レスクヴァの平野は血に染まる(仮)#3
「エーデルトラウト、これは何百年前の戦争の話だ?」
「陛下、それはつい先頃に上がってきたレスクヴァ要塞奪還作戦の概要です。」
作戦概要とやらが書かれた書類を読みながら、苦笑混じりのジークハルトの問に、エーデルトラウトはいたって真面目な表情で返した。
「冗談にしてもセンスを感じられんな。」
「残念ながら冗談ではありません。」
ジークハルトの表情が見る間に固くなり、次いで内から怒りがこみ上げてくる。
「……エーデルトラウト、これを作った奴等は余を馬鹿にしているのか! こんな戦略どころか戦術すら感じられんものを、作戦と宣うか! 巫山戯るのも大概にしないか! 今すぐ作り直させろ!」
鮮血帝が持ち前の苛烈さを、目の前の参謀長に叩きつける。
これが他の将兵であったなら、それはヒドいとばっちりで哀れであるが、幾重にも魔導障壁を纏った上にカルマートメッキ済ブランジエッジとイシルディンの積層ハニカム装甲製の面の皮を持つと噂されるエーデルトラウト参謀長は、まるで意に介した様子は無い。
「陛下、これは貴族どもが自ら破滅へ赴く為の案内書です。それにわざわざ救いの手を差し伸べてやる必要などございません。」
激した所で手応えのない相手にジークハルトも溜息を吐いて気を落ち着かせる。
エーデルトラウトに当たったとて、解決する訳では無い。
「だがこれではな……、正規軍の将兵にも被害が出てしまうではないか。貴族どもが幾ら死に絶えようが構わんが、余の将兵達を犠牲など出来ん。」
作戦書の内容を要約すると、『貴族連合軍と帝国正規軍の大軍を持って、聖王国軍と艦隊対艦隊、機兵対機兵の堂々たる正面決戦にて雌雄を決する』である。
ジークハルトが先に述べたように、これには如何に戦闘を始めるか、如何に有利に立ち回るか、如何に損害を抑えるか、如何に戦闘後の後始末をつけるか、そういった視点が完全に欠落していた。
何をどう取り繕おうと戦略、戦術が微塵も無い、単なる消耗戦だ。
それでは命の無駄遣い、参加する将兵はただの犬死である。
「陛下、大義の為の必要な犠牲です。彼等の命は陛下への忠義の証、そして民衆が貴族どもへの憎悪を焚き付ける薪なのです。」
エーデルトラウトがジークハルトを真っ直ぐに凝視する。
「重ねて申し上げます。大義を成す為です。」
ジークハルトは一度目を瞑り、小さく溜息を吐く。
そしてエーデルトラウトを鋭く睨みつつ、決断する。
「判った、いずれこの報いを余自身も受ける日が来よう。だが今は大義の為、我が将兵達の生命を敢えて散らそう。」
「御意。」
ジークハルトは計画書にサインをし、エーデルトラウトに渡す。
参謀長は慇懃に敬礼をし、執務室から退出した。
近衛に人払いを命じてジークハルト一人になると、彼は窓に近づいて空を見上げた。
厚い雲でどんよりとした空は、隙間から稲光を幾筋も瞬かせ、ゴロゴロと低く唸っている。
ジークハルトは小さく歯軋りし、己に冷酷な決断をさせた門閥貴族達に対して湧き上がる憎悪を、強く強く感じていた。




