16 バトン
バトンと出会ったのは、キースの家に遊びに来た六歳の時。当時、すでに家庭菜園の範囲で立派な菜園が出来ていたが、まさかその何倍にまで拡大するなんて思いもしなかった。下手したら王宮よりも管理の行き届いた楽園かもしれない。
あれも夏だった。
汗だくになりながらトウモロコシの収穫のために早朝から動き回っていて、そろそろ収穫が終わりそうな頃にバトンがやってきた。
なんでもキースが農具の刃を鍛冶屋に点検に出し、出来上がった品の納品についてきたのがバトンだ。キース同様にバトンも一癖も二癖もある人でフィリティのことをひたすら睨みつけていた。
「………なにか付いてるの?」
「っ!!」
まさか話しかけられるとは思わなかったのだろう。バツが悪くなり急にたじろぐバトンにフィリティはこういった。
「あなた…髪も瞳も真っ黒なのね。ブラックスターサファイアみたい。とってもキレイね」
「んっ!!!!」
覗き込まれた末に《キレイ》だと言われ、瞳にフィリティが目一杯映り込むほどに見開き驚いた。
なぜなら、黒髪黒眼は不気味と忌み嫌われ、どこにいても避けられ、怯えられ、虐げられてきた。
町中で石を投げられることは日常茶飯事で生傷の絶えなかった。
親の仕事の関係で王都に剣の納品に着いていった時、路地から突然出てきた大人に突き飛ばされて危うく馬車に轢かれるところだった。初めて命の危険を感じた。
さすがに死ぬと思ったら悲鳴をあげてしまったバトンだったがそれだけだった。いつも決して泣きもせず、やり返しもせず、ただ睨みつけながら終わるのを待つ。
幸い両親はバトンに優しく、年の離れた姉にも大事にされていた。恐怖心を和らげようと家族総出で翻弄してくれた。
そんな時にフィリティから言われた言葉が信じられなかった。それと同時にブラックスターサファイアがどんなものなのか見てみたいとバトンは思った。
フィリティと母親らしい人が“来客ならまたにするわ”と言って帰った。
親には聞けないと判断し、キースと話がしたいと訴えると、バトンから見えない死角でキースがバトンの両親に後で送るから預けて欲しいと頭を下げた。バトンの両親は、申し訳ないからと連れて帰ろうとしたが、”キースが今なら心の垢を洗い流してやれる機会かもしれん“と、両親を説得した。
それからキースと二人で菜園が見渡せる縁側に腰を掛けて、ブラックスターサファイアとはなんなんだとキースに聞いた。
ブラックスターサファイアは、宝石のひとつで、真っ黒い石なのに金色の光を放つ珍しい石であること。石言葉に《中心的な存在》という言葉があり、困難を乗り越える力が湧く石なのだと。
誰にどんな事を言われたのかキースに聞かれ、素直に答えたバトンに“あぁ嬢ちゃんが言ったのか”と納得したかのように頷くばかりだった。
『あいつが…きれいだって…』
『あいつが…あいつが…オレ…の…き、きれいって…』
話をしているうちにバトンは、泣き出した。キースはバトンにそっと胸を貸し、思いっきり泣かせた。泣きつかれて眠るまでずっとずっと、背中をさすりながら待った。
バトンが目を覚ました時はすでに夜明けで、家の居間に寝ていた。身を起こして辺りを見回すと、家族全員がバトンを囲むように雑魚寝していた。
キースは、泣きつかれて寝てしまったバトンをおぶり、鍛冶屋に着いた時、両親は青い顔をしてバトンに駆け寄る。
事情を話すと、涙を流しながら感謝を言われた。
だが、キースはこういった。
『わしの力じゃありゃあせんのでな。言うならあの嬢ちゃんに言ってやってくれ』と。
それからフィリティが遊びに来る時は、バトンに声をかけることがキースの仕事に加わった。
それはキースとバトンの両親との秘密の約束。
* * *
『よぉ~嬢ちゃんよくきたなぁ!がっはっはっは!』
『キィじぃいい!!久しぶりぃいーー』
遠くと言っても叫んで呼べば聞こえる距離にキィじいさんの家がある。
『ん?今、フィーの声?がしたような…』
オレは振り向いてじいさんの家の方角から少し外れた山なりになっている街道を目を細めて凝視した。
《あれは!フィーじゃないか!?おいおいっ今かよっ》
今、オレは鍛冶師の父親を親方と呼び、鍛冶師見習いとして修業中だ。鍛冶師になる素質があるらしい。特に耳が良いのがいいんだとよ。オレはどうやら該当するらしい。これがオレにとっての当たり前だからわからねぇが。
それは置いといて。
フィーがいるならオレは行かなきゃならねぇ。しばらく会えなかったからな!
窯に入れる燃料の選別をしていたが、優先順位はフィーが断然一番だ。
あのじいさんの家に行くには、直線距離は近いくせに道を辿ると庭をぐるっと回らなきゃならねぇ。
『チッ面倒だぜっ』
『フィー!!バトンがお前に会いたがっていたぞー』
『っ!!!あのジジィー』
なんで言うんだよっ!!
ああクッソッ!面倒だけどよ、じいさんが大事にしてる菜園踏み荒らす訳にはいかねぇからしゃぁねぇっ全速力で回ってやるっ!待ってろよっ!!
いつぶりだぁ?
冬の間は会ってねぇなぁ。冬に会えたら見せてやりたい景色があんだけどよ。終わっちまったから来年か?早く来ねぇかな。
やべぇ…フィーだ。可愛すぎる。可愛すぎて……見てられねぇ。
あーオレの近況なんかどうでもいいんだ!フィーの話が聞きたいのにっ!オレの口止まりやがれっ!
そろそろ戻らねぇと……だめだ…親方がキレてる!?
『っ!!やっべぇっ!!見つかっちまったっ!じゃっ!また後で!!必ずだからなっ!勝手に帰るなよっ!!』
親方の機嫌とらねぇとこの後の時間がなくなるっ!!!
仕方ねぇ話はあとだっ!
絶対に待っててくれよなっ!!!
* * *
「キィじぃの作る野菜はどうしてこんなに甘くなるの?」
「ああ?んーそうだなぁ、あっちの家でも教えた通りのことはしてるんだな?」
「してる…はず…なのだけれど、自信がないわ」
「そうかぁ。フィーは自信を持つところからはじめりゃいい。その自信のなさが伝わるんかもしれん」
「ひぇ?そこまで伝わってしまうものなの?」
「皆は正直だからのぅ。まずはそこからやってみなさい」
「……わかったわ。キィじぃありがとう」
庭先に膝をついて土の感触を確かめるようにいじっている。少量の土を拾い上げ握って開く。指と指の間をサラサラとこぼれ落ちる。
(土は同じ感じだわ。この状態を維持ね。私の…気持ち次第……)
ドンドンドン!!!
玄関から力強く叩かれた音が響いたと思うと、扉が開いた。
「ボーイギィービー!!ビィーいぶかぁ!?」
「?? お。帰ってきたか。馬鹿造が」
そういいながらもキースの顔は綻びんでいる。嬉しいんだろうなぁとミシェルとフィリティは顔を見合わせてほほ笑む。
玄関先で“がはっ!派手にやられたな”と、キースの笑い声が聞こえた。
ミシェルは何か思い当たる節があるのか苦笑している。フィリティはわからず首をひねっていると…。
「おぼぶなっべ、わびぃ…」
縁側に現れた少年の顔には、左側だけ何度か殴られた様子で腫れあがっていた。




