21 親友の恋も応援します
「一応、季節ごとには会っているのよ。剣術の話は七歳のときだし、湖に落ちた話は…やめてほしいわ。もう恥ずかしくて情けなくて…嫌だわ。私たちもう十三歳よ。あと二年もすれば王立学園への入学が義務になっているでしょう?そうなったらアルの話題はひとまずお休み」
そう王立学園には十五歳の春から通うことになる。
アルは隣国なのだから我が国の王立学園への入学なんて現実的ではない。
「アル様は、どんどん素敵な青年へと成長されていることでしょうねぇ。…アル様って貴族?」
「ん~どうかしら?お互いにそういった話題があがったことがないのよね。このご縁は、お母様同士が学友であったのが最初だって聞いているし。貴族なのかもしれないし、貴族じゃないかもしれないわ」
フィリティは、ティーカップを手に取り、王女らしい優雅な手つきで口元に運び侍女が入れたお茶の風味を楽しみにながら一口飲んで、元に戻す。もちろん陶器の音は一切立たせない。
「フィーリ様は、その…気になりませんの?」
「そうですわよ!そろそろ婚約者もお決めになられるお歳ではなくて?」
「私はもう少しゆっくりさせて頂こうと思っているの。お母様もそうなさいっておっしゃって。…そもそも私…恋がどんなものなのか…わからなくて…」
「「「……っ!!」」」
皆、言葉なく信じられないという顔でフィリティに釘付けになる。明らかに行為があるアルの話を散々聞かされている。確かに全くなびいている素振りはないけれど、少しはあれ?っと疑問符付きだったとしても気づいているのかと思っていた。
一方のフィリティは、あの湖の出来事で起こった異変について、その後に同じような症状がなかったため、一時的な何かと勝手に完結させていた。未だにそれが恋だとは気づいていない。
親友たちの反応から焦って早口でつづけた。
「ほら!?政略結婚の可能性だってありますし、恋…が出来るかもわからないでしょう?……皆様は、恋はご存じ?」
語尾は窄まり、恥じらいながら教えを請う姿は親友たちから見ても可愛らしい。驚愕の余り固まってしまった三人が瞳に輝きを取り戻し、この鈍感な友にどう切り出せばいいかと思案し始めた。
ヴィランテーヌは、宰相のご子息との婚約が決まっており、将来は兄を補佐する宰相の妻となる。
アナスターシャは、隣国ジョルテクス王国の公爵家と婚約しており隣国へ嫁ぐことが決まっている。
ナタレイシアは、国内の伯爵家から釣書が多数来ており、両親が厳選しているそうで近々お見合いをするそうだ。
皆、政略結婚であり恋愛結婚ではないにしろ、互いに互いを尊敬し、愛をはぐくんでいる最中だ。
「…フィーリ様…恋物語はお読みになりまして?」
「え、ええ」
「その~読まれているときにトキメキなどは…?」
「んー、そうねぇ、トキメキかは、正直わからないの。面白く読ませていただいてはいるのよ。こんな風に人は転ぶのだとか。いじめって嫌だなぁとか。なぜ人はあのような人を傷つける行動に出るのかしら?こう、理解しがたいところが多くって…」
「「「………」」」
「だめだな」
「えぇ、ヴァランティーヌ様に同感ですわ」
「フィリティ様って独特の感性をお持ちなのでしたわね、忘れていましたわ」
(んん?その憐れな瞳で皆が見ている気がするけれど…私はちっとも悲しくなんかないんだけどなぁ)
「例えば皆さんの婚約者の方の…その【ときめいた】と思われるところをお話いただける?」
皆が皆、一様に頬を染め、先ほどまでとは異なる恋する乙女の表情だ。誰から話すのか目線で火花が散っている。
「早くお話された方が後より楽よ?」
なかなか話し出さない三人を見かねて、ミシェルがよく使う言葉で促す。
後になればなるほど、プレッシャーが襲いかかる、そういう意味でミシェルはフィリティ達に言う。本来の意図は、思っていることは早く言え、ということ。こんなところでモタモタと時間を使いたくない時にミシェルは使う。
「……じゃぁ、婚約者のいない私から…」
