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錬金術師とオルゴール

 私は今、重大な選択を迫られている。


 街の西、大通りから少し北へ外れた場所にある雑貨屋。

 知る人ぞ知るといった雰囲気のそのお店の中。

 私は首元を覆ったマフラーを指先で弄りながら、棚に並べられた品々を前に「うーん」と唸っていた。


 事の発端は秋の収穫祭、その最終日のことだった。

 アリエルちゃんの準成人の儀が終わり、全員で一緒に露店巡りをしていた際。

 話の流れで何気なく聞いたロザリーの誕生日。


 その時はまだしばらく先の話だと思い、そのうち何かプレゼントを探そうと気楽に考えていたのだが……。


「うーん……。ううーん……」


 誕生日まであと三日に差し迫った今日。

 私はまだプレゼントを決めかねていた。


 ロザリーの好きな物、と言われてまず思い浮かぶのがお菓子などの甘い物。

 とはいえ、ケーキは既に予約してあるし、できれば形に残る物をプレゼントしたい。

 参考までに雑貨屋へ来てみたものの、やはりこれといったものが見つからず今に至る。


 そもそもロザリーは普通の人とサイズからして違うので、アクセサリーや小物を渡しても使えないのだ。

 一応ハンカチは使っているが、あれはタオル代わりにしているだけである。

 そうなるとどうしても選択肢は絞られてしまう。


 今のところ思い付いているのが、普段寝るときにくるまっている毛布か、無難にぬいぐるみ。

 ぬいぐるみであればこの雑貨屋にも何種類か置いてある……というより目の前の棚がそうである。

 棚に並んでいるのはイヌやネコ、クマなどの生き物をモチーフにしたぬいぐるみたち。


 例えば、このぬいぐるみのどれかをロザリーにプレゼントしたとしよう。

 ロザリーは「わーい! ありがとー!」と喜んで受け取ってくれるだろう。

 寝床であるソファに飾り、寝るときはそのぬいぐるみと一緒に寝る。

 ……想像したら思った以上に可愛い光景だった。

 ありかもしれない。


「やっぱりぬいぐるみにしようかな」


 となると、次はどの動物のぬいぐるみにするか。

 ネコ……はあの不思議なネコの妖精であるノワールのことがあるし、微妙な反応を返されそうだ。

 後は、イヌ、クマ、ウサギ、ウマ、カエル……カエル?

