しい寝息が聞こえてきた。
(シメリアンテ国…ねぇ…)




