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錬金術師と準成人の儀

 秋の収穫祭、二日目。

 露店は初日に張り切って見て回ってしまったため、この日は広場で出し物を見ながらゆっくりすることに。


 舞台では剣舞や演劇、演奏会などが行われ、賑わいを見せていた。

 街に住む女性が集まってできた婦人合唱団なんてものもあり、牛乳屋のマチルドさんが出てきた時には驚いたものだ。

 昼休憩などの開いた時間で南の大通りにある露店を巡り。

 食べ歩き用のお菓子を持ってまた出し物を見る。


 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ――。


 そして三日目。

 秋の収穫祭、最後の日がやって来た。


 ◇◇


「ロザリー。アリエルちゃんたち見つかった?」

「もうちょい待って……。おっ、発見!」


 大きな声を上げながらロザリーがどこかを指差した、ような気がする。

 正直に言うと、太陽が逆光になってはっきりと見えない。


「ロザリー、降りて来て案内お願い」

「りょーかい」


 人混みを上から眺めていたロザリーが私の肩にぽすんと着地すると、「あっち!」と少し右手を指差した。


 秋の収穫祭三日目にして目玉イベント、準成人の儀。

 その年で十歳になる子どもが教会へ赴き、それまでの成長の感謝と今後の健康をお祈りする式典。

 今年で十歳となったアリエルちゃんの晴れ姿を見るため、私とロザリーはその出発地点である場所――街の北にある小さな広場にやって来ていた。


 リガロの街は王都から離れているとはいえ、そこそこに大きな街である。

 当然住んでいる人の数も多く、小さな広場は着飾った子どもやその家族で溢れかえっていた。

 子どもだけでも軽く百人は超えているのではないだろうかと思うほどだ。


 その中で一組の家族を探すといっても至難の業で、仕方がなくロザリーに上空から探して貰っていたのだ。

 ロザリーの案内に従って歩くことしばらく、やがて見知った顔の一家が見えてきた。

 ドレスを着たアリエルちゃんと、そのお母さんのマリーさん、そしてポーラさんの三人だ。


「あ、いた! おーい!」

「あー! お姉ちゃんと妖精さんだ!」


 ロザリーが陽気に声を掛けると、私たちに気付いたアリエルちゃんが満面の笑顔を浮かばせながら駆け寄ってくる。

 腰のあたりからふわっと広がるスカートが風になびき、胸元に添えられた小さな花が揺れる。

 私は飛び込んできたアリエルちゃんをお腹で抱き留めた後、目線を合わせるように少し屈んだ。


「こんにちは、アリエルちゃん。そのドレス、良く似合ってるよ」

「えへへー。ありがとう、お姉ちゃん!」


 赤とピンクを基調としたドレス姿ではにかむ様子は、まるで絵本から抜け出してきたお姫様のようだ。

 艶やかな黒髪は以前私がやった時よりも丁寧に編み込まれ、赤い花の髪飾りで留めてある。


「その髪型はマリーさんにやって貰ったの?」

「うん! 可愛くしてってお願いしたの!」

「そっか、良かったね。前よりもずっと可愛いよ」


 少し横を向いて頭を見せてくれるアリエルちゃん。

 その髪型を褒めつつ眺めていると、遅れてポーラさんとマリーさんがやってきた。

 私は屈めていた腰を伸ばし、軽くお辞儀をする。


「こんにちは。アリエルちゃんの準成人、おめでとうございます」

「あら、ありがとう、レティちゃん」

「こんにちは、レティさん。そういえば、まだちゃんとお礼を言っていなかったわね。あの髪飾り、娘がとっても喜んでいるわ。ありがとう」

「いえ、どういたしまして。喜んでくれたのならそれで十分です」


 マリーさんが頭を下げたので、慌てて顔の前で両手を振る。

 あの髪飾りはアリエルちゃん自身が作った物で、私はそれを手伝っただけ。

 それでも、喜んでくれているのであればやっぱり何よりも嬉しく思う。


 いつの間にか肩から降りていたロザリーがアリエルちゃんと仲良く喋っているのを、私とポーラさんとマリーさんの三人で微笑ましく見つめる。

 しばらくそうして過ごしていると、遠くから教会の鐘の音が鳴り響いた。

 出発の時間が来たようだ。