 他にも何だかよく分からない生き物も混ざっているが、それは置いておくとする。


「うーん、どれが人気あるのかな。……あ、そういえば、妖精のぬいぐるみってないのかな」


 ふと私はそんなことを思い付くと、さっそく奥のカウンターへ向かう。

 そこには店主である女性が腰掛けており、小窓から差し込む明かりを頼りに本を読んでいた。

 私が近付いたことに気付いていないのだろうか、たまにメガネを直すだけで顔を上げる気配がない。

 雑貨屋に入った時に、誕生日プレゼントを探しに来たと伝えたので、私がいること自体は把握しているはずである。


「すみません」

「……おや。何にするのか決まったのかな?」

「はい、ぬいぐるみにしようかと思いまして。それで、一つお尋ねしたいことがありまして」

「何かな?」

「えっと、妖精のぬいぐるみってありませんか?」


 声を掛けると普通に気付いてくれたので、そのまま要件を伝えてみる。

 すると女性はしばらく考え込んだ後、ゆるゆると首を横に振った。


「残念だが、今まで見たことがないね」

「そうですか」


 ないものは仕方がない。

 ちなみに、妖精であるロザリーに妖精のぬいぐるみを渡そうと思った訳ではなく、私が個人的に欲しかっただけである。


「じゃあ、ぬいぐるみの中で一番人気の……」

「……うん? どうしたんだい?」


 改めて要件を告げようとした時だった。

 私はカウンターに置いてある物に目を奪われ、言葉を止めた。


 それは、本を二冊重ねたほどの大きさである金属の箱。

 表面には細やかな装飾が施されており、蓋であろう上面の中央には黄色の宝石が嵌め込んである。

 一見すると何の変哲もないただの綺麗な宝石箱にしか見えない。

 しかし、なぜか不思議と吸い込まれるような魅力がその箱にはあった。


 店主の女性は私の視線に気付いたのか。

 その金属の箱をちらりと横目で見ると、納得したように頷いた。


「ああ、これが気になるのかい?」

「あ、えっと……はい」

「ふふ、正直でよろしい。これはオルゴールと言う機械だよ」


 女性はオルゴールという名前らしい箱の上面の蓋を開け、中身が私に見えるようにカウンターの上へ置いた。

 覗き込んでみると、箱の中には歯車や突起の付いた太い筒など、金属の部品が所狭しと詰め込んであるのが見える。

 ただの入れ物ではなく、何かの機械のようだ。


「知人からただ同然で譲り受けたものなんだが、どうやら壊れていてね」

「壊れているんですか。というより、何をする機械なんですか?」

「これは自動で音楽を鳴らしてくれる機械さ」

「へえ、音楽ですか」


 そういえばロザリーもよく鼻歌を口ずさんでいるなと思い出す。

 それに、収穫祭で吟遊詩人の歌や演奏会、合唱などを聞いている時も、普段より楽しそうにしていた気がする。

 このオルゴールと呼ばれる箱に不思議と惹かれたのも、何かの縁かもしれない。

 私はカウンターから身を乗り出すように女性に詰め寄る。


「あの。このオルゴール、私に売って頂けませんか?」

「別に構わないが……壊れているのだぞ?」

「それは大丈夫です! 腕利きの職人に心当たりがありますから――」


 戸惑った様子の店主の女性に向かって、私は自信ありげに笑顔を浮かべた。


 ◇◇


「――という訳なんです!」

「レティ……あんた意外と無鉄砲なところあるよな?」


 雑貨屋でオルゴールを購入したその足で向かったのは、技師さんたちが集まる工房。

 そこにいる知り合いの技師、ヴァネッサさんにオルゴールを見せつつ、私はことの経緯を語った。

 ……はずなのだが、第一声でなぜか無鉄砲と言われてしまい首を傾げる。


「そうですか?」

「ああ。もしオレが直せないって言ったらどうするつもりだったんだ?」

「あっ、考えてなかったです。ヴァネッサさんならできるって普通に思ってました」

「……あーもう、分かった分かった。ちょっとこれ借りるぜ」


 ヴァネッサさんはぷいと視線を逸らして頭を掻く。

 そしてオルゴールを持って奥の作業場に引っ込んでしまった。


「怒らせちゃったかな?」

「ははっ、ありゃ照れてるだけだ」

「大丈夫だ、気にすんな」


 後ろ姿を眺めながら独りごちていると、近くで見ていた技師さんたちが笑ってそんなことを言う。

 よく分からないが、怒っている訳ではないようなので一安心である。

 そのまま工房内をぼうっと眺めること十数分。

 ヴァネッサさんがオルゴールを片手に戻ってきた。


「ざっと確認してみたが、これなら直せそうだぜ」

「わあ、ありがとうございます!」

「話は最後まで聞け。直せそうだが、ねじまきがないんだ」


 ヴァネッサさんはオルゴールの蓋を開けると中の機械、その左上部を指差した。

