錬金術師とクーレ溶液
「あった、これが『四つ葉』でしょ」
「うわあ、こんなにいっぱい……!」
ロザリーの案内で辿り着いた森林の一角。
木々の間に『四つ葉』が所狭しと生い茂っていた。
近付いて屈んでみると、小さな葉にしっとりと含んだ朝露が水晶のように光っているのが見える。
さっそくローブから小ビンを取り出し、その朝露を丁寧に採取する。
それを何度か繰り返し、持ってきた小ビン三つが全て一杯になったところで私は腰を上げた。
「うん。品質も十分だし、これだけの量があれば当分困らないかな。ありがとね、ロザリー」
「どういたしまして。じゃあ、次は『フィナール草』を探すんだっけ?」
「あ、それなら大丈夫。ここに来る途中で見掛けたから」
辺りを見渡し始めたロザリーに、私は小ビンをしまいながらそう告げる。
薄暗いうえに遠目だったから確証はないが、『フィナール草』で間違いないだろう。
あの特徴的な細長い葉っぱはそう多く見かけるものではない。
「そうなの? 言ってくれれば良かったのに」
「『四つ葉の朝露』の方が取れる時間が限られてるからね」
森林の向こうでは既に朝日が昇っているのだろう。
木々の隙間から差し込む光は徐々に強さを増しており、一日の始まりを告げている。
朝露はしばらく日光に当たると消えてしまうため、こちらを優先したのだ。
「なるほど。じゃあ、来た道戻ってみよっか」
「お願い」
再びロザリーに案内されて引き返していく。
私も来た方角くらいなら多分覚えている……と思う。
それでも、周囲に木々しかない中を全く同じ道順で辿っていくのは、森林に慣れている妖精ならではの特技だろう。
そんなことを考えながら周囲を見渡すこと数分。
私は視界の端に特徴的な細長い葉っぱを捉え、足を止めた。
「あ、ちょっと待って、ロザリー」
「見つかった?」
「うん。多分あれだと思う」
少し先まで飛んでいたロザリーが引き返してくるのを見て、私はその葉っぱを指差した。
近寄ってみると、本に描かれていたスケッチや特徴通りの見た目であることが分かる。
あっていたとロザリーに伝えながら採取してローブに括り付けられた袋へ入れていく。
「無事に『フィナール草』も採取できたね。さ、お店に戻ろっか」
「りょーかい」
今度は二人並んでお店へと引き返していく。
お店へ辿り着いたのは、既に東の空に朝日が輝く時間帯だった。
私は採取した『フィナール草』や『四つ葉の朝露』をお店のテーブルに置くと、ロザリーに向き直る。
「ちょっと身体が冷えたからお風呂入ってくるけど、ロザリーはどうする?」
「いいねー。アタシも一緒に入る」
「じゃあ行こっか」
再び雑談をしながらお風呂小屋へ向かい、さっそく浴槽へお湯を溜める。
お風呂小屋の中は陽が差し込むようになっているとはいえ、さすがに服を脱ぐと寒い。
そのうち小屋の中を暖める簡易暖炉的な道具でも作りたいな、と頭の片隅で考えながら、お湯を張った浴槽へと駆け込んだ。
「ふはー。生き返る―」
「あはは、ロザリー、別に寒くはなかったんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれだよ」
湯船に入ったロザリーの第一声に、思わず苦笑しながら突っ込んでしまう。
とはいえ、ロザリーの言ではないが、やはり寒い時期のお風呂は格別である。
体温の下がった身体に熱いお湯がしみ込んでいき、氷を溶かすようにほぐれていく。
このお風呂を作ってくれたヴァネッサさんたちには本当に感謝だ。
そうしてロザリーと二人、向かい合って湯船に浸かることしばらく。
天井と壁の隙間から覗く空をぼうっと見上げていたロザリーが、独り言とも思える口調で話し掛けてきた。
「ねえ。レティはさ」
「うん?」
「あと数ヶ月したらオレールのところに戻るんだよね?」
「……うん」
