錬金術師とレシピ本
「できた、のかな」
私はそう呟きながらスクロールに添えていた手を離して器の中を覗く。
そこには飴のような乳白色の粒がいくつか転がっていた。
一粒摘み上げて形や色など確認し、問題ないと確かめてから覚悟を決めて口の中に放り込む。
途端に鼻の方まで抜けてくる、何種類もの野草を混ぜてそのまま煮詰めたような青臭さ。
私は慌てて用意しておいたコップに手を伸ばした。
「――ふう。確かにこれは効き目がありそうだけど……」
水を流し込んでなんとか口の中を洗い流し一息つく。
テーブルの上にある本を手に取り、改めて広げてあるページに目を通してみる。
この丸薬は風邪などの軽い症状の病気に効き目がある、と先生の字で書かれているが……。
「もう少し味をどうにかできなかったのかな」
もちろん本には味のこともしっかりと記載されている。
それでも思わず呟かずにはいられないほど、口に入れるものとしては衝撃的な味である。
――まあ、それはそれとして。
問題なく作れたようだし、この丸薬のレシピも完成ということで大丈夫だろう。
私は本をパラパラとめくってレシピが書かれているページを確認してみる。
「素材が手に入らない物は仕方がないとして、あとはこれと……」
秋の収穫祭が終わってから早一月半。
私はいつにも増して錬金術の練習に熱中していた。
それは、ここ数週間で目覚ましく裁縫の腕を上げているアリエルちゃんに触発された、というのもある。
しかし何より、私がリガロの街に来てから半年以上過ぎ。
同時にこの街にいられる時間が残り半年を切ったという事実に気付いたことが大きいだろう。
ゆえにここ最近、先生から貰った本にあるレシピの中で使えそうなものを片っ端から作っていっている。
もちろん素材が手に入らない物や、作ってもあまり使い道がないような物は別ではあるが。
「うーん……。やっぱり問題はこのレシピかあ」
「何のレシピ?」
「――ひゃうっ!?」
突然耳元で発せられたロザリーの声。
久々の不意打ちに私は飛び上がるように驚いてしまう。
早鐘を打つ胸を押えて振り返ると、目を丸くしたロザリーがふわふわと浮かんでいた。
「も、もうっ、ロザリー。ちゃんと声掛けてよ」
「何回も掛けたよー。でもレティ、さっきから一人でぶつぶつ呟いて、全然返事しないんだもん」
「あ、そうだったの。ごめん、集中していて気付かなかったみたい」
どうやら単に私が気付かなかっただけのようだ。
ロザリーはあっけらかんとした様子で「別にいいよー」と言った後、テーブルの上に降りて広げていたレシピを覗き込む。
「それで、また錬金術のレシピ見てたの? 最近頑張るねー」
「うん、まあね」
「えーっと、なになに……『エリクシール』?」
広げていたページに書かれているのは、『エリクシール』と呼ばれる薬。
万病に効き、飲めば不老不死になると伝えられる至高の霊薬『エリクサー』――その名を捩った薬だ。
かつて『エリクサー』の研究をしていた錬金術師が劣化品として作り上げたのが、この『エリクシール』である。
劣化品とはいえいくつかの病を治す効果を持っており、当時の王太子が患っていた不治の病から救ったという過去を持つ。
国王はその功績を称え、『エリクサー』の名前を捩って『エリクシール』と名付けたらしい。
そんな説明を読み上げたロザリーが、好奇に満ちた目で私を見上げてきた。
「レティ、これ作るの?」
「うん無理。そもそも素材が足りないよ」
例え錬金術の腕が足りていたとしても、残念ながら一部の素材が非常に希少かつ高価なのだ。
その素材だけで数年は遊んで暮らせるような金額が必要になるだろう。
明らかに一介の錬金術師が手を出せるような代物ではない。
では、なぜこんなレシピが先生お手製の本に載っているのかと言えば……。
「私が作るのはこっち」
「……えっと、『クーレ溶液』?」
私が指差したのは『エリクシール』を作るための素材の一つ、『クーレ溶液』。
次に作ろうとしているのはそれである。
「うん。この『クーレ溶液』は四元素の力を高める効果がある液体でね。一流の錬金術師になるための登竜門でもあるんだ」
「……とうりゅうもん?」
「これを作れれば一人前の錬金術師に一歩近付けるってこと」
「おー、凄い!」
簡単に説明するとロザリーが手を鳴らす。
まあ、言うのは簡単だが、実際はかなり難しいレシピである。
なにせこの『クーレ溶液』を作るためには、四元素全てを同時に扱わないといけないのだ。
私も今まで水と土、風と火など同時に二元素までは扱ったことがあるが、それ以上は未知の領域である。
そもそも三元素以上を扱って作るような道具自体が稀なのだ。
それだけ『クーレ溶液』、しいては『エリクシール』のレシピは難易度が高いと言える。
「という訳で、まずは採取からかな」
「また街の外に行くの?」
「ううん。多分必要な素材はこの森林にあると思う」
『クーレ溶液』を作るのに必要な素材は全部で六種類。
四元素――すなわち、火、水、土、風に対応する素材が四種類。
火は『カエンの実』と呼ばれる硬い殻で覆われた木の実を乾燥させた物、水はジュストさんから大量に貰っている『聖水』。
土は『グラン鉱石』という鉱石を使い、風も『フウラン』という花を使う。
これらは全て手元にあるので問題ない。
そして残りの二種類、『フィナール草』と『四つ葉の朝露』。
どちらもこの森林にあると私は見ている。
私たちの住む『妖精の贈り物』を取り囲む森林は、全てロザリーの妖精としての影響によって広がっている。