「じゃあ、アリエルちゃん。頑張ってね」

「いってらー」

「アリエル、しっかり胸を張って歩くのよ」

「うんっ! 行ってくるの!」


 アリエルちゃんが手を振りながら大通りへ向かっていく。

 ここからは準成人の儀を受ける子どもたちだけで固まり教会――もちろん新しい方――へ向かって歩いて行くことになる。

 とはいえ、もちろん付き添いの家族も沿道から見守りながら一緒に付いていくのだが。

 私も戻ってきたロザリーを肩に乗せ、ポーラさんたちと一緒に移動を始める。


 祝福や賛辞の言葉、歓声、拍手などが鳴り響く中、着飾った子どもたちが大通りを歩いて行く。

 大通り沿いにある建物の窓からも人々が顔を覗かせ、手にしたカゴから花吹雪を舞わせる。

 秋の陽もみんなを祝福してくれているのだろうか。

 柔らかく射し込む光に照らされた子どもたちが、無邪気さが残る屈託のない笑みを浮かべて手を振り返す。


「なんか、昔を思い出すなあ……」


 誰もが笑顔を浮かべる温かな光景を眺めながら、ふと私は独りごちる。

 その呟きが聞こえたのだろうか。

 ニコニコと大通りを見つめていたロザリーが小さく首を傾げながらこちらを向いた。


「昔って、レティの準成人の儀のこと?」

「うん」


 この街ではないものの、私も五年前、ああしてたくさんの人から祝福されながら通りを歩いた。

 花吹雪が舞う中、きょろきょろと見渡して先生を見つけて手を振れば、先生も微笑んで手を振り返してくれる。

 そんな光景を今でもはっきりと覚えているし、私の大切な記憶の一ページだ。


「あの時は先生に見守られながら私が通りを歩いたけど、今度は私が見守る側になるなんて、なんか感慨深いね」

「レティの子どもも、もうあんなに大きくなって……」

「――もうっ、茶化さないの!」

「アハハ、ごめんごめん。あっ、ほら、アリエルちゃんが手を振ってるよ!」


 誤魔化すようにロザリーが大通りを指差すので見てみれば、アリエルちゃんがこちらを見て手を振っていた。

 あの赤い髪飾りは遠くからでも良く目立ち、アリエルちゃんがどこにいるのか一目で分かる。

 もしかしてあの髪飾りには我が子を見つけやすいようにという意味も込められているのだろうか。

 そんなことを考えながら、私も微笑んで手を振り返した。


 やがて一行は教会の前へ辿り着く。

 ぞろぞろと教会の中へ入っていく子どもたちを見送っていると、ロザリーが「あれ?」と声を上げた。


「アタシたちは入らないの?」

「うん。教会はそんなに広くないし、すぐに出てくるからここで待機」


 この後、子どもたちは教会で神父から祝辞の言葉を貰うのだ。

 とはいえ祝辞は十分くらいで終わるので、付き添いはこうして教会の前で待っているのが通例となっている。


 ちなみにこの祝辞の言葉、昔はかなり長くて一時間以上かかっていたらしい。

 しかし、子どもたちは途中で寝てしまうし、待っている家族も退屈。

 そのため年々短くなっていったという何とも面白い生い立ちがある。


「あ、出てきたよ」


 アリエルちゃんを待ちながら、マリーさんから昔話を聞かせて貰うことしばらく。

 ロザリーが教会を指差したので視線を向けると、他の子どもと話をしながらアリエルちゃん教会から出てきたところだった。

 アリエルちゃんは私たちに気付くとその女の子と手を振り合いながら別れて駆け寄ってきた。


「ただいま!」

「お帰り、アリエルちゃん」

「お帰りなさい、アリエル。疲れたでしょうし、どこかに移動しましょう。レティさんたちもぜひ一緒来てちょうだい」

「お姉ちゃんも一緒にお話ししよ!」

「うん。じゃあ、ご一緒させて頂きますね」


 準成人の儀は教会でお話しを聞いて終わりのため、出てきたアリエルちゃんを連れて少し歩き、大通りから一本外れた道にあったカフェに入る。

 落ち着いた内装のカフェだが、お祭り、特に準成人の儀の直後ということもあり、店内はかなり賑わっていた。

 皆考えることは同じなのか、着飾った子どもを連れた親子の姿もちらほらと見える。


 四人掛けテーブルに案内された私たちは、各々注文したケーキなどを食べながら話に花を咲かせる。

 しばらくして、ケーキも食べ終え水の入ったコップを傾け、喉を潤していると、向かい側に座ったマリーさんが「そういえば」と口を開いた。


