43 秘密
転生前の俺は、ジョーカス・哉太だった。
日本人の母とオランダ人の父との間に生まれたいわゆるハーフ。
金髪に青い瞳。大多数が黒髪黒瞳の日本人の中ではいつも浮いた存在で、小学生の時はからかわれることも多かった。いじめに発展しなかったのは担任が細やかに対応してくれたお陰だと子を持つ親になった今ならわかる。
クラスメイトに小見野悠乃と言う喘息を持病で抱える女子がいた。
哉太が密かに想いを寄せる女子生徒。
言葉を交わしたことは何度かあった。授業で男女組になる作業も数えるくらいだったけど一緒になった。
それだけだったのにいつの間にか彼女を好きになっていた。
自身の気持ちを自覚してから声をかけるのが難しくなって、後ろの席から眺めることが多かった。
夏休み前だった。
彼女のスクール鞄に見たことのあるキーホルダーがついていた。
家庭用ゲームソフト「光と影の彷徨~心に虹を輝かせ~」に出てくる《シメリアンテ国》の紋章だ。
俺の妹が春からやっているゲームだったから覚えている。なんでも小説からゲームになったらしい。
そこに登場するアンジュール国、国王の幼少期が俺にそっくりなんだとか。妹が言っていた。
だから気になって、小説を図書館で借りて、こそこそ部屋で読んだ。
その国王になる人は《ジョーカス・アンジュール》
………なんだ。名前まで一緒じゃんか。俺にとってはそれぐらいの感覚だった。
夏が過ぎ、秋を見つけ始めた日。
午前中の授業終わりに彼女が咳き込んで苦しそうだった。心配になって保健室まで付き添った。
いつまでも収まらない咳をしながら『いつものことだから』と、こちらを心配させないように眉を寄せながら彼女は笑う。気遣いとやさしさに俺は庇護欲を書き立てられた。
放課後まで保健室にいた彼女にスクール鞄を届け、ついでに家まで送ると勇気を出して申し出た。
彼女には簡単に断られてしまう。
――頼ってくれてもいいのに。
翌日から彼女は、学校を休んだ。
週が変わり今日こそは会えるかと期待した。
なのに担任からホームルームで告げられたのは、彼女がもうこの世にはいない…ことだった。
通夜の日は雨だった。
クラスメイト達と別れ、歩道をひとり歩き続けた。革靴に雨がしみて靴下との隙間でベチャベチャする。いつもなら気持ち悪いのにそんなのも気にならない。
道のくぼみにベンチをみつけて近寄った。
ずぶ濡れのベンチに腰をかけ、傘を差すにも傘が重い。広げたままベンチの前に投げ出した。両手が開放されたのに全く楽にならない。
身体にどんどん雨が染みて肌着にも雨が浸透していき、重さを増していく。
雨の音と一緒にクラクションが何度も響いた。
足元から視線をあげるのが億劫だった俺は、まぶしい光が自身を照らしていることにも違和感を感じなかった。
ブーッブッブーーー キーーーーーーッ ガガガッ ドンッ!!!
そこから俺の…哉太の記憶はない。
* * *
目が覚めたら、白いぼやけた視界。何が起きた?
身体が思うように動かない。なんだか布が邪魔だ。
覗いてくる人たちの顔は、うっとりとしたり、ふにゃふにゃと締まりのない笑みばかり。
ただ、ある程度の距離が開くとぼやけて顔がわからなくなる。
俺って目は良かったよな?
声を出そうにも出ない。あーだとかうーだとか言葉を紡げない。
手をかざしてみて初めてギョッとした。
て…手が小さいっ。
意識的にぎゅーと握ることもまだまだ難しい。
見覚えがあるのに誰だかわからない女性に抱き寄せられた。
俺は、混乱する頭で推測する。
――俺、赤ん坊になったのか?
《ジョーカスが何か言いたがっているわ》
《自分の名前がわかるなんて天才だな!》
そんな会話が繰り広げられている。
これが…「転生」?ってやつなのか…?
それからどんどん成長していく俺はどう見ても哉太の俺だ。
幼稚園の卒アルそのまま。小学校の運動会の写真そのまま。中学の修学旅行そのまま。
そして名前が ジョーカス・アンジュール 。
見覚えのあったわからない人は、母で王妃。
なんで見覚えがあったのか…女性は、小説「光と影の彷徨~心に虹を輝かせ~」の挿絵に出てくるその人だった。
ここは、「光と影の彷徨~心に虹を輝かせ~」の世界なのか?
疑念が渦巻きながらも過ぎていく時間でちゃんと俺は生きている。
似ている世界?そう思う方が良いみたいだと察した。
ある日、俺が知っている出来事が起きた。
俺が七歳の時、婚約者候補が集まる茶会で、毒が仕込まれた。
「光と影の彷徨~心に虹を輝かせ~」では、さらっと書かれた事件だった。
それが目の前で実際に起きてしまった。犯人も小説と同じ侍女で手口も同じ。シナリオと一致した。
これを俺はどう受け取ったらいいのか…正直今でもわからない。
ただ、自分と自分が好いている人たちが関わるような事件や事故だけはなんとかしたいと強く思った。俺はそういったところだけを切り抜き、避けてきた。
人生は一度キリというのもある。自由に生きてきたつもりだ。
そんな時に婚約者候補から婚約者が決まった。
――ミシェル・インディカ
小説と一緒だった。こういうところは避けられないのだなとも思った。
小説の彼女は、朗らかで思慮深い人だった。俺は物語の中の彼女も嫌いではなかった。
まさか本当に自分の伴侶になるとも思っていなかった。というより頭からすっぽり抜けていた。
恋とか愛とか…小見野だけで十分だった。
婚約を正式にすべく、顔合わせを行った。
最初は、両家で歓談し、そのあと二人きりで話す。最後に食事をして終了という日程だった。
彼女を見た時、どこか懐かしさを感じた。
小説の挿絵も見ているし、既視感があってもまぁそのせいだろうと思っていた。
二人きりの時間に爆弾を落とされた。
『殿下……私には…前世の記憶というものがあるのです』
ぽかーんと口を開けミシェル譲を見る。
彼女は構わずに続ける。
『記憶には、日本と言う国で平民の……小見野悠乃という少女でした』
……うそだろ?
まさか…えっ?本当に?