妖精の力は想像以上に強いようで、本来は違う地域でしか生育しないはずの植物もさも当然のように育っていることがある。
『フィナール草』も『四つ葉』も森林で生育する植物であるため、この森林にある可能性が非常に高いのだ。
『クーレ溶液』のレシピを広げながらそう説明すると、ロザリーはしばらく考え込んだ後、首を縦に振った。
「うん、確かに『四つ葉』なら生えてる場所知ってるよ」
「さすがロザリー、頼りになる!」
「えへへー。あ、でも、こっちの『フィナール草』は分かんないや」
照れたように破顔するロザリー。
しかし、すぐに素材という項目に書かれた『フィナール草』を指差して首を傾げた。
「『フィナール草』もそこまで珍しい植物じゃないから、探せばすぐ見つかると思うよ。『四つ葉』の場所が分かっているだけでも助かるし」
「ならいいけど」
『四つ葉の朝露』は、名前の通り『四つ葉』という植物から早朝にのみ取れる素材である。
採取できる時間が限られているため、事前にその場所だけ探しておかなければと思っていたのだが……。
ロザリーが知っているなら探す手間も省けるのでありがたい限りだ。
「じゃあ、さっそく明日の朝、案内お願いしても良い?」
「うん、任せてー」
ドンと胸を叩いたロザリーに、私は「よろしくね」と言って。
翌日に備えて、その日の錬金術の特訓はそこで終了したのだった。
◇◇
「うう、寒い!」
「アハハ。レティは寒がりだねー」
「いやいや、もうすぐ十二月だよ! むしろロザリーこそ、その恰好で寒くないの?」
まだ朝日が昇り始める前の、空が白んでいる時間。
私はかじかむ手でマフラーを口元まで上げた。
隣ではロザリーが、いつもの黄色いノースリーブドレスの上から肩を隠すようにストールを羽織っただけの恰好でふわふわと飛んでいる。
正直、見ているだけでも寒くなるのだが、当の本人は平然とした顔だ。
対する私はセーターの上からさらにローブを着て、スカートの下はストッキングを履いた完全防備。
ちなみに、マフラーはアリエルちゃんから貰ったものである。
「んー、別に、慣れた?」
「慣れたって……」
そういえば、ついこの前までお風呂がなく、冬でも井戸で水浴びしていたのだと思い出す。
確かに冬の水浴びに比べたら……いや、そもそも比べるものではない気がする。
「まあまあ。それより準備は良いの?」
「あ、うん。それは大丈夫」
「なら行こっか。付いて来て」
森林の奥へ進み始めたロザリーを追い掛け、私も移動を始める。
もう冬も近いためか日が昇るのが遅く、早朝でも森林の中はかなり薄暗い。
『懐中石灯』を持ってこれば良かったと反省しつつ、足元に気を配りながら進んでいく。
数分ほど歩いたところで、前を飛ぶ小さな後ろ姿を見て、ふと昔を思い出して口を開いた。
「なんか懐かしいね」
「……どしたの突然?」
きょとんとした表情を浮かべて振り返るロザリー。
あわせて私も足を止めると、懐かしむように辺りを見渡した。
「いや、こうやってロザリーに案内されながら森の中を歩いているとね。私が初めてここに来た時のことを思い出すなあって」
今から半年以上前。
私がこのリガロの街に来て、そしてロザリーに会った次の日。
その日もこうしてロザリーに案内されて、錬金術の素材となる『オウカ草』を採取しに森林を訪れていた。
奇しくも今の状況に似ている。
「あの頃のロザリーは妖精の力をそれとなく隠そうとしていたよね」
「そんなこともあったねー。まあ、大した理由じゃないんだけど。ほら、前に行った古びた教会、覚えてる?」
「うん。ノワールと会った場所だよね」
不思議なネコの妖精ノワールと出会った場所のことだろう。
そう言うとロザリーはしかめっ面を浮かべた。
やはり本当に仲が悪いようで、思わず苦笑いをしてしまう。
「……ま、その教会。かなり蔓に覆われていたでしょ?」
「うん、壁がほとんど見えなかったね。確か、もう使われなくなってから十年以上経つんだよね」
「そうだけど、そうじゃないんだ。あの蔓、アタシが住んでいた半年で急激に成長したものなんだ」
どこか懐かしむように、ロザリーは木々を見上げながら言葉を紡いでいく。
「まあ、あそこまで酷くなったのは年数が経ったからだけど。それでも、アタシがいた半年で、それまで何ともなかった教会に突然蔦が絡み始めたのは確かだよ」
「もしかして、それで何か責められたり……?」
「いや、別に何も? ただ、それを機に新しい教会を建てる話が進んでいってね。自分の影響力に自分でびっくりしたってだけの話」
苦さをほのかに含んだ笑みを浮かべて「大した理由じゃないでしょ?」と振り向いたロザリー。
私はそんな彼女の頭に手を伸ばし、指先でそっと金色の髪を撫でた。
ロザリーは驚きと恥ずかしさが同時に来たように、ほのかに頬を染めつつ目を大きく開く。
「ふあっ! ど、どうしたの、突然?」
「うーん、なんとなく?」
「なんとなくって……。って、ちょっ!? 撫で回すなー! 頭揺れる―!」
「うりうりー」
ぐりぐりと撫で回す手を払いのけるように暴れるロザリーだが、体格差的に逃れられないでいる。
まあ、飛んでいるんだし下に逃げれば良いだけの話ではある。
しかしそれをしないのは、本気で嫌がっているわけではないからだろう。
それからしばらく頭を撫で回し続け……。
さすがにやり過ぎたのか、むすっとしたロザリーの機嫌を取るのにさらに時間を要したのだった。




