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23 みえたらいいのに


 今年も辺り一面銀世界となり、新雪を踏みしめて隠れ家にやってきた。

あの十一歳の夏以来、アルールの方が早くこちらに来ているため、フィリティが気に病むことはない。

ノックと共にアルールが玄関から顔をのぞかせている。


「こんにちは」


お母様がちょうど料理を始めたところで手が離せないからとフィリティが出迎える。


「アル。おはよう。今日は随分と早いのね?」


「ルーに会いたいなと思ってね。はい、ルーのご飯。そろそろ無くなるかなぁと思ってお届けがてら早く来ちゃったよ」


アルールは、夏の間に背がまた伸びていた。

髪も伸びていて一つに束ねた栗色の髪がさらさらと動くたびに揺れている。


(私の方が長いけど…抜かされそう)


部屋の中へ招いて、ソファを進る。ミシェルはお茶と茶菓子を取りに台所へ向かう。


「お母さん、アルが来てくれたの。ルーのご飯も持ってきてくれたわ。あ、これ持っていくね。それとお昼ご飯一緒に食べれそう?」


「大丈夫よ。きっと来てくれるんじゃないかと思って準備しているから!今日はポトフとグラタンにしようと思ってホワイトソース作っているから待っててね!」


ミシェルが台所から声を張ってアルールに挨拶をした。


「アルくん!おはよう!ゆっくりして行ってね~。お昼はグラタンよ~!」


もう幼少の時のように親が張り付いて、あれやこれやと面倒をみることも全くと言っていいほどなくなった。

ティーセットを持ってフィリティは戻る。先ほどアルールにもらったルーの餌も一緒だ。


「ごめんね。いつものことだけどお母さん今、手が離せないの。ホワイトソース作ってて」


言いながらソファから少し離れたテーブルに置き、お茶を入れる。

手つきが優雅で王女としての教養が隠せないフィリティ。

気にしていないと言った方が正しいだろうか。それを目を細めてアルールが…アルドルトが見ている。


その隣にルーが居て、もらったばかりのコノデカシワの実を食べ始めた。お茶を入れる音と木の実を食べるコツコツした音が心地いい。


「いいよ。おばさんも楽しそうでいいじゃないか。フィーは料理しないの?」


「する…ときもあるよ」


(でもアルに見られるのは恥ずかしいからアルがいるときはやらないのよね)


アルドルトが見たいと思うフィリティの姿は、フィリティには見られたくない姿でお互いに真逆の想いだった。


「ふ~ん、それは気になるなぁ」


アルールの期待な眼差しがイタイ。ヒヤヒヤしていたフィリティを興味深く見ていたアルールだったが、キラリッとキッチンカウンターにフォルダー付きで置いてあった()()()を見つけて視線を逸らす。アルールの記憶の中では見たことのない代物だ。


「……ねぇ、あれはなぁに?」


今まで明るい声で話していたはずなのに低い声が耳を刺す。フィリティの身体をゾワァッと寒気が駆け抜けた…気がした。

アルールが何を見つけたのか視線を追う。キッチンカウンター上の物を見てフィリティは頬を緩めてアルールに答えた。


「あれはペーパーナイフよ。バト…鍛冶見習いの友人が贈ってくれたのよ」


お茶を淹れていた手を止めて立ち上がりペーパーナイフを取った。ホルダーが邪魔しない絶妙な位置に目立つ彫り込まれた赤いダリアが所有者を強調している。


(さっきアナたちからの手紙が届いたから読むために部屋から持ってきたのよね。アルが来たから片付けるタイミングを逃したんだったわ)


王宮に使える影たちの中に表の仕事と兼務している者がいる。そういう者に王宮にいるアルバートらがフィリティやミシェル宛の手紙を託しここまで届けに来る。


「スーッと切味がとてもよくて癖になるの。ここに私の誕生花のダリアが掘ってあってね、ガラスでコーティングされているから綺麗なのよ」


「ふ~ん。ねぇ、それ贈ったのは男?」


「ん?えぇ。鍛冶見習いは同い年の男の子よ?」


微笑みながらも冷たい空気を纏うアルールを初めて見たフィリティは困惑した。


(なんだろう…アルがお、怒ってる?)


