剣術の稽古3
稽古の最後に私たちには子供用の木刀が渡され、素振りのやり方を教えてもらった。
上から下に振り下ろす基本の素振りと、突きの型だ。
これまた私の体はスッと覚えてくれた。
考えなくてもどう体を動かしたら体力の無駄が少ないかなんとなくわかるのだ。
レイヴンの反応を見る限り、その「体力の無駄が少ない動き」が綺麗な型になっているらしい。
これが天才というものなのか・・・。
前世で運動が得意だった同級生たちはこれができたのだろうか。
私は体育の実技テストに死ぬ気で取り組んであの結果だったのに、理不尽なものだ。
・・・本当に、運動はからっきしだったからなぁ。
なんとなくわかっているとはいえ、忘れないように毎日練習しないとな。
そんなことを考えていたら、レイヴンがしっかり宿題を出してきた。
「今日教えた二つの型を、毎日稽古するようにな。一日百回は繰り返すのじゃ。準備運動も忘れずにするのじゃぞ。」
とのことだ。
宿題の準備体操は、木刀を渡してもらう前に教えてもらった。
というか整理運動も兼ねてなのか、ルベルとスカーレットも一緒にみんなでチャレンジしたものだ。
前世の体育の授業でやった柔軟と、基本的な筋肉を鍛える体操。
ただし子どもの頃に鍛えすぎるのも良くないので、筋トレはキツくない程度にやる。
もちろん、走る練習も毎日取り組もう。
レイヴンが言った宿題には入っていなかったが、速く走れるに越したことはないのだ。
持久走をメニューに入れてみるのもいいかもしれない。
運動がこんなに楽しいものだとは知らなかった。
なるほどアスリートたちが夢中になるわけだ。
部屋に戻る前に、お風呂に入って汗を流す。
ルベルが洗ってくれる頭が気持ちいい。
私は湯船の中で落ちてくる瞼と戦っていた。
「さすが、ルベルはプロだね~。気持ち良すぎて寝そうになる。」
浴室にボワンと響いた私の声も眠そうだった。
「寝ていらっしゃっても大丈夫ですよ。」
とルベルが言う。
「自分でもこんなに出来たらいいんだけど、なぁ・・・。」
「そうですねぇ。水魔法の制御を緻密にすれば、同じようなことができるかもしれません。」
なるほど。
魔法の話を聞いて少し目が覚めた私は深掘りして聞いてみることみした。
「へぇ、魔法でそんなことができるんだ。」
「はい。初めは魔力を移動させるのも大変なのですが、鍛錬を積むことで細かく動かせるようになるのです。とはいえ、ここまで繊細に魔法を扱うのはなかなか大変ですけどね。」
体を動かすのと同じように、ましてやルベルのようなプロの動きを再現するには相当の技量が必要で、そこまで出来たら魔導士としても就職先には困らない。
むしろ引っ張りだこなレベルだそうだ。
だが、並みの魔導士でも汚れを落とすくらいはできる。
ルベルはお風呂の前に水魔術で汚れを落としていたらしい。
「それにしても、レイヴン様の指導はやはりと言いますか。独特でしたねぇ・・・。」
お風呂からあがって部屋でいつものワンピースに私を着替えさせながら、ルベルが呟いた。
「え?レイヴン師匠って有名な人なの?」
「はい。もう戦線は退かれていますが、英雄と名をはせた方ですよ。」
曰く、レイヴンは若い頃には人に害をなす魔獣と戦い、貧しい農家の生まれから将軍にまで上り詰めた人物だそうだ。
剣術の稽古が想像以上に近代的だったと思ったのだが、その辺の理由が関係しているのだろうか。
もしくはこの世界の文明が予想よりも発展しているのかもしれないが。
「そんな人がよくうちに来てくれたね。」
「旦那様たちも少し前には冒険者として活躍していたお方ですからね。」
「あ~うん。そうだったね。」
正直あのノア父さんが冒険者をしていたということに全く実感がないのだが、冒険者も高位になると社会的な地位も高いというしあの優雅な振る舞いにも根拠はあるといえるのだろうか。
ノア父さんもヴァンパイアだ。
冒険者になったとはいえ、子どもの頃は今の私のような暮らしをしていたのかもしれない。
というか、低位冒険者の頃はそれでいじめられなかったのか・・・。
まあそれは横に置いておくとして、その頃からレイヴンと顔見知りだったというのなら我が家に来てくれたのもおかしくはないのかもしれない。
しかしレイヴンがそこまですごい人物だったとは。
なんとなく察してはいたが、予想以上だ。
これは面白い。
英雄と呼ばれる者に稽古をつけてもらえることなどそうないだろう。
今のうちにできうる限りのことを吸収しておこう。
それから休憩時間にレイヴンの体験談なんかも聞いておきたい。
この年齢だ。
大人に冒険譚をねだってもおかしいことはあるまい。
貴重な情報が詰まっている英雄の体験談しっかりと吸収させていただこう。
そのためにはまず稽古だな。
今日習ったことを次の稽古までに完璧に体に染みこませて、レイヴンに私を認めさせなければならない。
それに基礎にレイヴンとの稽古の時間を割くのはもったいない。
午後の時間にどんな稽古をするか考えながら、私は昼食をとるため母さんと姉さんの待つ部屋へ向かった。