「レティさんって今は十五歳よね。錬金術はいくつの時から始めたの?」

「ええっと……確か、十歳の頃ですね」

「今のアリエルと同じ歳ね。やっぱり、その頃から錬金術師になりたいと思っていたのかしら?」

「漠然とですけど、そうですね。先生……育ての親が錬金術師だったので、私もそうなりたいなって」


 先生の背中を見て育ってきた私が、先生と同じ錬金術師になりたいと思うのは自然な流れだろう。

 もちろん今は、錬金術を通してたくさんの人の役に立ちたいと、私自身が心の底からそう思えている。

 でも、一体私の経歴がどうしたのだろうか?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、マリーさんはくすりと笑う。


「実はね。あの髪飾りを持って帰って来た日から、アリエルが裁縫師になりたいって言い出したのよ」

「あーっ! お母さん、なんで言っちゃうの!」

「あら、駄目だったかしら?」

「だめじゃないけど……もうっ!」


 隣を見るとアリエルちゃんが膨れっ面になってマリーさんを可愛く睨んでいる。

 裁縫師になりたいって、もしかして髪飾りを作った影響だろうか。


「その子は元々裁縫に興味があってね。それでまずは簡単な編み物を教えていたのよ」

「そうだったんですね」

「あっ、おばあちゃんまで!」

「うふふ。じゃあ、ここからはアリエルが言うのよ?」

「分かってるの!」


 ポーラさんの言葉でさらに頬を大きく膨らませたアリエルちゃんだったが、しかしキュッと表情を引き締めると身体ごと私の方を向いた。

 私も腰を浮かし、身体を右へ回してアリエルちゃんと向かい合うように座り直す。


「お姉ちゃんに、渡したいものがあるの」

「渡したいもの?」

「うん。おばあちゃん、袋とって」


 ポーラさんが膝の上に置いていたカバンから小包を取り出しアリエルちゃんに手渡す。

 大き目の本くらいの大きさだろうか、可愛くラッピングされた小包をアリエルちゃんは一度胸に抱く。

 そして深呼吸をすると、緊張した様子でおずおずと差し出してきた。


「これ、受け取ってほしいの」

「ありがとう。えっと、開けても良い?」

「うん」


 アリエルちゃんから小包を受け取り、頷くのを確認してからラッピングを破らないようにそっと開ける。

 中から現れたのは、毛糸で編まれた真っ白なマフラー。

 その端には赤い糸で『L・R』――恐らくレティシア・ライエのイニシャルであろう刺繍が施されていた。

 一緒になって覗いていたロザリーが「わあ」と感嘆の声を上げたのが聞こえる。


「綺麗なマフラー!」

「だね。ふふっ、あったかい」


 軽く頬を埋め、その温かさ思わず笑みが零れる。

 アリエルちゃんの方を見ると、緊張と嬉しさが入り混じったように口元をむずむずとさせていた。

 そんな彼女に私は安心させるように笑い掛ける。


「これ、アリエルちゃんが編んでくれたの?」

「うん、わたし一人であんだの。それと、ししゅうもおばあちゃんに習ってやってみたんだ」

「凄いね! マフラーも刺繍も、凄く上手にできているよ!」

「えへへー」


 緊張も解けたようで、嬉しそうに顔をほころばせるアリエルちゃん。

 そういえば以前、公衆浴場で会った時に、何か作ってくれると言っていたのを思い出す。

 もしかしてその約束を覚えていてくれたのだろうか。

 そう尋ねてみると、アリエルちゃんは首を横に振った。


「それもあるけど、それはお礼なの」

「お礼?」

「うん。この髪飾りをいっしょに作ってくれたお礼!」


 アリエルちゃんは自分の髪に留めてある髪飾りをそっと撫でる。

 途端、胸の奥からじんわりと温かいものが溢れてくるのを感じる。

 私はその温かさを確かめるようにマフラーを胸に抱くと――。


「そっか。うん、ありがとう、アリエルちゃん。大切にするね!」


 そう言って、満面の笑みを咲かせたのだった。



 その後、アリエルちゃんたちと一緒に露店や広場の出し物を見て回り……。

 三日間に渡った秋の収穫祭は、あっという間に幕を下ろした。

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