39 エリー
フィリティが落ち着いたところをみて、ソファに座る。
涙で濡れたフィリティは、あまり見ないでといって顔をあわせようとしない。
そんな姿もアルドルトにとっては、愛おしい。
アルドルトは、侍女を呼び、少し席を外してフィリティのフェイスメイクを直してもらうことにした。
廊下に出るとアルバートが壁に背を預けて待っていた。
「…フィーは、大丈夫そうか?」
「見ているこっちがつらくなりましたよ」
「まぁ両親の悪戯は俺たちで…ってことで。悪いが耐えてくれ」
「わかっていますよ。お義兄様」
「………まだ早いっ」
バシっと頭を子突かれた。
たいした力が入っていないので痛くはないのだが…。
「………いたいなぁ」
おどけた様子でアルドルトが抵抗する。
一瞬、間が流れ、ハハッと笑い合う。
「変なこと…してないだろうな?」
「…してませんよ…まだ」
「ッ!まだじゃねぇ」
「アハハっ今日はしません。お義兄様」
「だからやめろって」
そこで貴賓室の扉が開く。
「お待たせいたしました」
侍女が頭を下げて出てきた。
「エリーすまない」
「坊ちゃん。あまりフィリティ姫様をいじめないでやってくださいませね」
「あぁ」
「頼みますよ。そちらの殿方も…よろしくお願いいたします」
「エリー殿とおっしゃったか。心にとめておこう」
エリーは、音もなくサッと自身の仕事へ戻っていった。
「エリーは、生まれたばかりの頃からずっとフィーの世話をしてくれているんだ。だから家族みたいなものでね。エリーのこと悪く思わないでくれ」
「貴重な方とお話が出来たようですね。覚えておきます」
「ありがとう。ほら…フィーが待ってる。行ってやってくれ」
―― 一年ぶりなんだろ?
微笑みながらポンポンと肩をたたいて、扉を開くアルドルトを見送った。
* * *
私は、フィリティ姫様を送り出したあと、使わなかった支度品をあるべきところに戻した。それから顔合わせが終わったら疲れて帰ってくるであろう姫様を迎えるべく、夕食時のドレスの選定やお髪の手入れに使うクリームなどを補充していた。
ある程度の準備が整ったことを確認して姫様の私室を出た。
少し歩いているとこちらに向かってアルバート殿下…坊ちゃんが足早に来られた。
「あぁ!エリー。悪いがちょっとこちらまで来てほしい。そうだな…フィーの容姿を整えてほしいから冷やすものと一緒に化粧道具を持ってきてくれ」
「かしこまりました。姫様の支度に私、何か不備があったのでしょうか?」
「いいや。エリーはいつも完璧だ。あぁ…そのだな…」
頬を掻きながらなんと説明しようかと苦笑いを浮かべる坊ちゃんに私は先日の一つの仮説が頭に浮かびました。
「坊ちゃま、姫様の想い人との再会が成功されたのですね?」
「ッ!!……知っていたのか?」
「いえ、私は何も存じ上げません。そうですね…私の勘が当たったとだけ申しましょう」
「…さすが…エリーだな。もっと詳しく聞きたいところだが…行ってやってくれ」
「かしこまりました」
それから私はすぐに必要なものを揃えて、姫様の待つ貴賓室に向かいました。
私と入れ違いに貴賓室から出てこられた殿方は、髪色が違っていましたが姫様の想い人様でした。
貴賓室の中へ通された私は、赤子に戻られてしまったかのような姫様に懐かしささえ感じてしまったのです。
「姫様、エリーにてございます」
声をおかけしたらまたもぽろぽろと涙があふれてしまう姫様。
なんとお可愛らしい。
「ごめんなさい、エリー。せっかく綺麗にしてもらったのに…」
謝られる姫様は、御心の温かい方です。
「このエリーめにお任せください。すぐに先ほど以上に姫様を完璧に仕上げて見せます」
そういうと姫様は、相貌を崩し、幼さの残る笑みを浮かべてくださいました。
ビィービィービィー
いつの間にかルー殿がついてきたようで、姫様の膝に降り立ちます。
姫様も驚いた様子はあるものの愛鳥のお出ましに頬が緩んでおります。ルー殿なかなか良い仕事をされていますなぁ。
先ほどは、凛とした蝶のような大人びたお化粧で殿方の心をガシッと掴む様に仕上げていました。
今度は、快活な姫様らしさの残る可愛らしいお化粧にさせていただこうと筆を取ります。
雰囲気の違う姫様に殿方の心を誘惑し、翻弄させてやりましょう。ええ、これはささやかな仕返しです。
「できました」
私は、姫様に持ち運び便利な三面鏡をひろげ、仕上がりの確認をしていただきました。
「ありがとう。エリー。この雰囲気もいいわ」
「ありがとうございます」
ツピィー
「ルーも気に入ったみたい。ふふっ」
なんとも微笑ましいやり取りに私めも心が和みます。
ササっと片づけていると姫様に声をかけられました。
「エリー。私と隣国に来てくれる?」
「もちろんでございます。私エリーは、どんな時も姫様と共に参ります。ご安心くださいませ」
「…ありがとう」
「姫様。失礼ながら、そちらの髪留めですが、ジョルテクス王国王宮彫金師ミハエル様の作品とお見受けいたします。ミハエル様の納める領地にしか純粋な状態で得ることのできない宝石がございます。その水色の部分に細やかな宝石がうめこまれておりますが…そちらがその《パライバトルマリン》だと思われます」
「っ!!」
「9月15日は、姫様のお誕生日でございますね。パライバトルマリンは、希少のあまり広く知られていませんが、9月15日の誕生石でもあります。…長くなり申し訳ございません。姫様。エリーは、フィリティ姫様の幸せを一番に願っております」
私は一礼し、頬を赤らめて髪留めを撫でる姫様を横目に部屋を出ました。
「お待たせいたしました」
私は、お二人に一礼すると坊ちゃんが声をかけてくださいました。
「エリーすまない」
”すまない”と言われ、姫様の泣き顔を思い出し、一言姫様の代わりに言っておかねばと口を開きます。
エリーも随分、強くになりました。
「坊ちゃん。あまりフィリティ姫様をいじめないでやってくださいませね」
「あぁ」
「頼みますよ。そちらの殿方も…よろしくお願いいたします」
「エリー殿とおっしゃったか。心にとめておこう」
未来の旦那様にもしっかり伝えておきましたよ、姫様。
サッと私の仕事へ戻らせていただいたのです。なぜかルー殿と一緒に。なかなか良いパートナーになりそうです。ねぇルー殿。