私がこのリガロの街に来たのは、先生が一年間王都へ行ってしまい家を空けるからである。
一年経って先生が戻ってくるのであれば、私も故郷へ戻るのが、当たり前だ。
そう、それが当たり前のはずだし、元から決めていたことでもある。
「そっか。寂しくなるなー」
「……サントスとリガロはそんなに離れていないし、また遊びに来るよ」
「うん、そうだね」
ロザリーは元気のない声で呟くと、しばらく黙りこんだ後、再び口を開いた。
「ねえレティ」
「うん?」
「なんか頭がぼーっとしてきた」
「うん……って、それのぼせてるから!」
いつの間にか耳まで真っ赤になったロザリー。
そんな彼女を抱え、私は慌てて湯船から出ることになった。
◇◇
のぼせたロザリーを介抱して午前中が過ぎ。
簡単にお昼を済ませたところで、私は定位置であるテーブルに腰掛けた。
テーブルの上にはスクロールと錬金術用の器。
さらに四元素に対応する素材に、今朝取ってきた『四つ葉の朝露』の入った小ビンと『フィナール草』が用意してある。
私は気合いを入れるようにセーターの袖を捲ると、胸の前で握りこぶしを作った。
「さて、さっそく作ってみよう!」
「おー!」
向かいにあるイスの背もたれの上で、すっかり元通りになったロザリーが元気良く片手を突き上げる。
元気なのは良いけど、ロザリーは何もしないよね? と心の中で突っ込みながら苦笑だけを浮かべ、私は先生の本を広げた。
見るのはもちろん『クーレ溶液』のレシピが書かれたページである。
『クーレ溶液』は四元素全てを扱うためか、その構造が非常に難解なものになっている。
四元素の素材は各元素の力を高めるための元となり、『四つ葉の朝露』が溶液としての媒体、『フィナール草』が中和剤の役割を果たすとか何とか……。
書き切れなかったのか詳細は省かれているが、とにかく『クーレ溶液』の構造は普通の錬金術師では理解できないほど複雑なのである。
それでも、実は錬金術を使って作るだけであれば全く問題はない。
要は素材の分量と、エーテルを流す量とタイミング。
これさえ分かっていれば、作る道具の構造はあまり気にしなくても良いのだ。
もちろん私もその例に漏れず、『クーレ溶液』の構造はあまり把握していない。
先生が何度か熱く語っていたが、正直に言うといつも話半分で聞いていた。
そんなことを思い出してつい苦笑いしながら素材を器に入れていく。
「レティが葉っぱちぎりながら笑い出した……」
「えっ、あ、違う違う! ちょっと思い出し笑いしちゃっただけだから!」
若干引いたようなロザリーに、私は慌てて弁明。
ロザリーは微笑みを浮かべて「分かってるよ」と頷いてくれたが、あれは絶対に何か勘違いをしている気がする。
後でまたゆっくり説明しようと決意しつつ、やがて本に書いてある分量通り素材を入れ終えた。
「なんか見た目凄いね……。これホントに薬になるの?」
「うん、多分」
透明な液体の底に鉱石と木の実が沈んでおり、表面にはちぎった葉っぱや花びらが浮いている。
さすがに六種類も素材入れるとこうなるよね、という分かりやすい例だろう。
正直自信はないが、先生の書いたレシピに万が一も間違いはないはずだ。
「じゃあ、とりあえず作ってみるね」
「頑張れ―」
ロザリーの間延びした応援を受けながら、私はスクロールへ手を伸ばす。
目を閉じ、エーテルを流す量やタイミングを頭の中で何度も反芻する。
そして最後に深呼吸を一つすると、私は目を開けてエーテルを流し込み始めた。
四種類の素材から順に元素の力を引き出し、それを『フィナール草』で馴染ませながら溶液に溶かしていく。
「――きゃっ!?」
けれど、途中で腕にピリッとした違和感を覚え、思わずスクロールから手を離してしまう。
途端にスクロールから溢れた光が素材を覆い――。
やがて久しぶりの黒い物体ができあがった。