ツピィツツピィービー


「っ!!!」


ルーが鳴くとアルールがサッとフィリティから視線を逸らした。先ほどの冷たい雰囲気も空気に溶けるように消えた。机の上にペーパーナイフを戻し、入れかけていたお茶に手を伸ばした。


「…今度、僕のために作ってよ。お菓子でも料理でも」


「え…」


「だめ?」


お茶を入れるために下を向いていたフィリティは、パッと顔をあげた。

上げなければよかったと後悔した。

ため息でもすれば届いてしまう距離に彼の顔があった。

いつの間にかソファから立ち上がり、音もなくテーブルに近寄ってきたらしい。今、目の前にいる。

テーブルをはさんでいるとは言え、覗き込まれていると嫌でも視界に入ってくる。

整った顔で凄い圧をフィリティは感じていた。これはどう考えてもおねだりさている。


意識しないようにと王妃教育で培ってきた技術を屈指して、恋なのだと教えてもらったあの日から感情を悟られないように抑え込んでいた。


この状況では、さすがに無理だった。


顔に熱が集まり、心臓がバクバクとうるさい。

近い距離にいるから深呼吸も出来ない。

視線を逸らそうとするとそれに合わせてアルールの視線が追ってくる。


これは…厄介だ。


「…ゃ…だ…わ!」


やっとの思いで口にした。呼吸が止まってしまっていたから語尾が強調されてしまった。

答えは、もちろん拒否。

アルールの視線は、まっすぐにフィリティを見ている。

一瞬真顔になったような気がしたがすぐにフニャンと崩して、次に悩むような仕草でん~と唸った。

何かをひらめいたのか手をポンっと叩いてこう言うのだ。


「じゃぁ!僕の誕生日プレゼントってことで希望をしてよう…かな」


「っ!!」


まさかの展開。誕生日プレゼントは、毎年贈り合っている。

ミシェル曰く、《お誕生日にはお友達と一緒にお祝いするのが平民の醍醐味よ!》だそうで。

今年のプレゼントは、刺繍入りのハンカチとか準備する予定で真っ新なハンカチだけがトランクに入っている。でもまだ彼女は着手していない。


(二週間あるから夜にでもやろうって思っていたのに…)


「………」


楽しそうに期待をこめて、ウキウキとしているアルールを見ているとダメと言えない。

フィリティは観念したようにため息をついた。


「はぁ……。わ、わかったわ」


アルールは、言葉を聞くや否や溢れた喜びで瞳を輝かせている。


「本当に?嬉しいなぁ!」


「そ…そんなに!期待なさいませんように!!!」


「わかったわかった。ははっ!楽しみだ」


軽くアルールを睨みつけたが当の本人には全く効かない。

むしろ、そこまで喜ばれると困ってしまう。


(何をつくったらいいかしら…)



台所で二人の声が聞こえるように火も消し、耳を大にして聞いていたミシェルは、ひとりニマニマと笑いが止まらなかった。


(さて、何をつくるのかしらね)


娘の困った顔が脳裏に浮かぶがバレない内にまたコンロに火をつけた。



 * * *



 お茶を入れたティーカップを持って、ソファに移動する。

対面同士なので自然と視線が交わる。そこで先ほど素朴に感じたことを訪ねた。


「ねぇ、アルって髪切らないの?」


「ん?髪? あぁ程よく切っているよ?フィーは、長髪嫌い?」


「別に嫌いってわけじゃないけど…」


アルールの瞳から。右肩から垂らしている栗色の髪を瞳でなぞる。


「もう少ししたら切ろうと思うんだ。ほらあと少ししたら王立学園に入学だから」


「そっか、もう王立学園に入学するんだね。そっちの学校は、いつからなの?」


「ジョルテクス王国は、十四歳からなんだ」


「えっ…もうすぐじゃない…」


「うん…」


(だからそろそろ…伝えたいんだけどな…)


ティーカップを持ち、水面に自身が映る。とても情けない自身にアルールは苦笑した。


(まさかペーパーナイフ()()()で嫉妬するなんて…ね)


自身の知らないフィリティが増えるのが嫌だと初めて気づいた。なぜ今まで気づかなかったのだろう。フィリティにはフィリティの生活があることに。


この冬、この場所でフィリティに自身の想いを伝えようと決めている。

願わくば自身の誕生日に。


今回のことで強く思った。知らないフィリティをこれ以上増やしたくない。ましてや…王立学園に通ったらここにはなかなか来れないからだ。


そう決意してここに来たのにいまいちフィリティが自身のことをどう思っているのかつかみ切れていない。

好意はある。それが恋愛感情なのか…そうでないのか…。


(心が…見れたらいいのに…)


カップを見つめるアルールをフィリティは、学園入学で憂鬱なのだろうかと思って励ましの言葉をかけた。


「学園生活もアルなら大丈夫よ。すぐにお友達だってできてしまうわ」


「…あぁ、そうだね。僕なら率なくこなす自信があるよ」


カップからフィリティに視線を戻して、ニッと笑う。


(あれ?私の読みが違ったかな?)


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