 そこには何かを差し込むためのような穴が空いている。

 おそらくこの穴にねじまきを刺すのだろう。


「そこで提案なんだが、レティがねじまきを作ってみないか?」

「私が、ですか?」

「ああ。これはロザリーへのプレゼントなんだろ? 部品くらい、レティが作ってみたらどうかと思ってな」


 買ったものをそのまま渡すならいざ知らず。

 今回は私が手を出せる部分があるのだし、そちらの方が気持ちもこもる気がする。

 ヴァネッサさんの提案に、私は両手を軽く打ち鳴らすように合わせた。


「良いですね! 分かりました、やってみます!」

「おう、そうこなくちゃな! 錬金術に使う物って今持ってるか?」

「あ、はい」

「じゃ、ちょっと向こうで待ってな。すぐに設計図描いてくるから」


 それだけ言い残すと再度オルゴールを持ってどこかへ行ってしまう。

 ヴァネッサさんを見送った後、私は言われた通り工房の一角へ移動する。

 本来は部品の加工をする場所なのだろう、木材や鉄材の屑がテーブルや床に散乱している。

 特にすることもないのでテーブルの上を片付けたり錬金術の準備をしたりしていると、やがてヴァネッサさんが帰ってきた。

 私の向かい側に座ると手にしていた紙を広げる。


「ほら、これがねじまきの図面だ」


 紙にはねじまきが、大きさや形などこと細かに描かれていた。

 図面を見る限り、直径三センチにも満たない大きさのようだ。


「思ったより小さいですね……」

「箱がこの大きさだからな。使われている部品もどうしても小さくなるんだ。難しいか?」

「いえ、大丈夫ですよ」


 これよりさらに小さくなると厳しいが、このサイズであれば問題ない。

 そう伝えるとヴァネッサさんは安心したように胸を撫で下ろす。

 そして一緒に持ってきた小さな鉄の塊をいくつかテーブルの上に置いた。


「これだけあれば十分だと思うけど、もし足りないようなら言ってくれ」

「分かりました。何から何までありがとうございます」

「はは、気にすんな。じゃ、オレはこっちで作業してるから、何かあれば呼んでくれよ」

「はい!」


 近くのテーブルに座り直したヴァネッサさんは、オルゴールを慎重に分解していく。

 私も「よーし」と独りごちてから図面とにらめっこ。

 元素は扱わないうえに形も複雑ではないので、エーテル操作も大して難しくはならなさそうだ。


 数分ほど図面を眺めてエーテルを流す量やタイミングを決め。

 スクロールに描かれた図形の中心に鉄の塊を一つ載せ、私自身もスクロールの端へ手を置いた。


 一度深呼吸して心を落ち着けると、スクロールへエーテルを注ぎ込んでいく。

 タイミングの良いところで手を離すと、すぐに光が溢れ金属を覆っていき、数秒ほどで収まった。

 私はできあがったねじまきを拾い上げていろいろな角度から眺めてみる。


「うん、問題ないかな?」


 近くにあった()()()()で図面とサイズがあっているかを測った後。

 私はさっそくねじまきを持ってヴァネッサさんのところへ見せにいくことにする。

 ヴァネッサさんはオルゴールを分解しながら図面を引いているところだったが、私に気付くと顔を上げた。


「おう、レティ。もうできたのか?」

「はい。図面に書かれている大きさ通りのはずですけど、確認して貰っても良いですか?」

「もちろんだ。貸してみな」


 ねじまきと図面を渡すとさっそく大きさを確認していくヴァネッサさん。

 しかし、すぐにきょとんとした顔を浮かべながら、ねじまきと私を何度か交互に見た。


「あれ、ひょっとして駄目でした?」

「……あ、いや。思ったよりもできが良かったから驚いただけだ」

「ほっ。なら良かったです」

「ほんとに凄いぜ、レティ。短時間でここまでの精度の物が作れるなんて。正直、オレが作るよりよほど精巧だぜ?」

「あはは、それは言い過ぎですよ」


 もちろん私だって錬金術の腕は以前よりだいぶ上がってきているとは思う。

 それでも、さすがに技師であるヴァネッサさんには敵わないだろう。

 まあ、錬金術であれば短時間で作れるという利点は確かに存在するので、どちらも一長一短であるか。


「いや、今後レティに部品の発注を掛けてもいいくらいだぜ? ……ま、それは置いとくとして。これなら十分使えるだろうよ」

「じゃあ……」

「ああ、後はオレがこの箱……オルゴールって言ったか? しっかり直してやるよ」

「ありがとうございます、ヴァネッサさん!」


 任せろとばかりに親指を立てたヴァネッサさんに、私も顔を綻ばせてお礼を言う。


 そして三日後、誕生日の当日に受け取りに来ると告げて。

 私はヴァネッサさんにオルゴールを預けて工房を後にしたのだった。

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