「うわあ……。って、レティ、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫、何ともない」
腕を摩ってみるが特に痛みや違和感はない。
エーテル操作も左右で順番に行っているから、負荷が掛かっている訳ではないだろう。
となると、考えられるのは……。
「何かが間違っている……?」
首を傾げるロザリーを横目に、私は本を拾い上げて『クーレ溶液』の説明を再度読んでみる。
素材の種類と量、エーテルを流す量とタイミング……どれも合っているはずだ。
置いてけぼりにしていたロザリーがイスからふわりと飛び上がり、私の肩越しに本を覗き込む。
耳元で「うーん」と悩む声が聞こえてきてちょっとくすぐったい。
「ねえ。これって、できあがるのは液体なんだよね?」
「そうだよ」
「ならさ、この木の実とか石とかも、全部溶けるの?」
そう言ってロザリーが指差したのは、未使用の『カエンの実』と『グラン鉱石』。
確かに、言われてみると不自然だ。
花びらや草はまだ分かるが、特に鉱石が液体に溶けるとは思えない。
しかしレシピを見直しても素材として使うのは間違いないようだ。
「溶ける訳ないけど、素材は間違っていないし……。あ、もしかして」
ふと思いたことがあり、バタバタと近くの棚まで駆け寄る。
そして引き出しを漁って錬金術用の器の予備を取り出した。
テーブルまで戻ると器の中の失敗作を破棄し、そこに四元素の素材を入れていく。
ここまではさっきと同じだ。
次に、私は持ってきたもう一つの器に『四つ葉の朝露』と『フィナール草』を入れる。
最後に素材を分けた二つの器をスクロールの上へ置いた。
「へー、容器を分けたんだ。これでも錬金術は使えるの?」
「うん、使えるよ」
スクロールに描かれた図形と素材が間接的に触れていれば問題ない。
よくよく思い出してみると、中が二つや三つに区切られた錬金釜なんてものも昔見たことがあったのだ。
当時は使い方が良く分からなかったが、今になってみれば素材を分けるためなのだと予想できる。
とはいえ、これが正解かどうかはまだ分からないのだが。
「よし、もう一度やってみるね」
「気を付けてねー」
手を振りながら離れていくロザリーに微笑みを返す。
念のため手を握ったり開いたりしてみるが、痛みや違和感はないので大丈夫そうだ。
心を落ち着けるように深呼吸を一つして、おもむろにスクロールへ手を伸ばした。
エーテルの流し込みは先ほどと同じ。
器が分かれているのでそこだけ意識して身体の中のエーテルを操り、スクロールへ流し込んでいく。
量とタイミングを間違えないよう丁寧に、繊細に。
そして――。
「ふわあ……!」
ロザリーの歓声にも似た驚きの声が上がる。
スクロールから手を離すと同時に溢れた、眩しいほどの純白の光。
小さな太陽のごとき眩しさに手をかざしていると、やがて光が収まった。
器の中を覗き込むと、片方には色が抜けたような灰の山、もう片方には無色透明の液体が入っていた。
この灰はおそらく四元素の素材の抜け殻だろう。
間違って混ざらないようにそっと離しておき、もう一つの液体の入った器を持ち上げる。
ロザリーもテーブルから飛び上がって覗き込んでくるが、一見ただの水にしか見えない。
しかし、窓から差し込む光に照らしてみると、水面の揺れにあわせて緑や青など色を変えていく。
まるで虹を溶かしたようなその神秘的な液体に、私もロザリーも思わず見惚れてしまう。
「これが『クーレ溶液』?」
「うん。先生の本には不思議な色って書かれていたから、どんな色なんだろうって思っていたんだけど」
「確かに不思議な色だねー」
これを色と言って良いのかは疑問であるが、それはさておき。
私はロザリーに見守られながら『クーレ溶液』を慎重にビンへと移して蓋を閉め……。
「やったー! できたー!」
イスの背もたれに身体を預け、諸手を挙げて喜びを表すのだった。




