26 正体
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「はぁぁ…」
僕は自室に戻ってため息をついた。
扉に背中を預けて、ずずずーっと服が扉に衣擦れる音を響きかせながら座り込む。
額に右手を当てて視界をふさぐ。
何となく思っていた。
フィーリが貴族だろうなと。
まさか…隣国アンジュール国の第一王女?
なんでジョルテクス王国に隣国の第一王女の姿絵がなかったのか…そういうこと?
彼女の小さい頃の姿から今朝の僕のために何か作ってくれるって渋った顔まで。
浮かんでは消えて。
ころころ変わる表情がどんどん溢れてくる。
「ははっ」
《アル》
《アル!!!》
《アル?》
《あ~どぅ~》
《っアル!》
頭の中の彼女が僕を呼んでいる。
振り返って微笑む彼女。小麦色の髪がふわっと舞いながら流れていく。
「……フィリティ……フィリティ・アンジュール……」
彼女の正式な名前。
「だから…フィーリ…」
僕はその場でしばらく動けなかった。
しゃがみこんだまま頭を扉に預けてぼんやり部屋を眺める。
料理できるっていってたな。
王女が料理なんて王城じゃぁ習わない。習えない。
フィーリの時に習うのかな。
僕と一緒にいることが多いフィーリはいつ習うんだ?
「あぁ…ちょっと無茶なお願いしちゃったかなぁ…」
額に当てた手が暑い。
『……ゃ…だ…わ』
そりゃ、困るか…。
彼女が拒否した時は照れ隠しかと思ってたけど…作れなかったのかもしれない。
でも、引き受けてくれた。
「はぁぁ…」
二度目のため息が出る。
「……好きだよ…フィリティ…」
部屋に溶け込む様に消えていく。
僕の身分は言ってはいけないと、母上に禁止された。
『これからの話は、ジョルテクス王国王妃として発言します。いいですね?』
そこから始まった僕の知りたかったこと。
『……この話は、この場のみです。決してフィーリちゃんに自身の身分を明かしたりしないように。そのようなことがあれば、貴方とフィーリちゃんとの仲をジョルテスク王国として取り持つことは致しません。わかりましたか?』
『いつ、本当のことを言える…のですか…』
『彼女の十五歳のデビュタントの後になるでしょう』
二年後か…。
まずは…僕の気持ちを――
「…フィーリに伝えなくちゃな…」
扉に預けていた背中を離し、窓際に向かう。
空を見上げて、またため息が出そうになる。
星空がみたかったのに今日は曇りだ。
* * *
「まぁ!大変」
ミシェルが一通の手紙を読んで声をあげた。
居間でアルールとフィリティは、ヤマガラのルーが夏の換羽期に採取した羽を並べて何かに再利用できないかと話をしていた。
ミシェルの声を聞いて、二人は机から顔をあげミシェルに尋ねる。
「お母さんどうしたの?」
「あぁ、ごめんなさい。思わず声が出てしまったわ。キースがね、足を痛めてしまって雪下ろしが出来ていないんですって」
「えぇ!!キィじぃは大丈夫なの?」
「ん~この手紙の内容だとあまり良くなさそうね。明日にでも行って様子をみてあげなくちゃ。それに雪下ろしも手伝ってあげないと」
「私も行く。手伝いになるでしょう?」
「ん~そうね。一緒に行きましょう。バトンも手伝っているみたいだけど…終わらないでしょうね」
「あの、僕も一緒に行ってもいいですか?」
「アルくん…ありがとう。でもねぇ…」
(アルくん隣国の人なのよねぇ)
「男手があるのはいいと思いますよ?」
「ん~そうねぇ、 お願いしちゃおうかしら?」
翌日、ミシェルとフィリティ、そしてアルールはサンカルミのキースの家に向かっていた。
いつもなら、このなだらかな坂を下るとキースが大声で呼んでくれる。
それも今日はソリが通る音だけが響く。とても静かな来訪となった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、バトンが出てきた。真冬だというのに薄い長そでを腕までまくった繋ぎ姿だ。上部を腰のあたりで結んでいて下部がダブッとしている。
「お!フィーじゃねぇか!!」
「バトン!この間ぶり。ねぇ、キィじぃどう?」
バトンの服装は寒そうに思ったが、毎年のことなのでフィリティは気にしない。
「あぁじいさんな。派手にやったっぽいぞ?奥で寝てるから静かにな」
フィリティが視界に入ってきたままに話続けてしまったバトンは、隣にいるミシェルに気づいた。口を開こうとすると先にミシェルが微笑みを浮かべて聞いてきた。
「バトン、こんにちは。あなたは元気そうね。知らせを聞いて来たのよ。悪いんだけれど、キースはどちらかしら?」
「おばさんこんにちは。こっちですよ」
ミシェルは明るくバトンの姿に相変わらずねと笑ってるが、キースの名前を出した途端にバトンが真面目な表情で案内しよう振り返った。
バトンの後ろからひょっこり現れた。見たことのあるようなないような人だとフィリティは思った。
「あーバトン。私が案内するからいいですよ」
「あら。あなた…ゼンじゃないの?」
「こんにちは昨日ぶりですね。お越しいただきありがとうございます」
ミシェルは、何度もあったことのある影の一人。表の仕事も請け負っていて、主に手紙の配達を担っている。手紙の受け取りは基本ミシェルがするので、フィリティにとってゼンの顔はうる覚えだった。
「えっと…あなたがいるってことは…もしかしてそういうこと?」
「…お分かりになりますか?ははっ、さすがです。細かい話は後程。ミーさん?でよろしいですか?どうぞ」
「ええ、それでお願い。フィーちゃん、アルくんと中庭の方にいて頂戴。キースにはまず私が会ってくるわ」
フィリティは、一緒にキースに会いたかった。ミシェルの対応に納得がいかなかったが、母の言うことは絶対である。納得いかないが待つしかない。
「…わかった」
「ちょっと先に話をするだけよ。ふふっそんなに膨れないで」
ミシェルとゼンと呼ばれた人がキースがいるという奥の部屋へ歩みを進める。
残された三人はというと…。
「……あの。フィーリ紹介してもらっていいかい?」
キースの家に来て初めて、アルールが発言する。
バトンは、アルールの存在に気づいていなかったのか男の声に驚いた顔をした。
「あ!ごめん。えっと…アルこちらはバトン。この間見せたペーパーナイフを作ってくれた鍛冶師見習いのバトンです。で、バトンこちらはアル。私の幼馴染で隣国ジョルテクス王国の人」
「ジョルテクス王国?」
怪訝そうに眉を寄せ、聞き返す。
「…こいつがあの鍛冶師……」
アルールも小声でぶつぶつと何かを言っているが周りには聞き取れない。
「そう…えっとお隣さんなの」
「ふ~ん」
上から下まで値踏みするように見るバトン。
対するアルールは、微笑みを絶やさず平然としている。
なんだかここの気温が外よりも寒い気がするのは…気のせいだろうか?とフィリティは小首をかしげた。
「よろしく」
「……おぅ。よろしく頼む」
先にアルールが手を差し出す。バトンが答えながらその手を取る。
気温が下がったかと思っていたら今度はなにやら暑く感じる。
男二人が見つめ合い火花を散らしていることにフィリティはキースの様子が気になりそれどころではない。
そろそろ中に行こうよっと玄関から見知った部屋へ移動していく。
「お邪魔しまーす」
バトンとアルールがそれぞれに感情を抑えながらフィリティの後を追う。
(フィーの幼馴染…?)
(フィーリの友…だち?)




