17 母はつよし
「っ!!」
バトンの顔を見て悲鳴を上げそうになったが寸でのところで飲み込んだ。
「本当に派手にやられたわね。バトン」
バトンは、顔を左に背けてきれいな方をフィリティ側に向けた。
「がっはっはっ!どうせ何にも言わんで来たんだろう?必ず親方には伝えてから来るようにと言ったろうに」
「………」
図星のようでバトンの耳が少し赤くなる。ミシェルがクスッと笑った後にバトンに近づいた。
「それにしても、これじゃぁ喋るのが辛いでしょうに…。こっちへ向いてごらんなさい」
バトンは、素直にミシェルの正面に立って、見上げる。
ミシェルが腫れた左頬に手をかざし唱える。
「回復」
淡く左頬が光り、腫れが引いていく。
完治はさせず、発音が聞き取れる程度に傷を癒す。
「全部治すのは、親方の教育方針に反するからここまでね。愛のムチと思って受け取りなさい」
ミシェルの言葉を聞いて、深く頭を下げた。
「……はい。ありがとうございます」
「次からちゃんと段取り踏んでから来なさいね」
ミシェルはウインクして、バトンを励ました。
「そういえばキース。さっき聞き忘れてしまったお茶の淹れ方を教えてほしいの。ちょっと付き合ってくれる?」
ミシェルは立ち上がり台所へとキースを連れて行ってしまった。
残された二人は顔を見合わせて笑った。
「バトン。大丈夫?もう少し冷やす?」
「いや、もう大丈夫だ。ビックリさせて悪かったな」
「ううん。親方…バトンのお父さん素敵ね」
「そうかぁ?まぁ…悪くはない…かな。それよりフィリティの母ちゃんすげーな。魔法使えるなんて。しかも回復魔法だぜ?」
「私もお母さんの魔法は見る機会があるんだけど、実は回復魔法を見たのは初めなの。それに知らないのよね。お母さんがどれぐらいできる人なのか…」
「知らなくて当たり前じゃね?オレの親父なんかスゲーとこしかねぇよ。あ!母ちゃんには勝てねぇんだ」
「あ…うちもお母さんに勝てないかもお父さん」
顔を見合わせてクスクス笑い合う。
「なぁ、元気出たか?」
「えっ?」
「なんかいつもより考えてるっつーかさ、オレにはよくわかんねぇーけど、オレもいるからよ。なんかあったら来いよ。オレなら…すっ飛んで行ってやっから」
いつもみたいなチャラけた雰囲気を微塵も感じさせない真剣な眼差しにフィリティはドキッとしたが、ここに来ればバトンがいる。キースがいる。その事実がフィリティの不安を少し和らげた。
「…ありがとう」
「フィーは、わらってりゃあいいんだよ」
バシッと背中を叩かれて前につんのめる。
音の割に全く痛くなかった。フィリティは顔を上げバトンを見るとニカッと気持ちの良い笑顔で返してくれた。
バトンはそういう人だった。
「あとよ。これ…ありがとな」
バトンは、脇から垂らしているタオルのような薄い生地を触りながら言う。
「手ぬぐいね。どう使い心地悪くない?」
「作業中は、言われた通り頭に巻いてたぜ。汗を吸ってくれるからありがてぇよ。なんだっけな?て、て、て…」
「手ぬぐい?」
「そう!それ!初めて聞いたぜ?悪くねぇ」
「お母さんから聞いた異国のタオルらしいの。使いやすくて職人さんにはいいって話だったからどうかなと思って。この間お誕生日だったでしょ?キィじいとお揃いにしたの。刺繍は別々。キィじいには、剪定バサミね。バトンには、金槌」
「あぁ。ありがとよ。大事にすっからな」
ワシャワシャとフィリティの髪を撫でるバトン。
バトンにとって家族以外の誰かから贈り物をされるのは、キースとフィリティの二人。キースはほぼ身内みたいな関係であるため、実質的にフィリティだけ。
照れくさいような喜びをくれるフィリティ。この気持ちが特別な何かであることは間違いない。妹へ向けるような感情なのか、恩人へ向けるような感情なのか…はたまた恋なのか…本人にもわからない。
ただ一つ言えることは、失いたくない感情であると言うこと。
(フィーの誕生日…何にすっかなぁ)
一ヶ月後に迫るフィリティの誕生日に今回のお返しも兼ねて何を贈ろうかと、このあとバトンは彼女が喜ぶものを模索するのだった。
* * *
翌日、菜園の前で水やりをしながら昨日キースに言われたことを思い出す。
『フィーは自信を持つところからはじめりゃいい』
(私にとっての自信ってなんだろう…)
『フィーは、わらってりゃあいいんだよ』
「………」
(私は…バトンも…みんなも笑って過ごせるほうがいいわ)
水やりをやめ、ミシェルに声をかけてから家を出る。行先はもちろん、アルールの家だ。
ここは、空気も澄んでいて気持ち良い。夏の空が少しずつ秋空へ変わってきていた。
もうすぐ夏が終わる。
アルールに会いたくて、自然と小走りになり、いつの間にか全力で駆けて出していた。
家に着くと、昨日と同じく人の気配がない。鍵も閉まっている。
(今日も…いないの…)
気落ちしながらも不思議と昨日までの焦りはない。
(どうしようかな…あっそういえば、もうあの時期じゃないかしら?湖の周りに綺麗なピンク色の花が咲くのよね。今年もアルと絶対に見に行こうと思っていたけれど…)
連日、不在のアルールのことも考え、約束はしていなかったこともフィリティの後押しとなった。
「まだ日も高いし、行ってみようかな」
――気分転換も兼ねて!
腰まで伸びた小麦色の髪を風になびかせながら地面を蹴った。