テーブルの下からゆっくりと胸の位置まで手をヌゥ〜っと、ナタレイシアが挙げる。
「実は…私、アナスターシャ様の弟君に恋をしていた時期がありました」
「えっ!初耳なのですけれど」
アナスターシャが目を見開いてナタレイシアに視線を向ける。
「…初めてお話しました……」
頬を赤く染めて、羞恥を隠すように俯いてしまう。
アナスターシャの弟フォルクは、一つ下で十三歳。日々侯爵家を継ぐために切磋琢磨している。
「でも、一時期のことでした。恋というより憧れのほうが大きかったとおもって…います…」
ナタレイシアの様子をじーっと眺めるアナスターシャは、考えるように黙り込む。
「…いいかも…しれません…」
静かな時間はほんの僅か、独り言をつぶやくアナスターシャに私とヴィランティーヌが注目し、次の言葉を待つ。
「ナタレンシア様…そのお気持ちは、もう《過去》のものになってしまっていますの?」
「えっ…」
バッと顔を上げ、アナスターシャを見つめるナタレイシアの瞳は、まだ鎮火しきっていない恋の灯が揺らめいているようだった。
「わたくしに良い考えがひらめきましたの。我が弟の心には、まだどなたの瞳も写していないように見えますの。まだチャンスはありましてよ。ナタレンシア様。うふふ。 どうです?」
いたずらな笑みを浮かべるも友の恋を応援する瞳でアナスターシャは問いかける。
叶わぬ思いと思って一度は、諦めかけた気持ち…ナタレイシアは、ぱぁっと表情を明るくすがるように答えた。
「っええ!お願いします!!」
お互いの手を取り、頷き合う。
どうやらここで親友同士の同盟が組まれたらしい。
「ところで…」
フィリティが遠慮がちに挙手している。
挙手をするなんて非常に珍しい。王女の立場では、家族以外であれば、どの場面でも口をはさむことが許されている。
「フィーリ、なんだ?」
「どうなさいましたの?フィーリ様」
(フィリティ様のオーラが!!ピンク色!?)
「その…どうやって《恋》とわかるのかしら?」
「「えっ?「はぁ!?」」」
三人がポカーンと口を開けて呆気にとられる。少し前まで恋が分からないと言い、興味がない様子から一歩踏み込んできた彼女。フィリティの質問の意図を正しく読み取るためにアナスターシャは聞き返した。
「フィーリ…様…どういう?」
「…あの…ですね……恋というものがわからないと申しましたでしょ?でも皆様は、恋だと自覚してるのよね?何を根拠に「恋をした」とおっしゃっているのか…知りたい…のよね…」
フィリティは頬を染め俯く。皆から注がれる生暖かい視線に居た堪れない。
(なんだか…周りからの視線が優しすぎて…恥ずかしいわ…)
「そう…ですわね…私の場合…と申しますか。こう殿方を見ると心臓がドキドキしてギューと締め付けられるような感覚と顔に血が昇り火照りを感じました。それが殿方をみるたびに増してしまうのです」
(っ!!もしかして…あのこと?…なの…)
水色の瞳を今日一番かと思うほどに見開いて、アナスターシャを見やる。頬を染めながらうっとりと何かを思い出しているアナスターシャは、恋する乙女だった。
「私も!そんな感じです!ドキドキしてバクバクしてギューってなってその方を見ていたいのに見れない感じですわ!!」
ナタレイシアが続くように打ちあける。
一気に言い切ったために肩を上下させている。ティーカップを手に取り喉の渇きを潤した。カップを置くとキラキラした瞳でフィリティに視線を送る。
「んー、私はまだそういった感覚はないな。ただ相手を尊敬し相手も私を見てくれる。信頼できる相手、安心して相談できる相手。ま…そんなところだ」
最後にヴィランテーヌが教えてくれた。
恋愛の形も様々らしい。わかったようなわからないようなフィリティは、思い切ってあの湖での心の変化を告白した。
「皆さん…ありがとうございます。あ…あのですね――」
「まぁ!」
「やっとか」
「それです!!」
(これが…恋…)




