27 表と影
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ミシェルは、ゼンの後について歩く。
アンジュール国第四騎士団所属の影であり表の仕事も兼務する彼。ミシェルの気持ちを汲んでか早足で進む。
平屋で無駄に広い家の一番奥の部屋。
「キースさん、ミーさんがお見えになりました」
「おお、入ってくれ」
扉を開けて入るとそこには、左足を固定しているキースがベッドに座っていた。顔色が悪く、頬がやつれて少し痩せたように思う。
「キース…あなた大丈夫…ではないわね。怪我はそこだけ?」
「ミー、すまない。こんな姿で。いやはや失敗してしもうた。足と脇を少々」
「少々ではないでしょう。右あばらを三本と左あばらを一本、左下腿の骨幹部骨折ですよ」
左下腿の骨幹部骨折とは、左足の下腿である 脛骨 や 腓骨 と呼ばれる骨、いわゆるすねの部分が骨折した。
骨幹部骨折は、中央部付近に生じた骨折のことであり、 数ある骨折の中でも治療が難しいと言われている。
これは前世の日本での話だ。
この世界の医療は日本ほど進歩していない。
ミシェルが前世で医者ならばよかったのにと思ったことが多々ある。騎士団のけが人を除隊させざる負えなくなるたびに心が痛くなった。
「ゼン!!」
「隠しても無駄ですよ…すいません。私のミスなのです」
「そう。…後継者ってあなたなのね?ゼン」
「…はい」
「キース、あなた庭師だけじゃなくて第四騎士団所属だったの?」
「…さすがミーと言ったとこか。ここまで隠せてきたから行けると思っとたが…イデデ…」
「もう無理しないで」
そこからキースが怪我をした経緯を聞く。
キースは、第四騎士団所属の影だった。庭師が表の仕事。それはミシェルの護衛も兼ねてのことだった。本来なら庭師もそう長く務める予定ではなかったのだが、ミシェルがキースを気に入り、またキースもミシェルを気に入ったことで今までの関係が続いているのだという。
今回の怪我は、後継者候補のゼンとの実践形式での訓練中、小規模の雪崩が起き、ゼンを庇った形でキースが負傷した。生きていることが不思議なほど、被災時はひどかったようだ。
「命あってよかったわ。訓練にしてもお願いだから無茶しないで頂戴」
二人とも頷いてミシェルの気持ちを受け取った。
「で…これはだれの指示?」
「指示と言うと?」
「いままで隠していたことよ!……ジョーカスなのね。そうでしょう?」
「……」
「そうですね。結果的なことを言うとジョーカス陛下になります。ですが…ここに越してきたのはキースさんの意思ですよ。ミーさん」
その言葉を聞いてミシェルは驚いた。
反対にキースは居心地の悪そうな顔でミシェルを見ていた。ゼンを見る時だけ視線を突き刺す。怪我人に睨まれたところで痛くも痒くもないとゼンが平然としている。キースはそれが余計に気に食わない。
「はぁ。怪我を見せて頂戴。今、治すわ」
「ミーダメじゃよ。そんなに魔法を使ったら」
「大丈夫よ。私、こう言っちゃなんだけど、ジョーカスより強いから。本当よ、ふふっ内緒ね」
悪戯に笑うミシェルをキースとゼンは、瞳をこれでもかと大きく見開いた。開いた口もふさがらなかった。
その二人の様子にさっきまで心配と怒りが混在する複雑な気持ちだったが悪戯が成功した子供のようにミシェルは笑ってしまった。
* * *
ジョーカス陛下は、さすがアンジュール王国の国王たる人だと私は思っている。
きっと国一番の強さをお持ちなのだ。勝ったことのある騎士など居なかった。お世辞でもなんでもない本気だ。あの戦い方を見せられたら誰が陛下と手合わせなど頼めるだろうか…。
日課のように鍛錬をしている陛下。
美しい舞でも見せられているかのような戦い方なのに剣は鋭く重い。魔術と合わせるとひとたまりもない。陛下の太刀筋は、私の憧れでもあり、きっと私だけでないだろうと騎士たちの眼差しから察する。
ミシェル妃が定期的に足を運ぶ《隠れ家》なる平民生活…というより田舎生活の家へ手紙を届ける役割を数人で回していたのだが、数年前から私が主に担当することになった。そんな私が第二騎士団から第四騎士団に所属が移動になったのは、ほんの二年ほど前だ。
『ゼン。今日から第四騎士団へ行け。キースを上司とする。いいな』
そう言われたとき、私の未来は終わったと思った。
キースさんは、騎士団内では英雄だった。そして隠居生活のような命を受けた後、周りの対応が変わり始める。最近では地に落ちたとまで言われた人が私の上司になった。
憂鬱な気持ちでキースさんに会いに行った。
噂ほど当てにならないとはこういうことかと、身を持って経験した。
キースさんは、凄い人だった。知識や技術だけじゃない。惚れない男などいないのではないだろうか。
あぁ私の語彙力が足りない…。
《なんでこの腕で庭師なんて表をやってるんだ?》
本気でそう思った。
凄すぎる。私なんか足元にも及ばない。
なんで?なんで?
あの日、雪崩にあって本来ならその立場になるのは私だったのにキースさんが身代わりになった。
キースさんは”がっはっはっは”と痛い脇を抑えながら私のために笑ってこういった。
『気にするな。お前じゃもう神の国に行っとったじゃろうな』
――よかった と。
もっと強くなろうと。
もっと敏感になろうと。
僕は決意した。
なのに…ミシェル妃が言う。
『大丈夫よ。私、こう言っちゃなんだけど、ジョーカスより強いから。本当よ、ふふっ内緒ね』
あの…陛下よりも…お強い?
いつも冷静でいることが私の長所だったのに今はもう思考が動き出せないでいる。
そんな止まった頭に浮かんできたのは、アンジュール国はきっとお二人が居たら安泰だろうなということ。
* * *
ふぅ〜
これで全部治ったかしら?
フィーちゃんにすぐだからって言ってから三十分ぐらい経ってしまったわ。
「キース、どう?」
「…すっかり治ってるわい。ミー悪かったの」
「よかったわ。でも、骨折が治っただけだから安静にしてて。栄養とって元の身体に戻すこと!心もね。疲れたでしょ?」
「面目ないが、肋骨は痛かった。がっはっは。これで腹いっぱい食べれるじゃろぅから、はよ治るわい」
そこで一拍おいてキースが願うようにミシェルを見つめた。
「ただ、フィーに会いたいのでな、表まで行ってもよかろうか?」
「私が連れていきますよ。師匠」
「こんなときばかり師匠いうな。キースだキース」
そう言いながらも嬉しそうなキースを見て、ミシェルは安堵したのだった。




