38 顔合わせ
「はい。姫様できました。お鏡の前へどうぞ」
「ありがとう。エリー」
鏡に映る私は、アルが好きと言ってくれたフィーリではない。
綺麗に整った顔、着飾った容姿、ハーフアップの蜜色の髪がさらりと肩に流れる。
ドレスと纏えば皆が揃って《妖精》と口にする。
アンジュール国第一王女 フィリティ・アンジュール がいる。
鏡の中の水色の瞳と視線がぶつかる。
まだ、不安と恐怖が表情に現れている。
情けない私。
目を閉じて、胸の中のアルに微笑んだ。
(行ってきます)
瞼を上げて、淑女の微笑みを浮かべる。
これからアルドルト・ジョルテクス第二王子殿下に会いに行く。
* * *
部屋を出ると壁に背中を預けてアルバートが立っていた。
扉が開くのと同時に壁から離れ、こちらに姿勢を向ける。
フィリティの装いを見て、瞠目する。
「っ!!フィーっ!おっお前……」
(し、知っているのか?)
「……?…何か…変?でしたか?」
フィリティの表情から感情がうかがえない。
アルバートは、妹の心がわからずに困惑する。
(いやいや、これは知らない反応だ……無意識?か。これはアルの色だろ?)
「………いや、綺麗だよ」
(無意識なわけないか…あぁーアイツ…むかつくな)
「ふっ」
アルバートは、妹の心にアルしかいないことを悟り、この後起きるであろうことを想像して、口から無意識に息が漏れる。
「ん?お兄様?」
こてんっと首を傾げるフィリティをみて、頭をぐしゃぐしゃと撫でたい気分になった。
着飾っているフィリティにはそれができない。余計に彼へフィリティを合わせたくなくなる。
「なんでもない。行くぞ……あとでひとしきり撫でさせろ。いいな」
「??はぁ」
撫でるなんて、ピシっと正装で決めた姿で言うものだからフィリティは、思わず気の抜けた声を出してしまった。
(お兄様といると、たまに調子が狂うのよね…せっかく心を作ってきたのに…もう)
「父さんと母さんが先にアルドルト殿下を迎えられている。フィーは、出迎えはしなくていい」
「えっ?よろしいのですか?国賓になるお方ですよ?」
「いいんだ。この部屋で俺と待っていればいい」
「…はい」
王宮で一番の貴賓室に入り、今か今かと待つ。
本来であれば、こちらが玄関まで出迎えをしなくてはならないのだが…本当に?いいのだろうかと不安しか生まれてこない。
「フィー。何かあったら…兄ちゃんはずーーと側にいるからな」
「えっ」
「フィーは…自慢の妹だから。それを忘れるな」
(…なんでそんなに悲しそうなの?)
コンコンコンッ
「っ!!!」
「……どうぞ」
アルバートが返事をすると扉が開く。
ジョーカスが先に入ってきて、次にミシェルが入ってくる。
「待たせたね。さぁ入ってきてくだされ」
「はい。失礼いたします」
父に促されるままにアルドルト殿下の声が続く。
貴賓室の扉をくくり、私は前を見据えて彼を見た。
(綺麗な人…)
ジョルテクス王国王族の正装である真っ白な軍服に身を包み、腰には剣を下げている。
第一印象の彼は、本当にきれいな人だ。
びっくりするほど整った顔だちに長い銀髪がひと房にまとめれて、歩くたびに揺れている。
長身でフィリティの頭一個分、いやもうちょっと上?とにかく背が高い。
エメラルドの瞳が水色の瞳をとらえて、微笑んでいる。
「…はじめまして。お初にお目にかかります。ジョルテクス王国第二王子 アルドルト・ジョルテクスと申します。第一王女様」
な…なんだろう…
聞き覚えのあるような声に見覚えのある笑み…
部屋の入室時から既視感がぬぐえない。
「お初にお目にかかります。ジョルテクス第二王子殿下。フィリティ・アンジュールでございま…す……」
淑女の礼を取ろうと視線を下げ、目を閉じようとしたとき…チラッと視界に入った緑色のリボン。
剣の柄に結ばれて存在を主張している。
あ…私…知ってる。
だって…それは…私のお気に入りのリボンだもの…。
そのリボンは彼にしかあげたことがない。
淑女の礼をするために膝を折ろうとして動きが止まり、瞳を見開いた。
視線をあげた時に見たアルドルト殿下は、破顔していた。
そして…
「 久しぶりだね…フィーリ 」
彼が声にのせる。
愛おしい人の名を、その柔らかい優しい声で。
とろけるような顔を見ていたいのに視界がどんどん遮られてわからなくなっていく。
「………アル?なの」
「あぁ。僕だよ」
「本当に?……アル…なの?」
とうとうぽろぽろと、涙があふれて頬を濡らす。
彼の声は、フィリティの知る高めの少年からワントーン低くなって大人へ近づいた青年に変わっていた。
「あらあら、ふふっ」
ミシェルが真っ先に鈴が転がるような声で笑っている。
「大成功だったんじゃないか?」
ジョーカスが口元に手を置いて、ミシェルの耳元に向かって内緒話をしている。肩を抱く手が妙に優しそうだった。
「あとは任せたぞ…」
アルバートは、なんとも言えない表情でアルドルトに声をかけた。すれ違いざまに小声で何か言っていたがフィリティには聞こえなかった。そのままミシェルとジョーカスの背中を押して部屋から出て行った。
「フィーリ」
広い広いこの部屋に、彼の声だけがフィリティに響く。
嵐のように感情が渦巻いていて、呑み込まれないように一連の流れを耐えるように見ていた。
アルドルトが自身を呼ぶ声で緊張の糸が切れて、しゃがみ込んで泣き出してしまう。
「あぁ…フィーリっ!ごめんっ。泣かせるつもりなんてなかったのにっ」
しゃがみ込んでしまったフィリティの前に跪いて涙を丁寧に拭ってくれるアルドルト。
カチャカチャと動くたびに剣が音を立てる。意識しなくても緑色のリボンを瞳が捉えてしまう。
「……ほんッ…ほんとうにっ…アル…っなのね?…」
しゃくり上げながら夢ではないかと、必死に確認をする。
「そうだよ。フィーリ」
「っアル!!!」
その瞬間、アルドルトに抱き着いた。
骨ばってきた手をフィリティの背に回して抱き寄せながら、背中を優しく撫でる。
アルドルトは、その姿に目を細めながら、愛おしそうにもう片方の腕で抱き込んだ。




