錬金術師と吟遊詩人
タルトを食べ終えた私とロザリーは、そこでダミアンさんやエマさんと別れ、引き続き露店を巡り始めた。
やがて広場を一周し終えて。
時計塔を見上げると、正午を少し過ぎた時間だった。
本来ならそろそろ昼食を考え始める時間だが、今日はずっと露店で買い食いしていたため、あまりお腹は減っていない。
私はしばらく悩んだ後、左肩に座っているロザリーに話し掛けた。
「ロザリー。もうお昼だけど、この後どうする?」
「ん、どうするって、お昼ご飯?」
「それも含めて、かな」
「うーん……」
ロザリーもあまりお腹が空いていないのだろうか。
気乗りしない様子で唸ったのもつかの間、きょろきょろと辺りを見渡し始める。
やがて広場の北側、ロープの張られた一角を指差した。
「ねえ、朝に会った人、吟遊詩人が来るって言ってたよね?」
「うん。さっき立て札読んだにもそう書いてあったよ」
「じゃあ、それ見たいな!」
私の方に向き直って顔を輝かせるロザリー。
なるほど、せっかくのお祭りだし、吟遊詩人の歌を聴くのは良い考えだと思う。
となると……。
「それなら、まだ時間もあるし大通りの露店でも回ろっか? お腹が空いたらまた何か買えば良いし」
「いいね!」
吟遊詩人の演奏が始まるのは三時から。
今は正午過ぎなので、まだ二時間以上空いている。
西の大通り沿いの露店を巡ってから戻って来れば、ちょうど良い時間になるだろう。
そうと決まればさっそく移動。
再度広場を横切って西の大通りへまで出る。
街の西側は商業区であるためか、露店も食べ物よりアクセサリーや小物、宝石といった物を並べているお店が多い。
来年の収穫祭では、私たちも露店を出して雑貨を売るのはどうだろうか。
ここに並んでいるようにアクセサリーはもちろん、ロザリー作の『紅仙樹』のシロップ、この前作った『アロマソープ』など並べれば、きっと興味を持って貰えるはずだ。
特に『アロマソープ』はロザリーにもヴァネッサさんにも好評だった一品だ。
売上はもちろん、その後『妖精の贈り物』に足を運んでくれるお客さんも増えることだろう。
「……来年、か」
そんな未来に思いを馳せていると、ロザリーが小さな手でぺちぺちと軽く頬を叩いてきた。
「ねえ、レティ!」
「うん? どうしたの?」
「あれやってみたい!」
ロザリーが目をキラキラさせながら前方にある露店を指差している。
やたらと人が集まっているが、一体何のお店なのだろうか。
そう思いつつ近付いてみると、一番前にいた男性が、露店奥に立てられた的を睨んでいる。
そしておもむろに手にした小さなボールを下から投げて――的には当たらず素通りしていった。
「うげー! また外れた!」
「はははっ、残念」
頭を抱える男性に、露店の店主らしき人が「また挑戦してくれよ」と肩を叩いた。
続いてその隣にいた女性が場所を変わり、店主さんからボールを受け取って同じように投げている。
どうやらボールを遠くの的に当てる遊びのようだ。
「へえ、面白そうだね」
「でしょ! さっそく並ぼうよ!」
ロザリーに言われるがまま並びつつ、先に投げている人を眺めてみる。
的の当たった場所によって点数が貰え、中心に近いほど点数が高いようだ。
もちろん外れたらゼロ点である。
三回投げた合計点数に応じて賞品が貰える仕組みらしい。
見た感じでは、投げる位置から的まで距離があるようには思えない。
だが、ボールが小さいためか難しいようで、意外と外している人も多くいる。
やがて私たちの順番が回ってきた。
「お、今度はお嬢ちゃんか」
「あっと……どうする、ロザリー? 先にやる?」
「うん。レティは見ていて」
ロザリーは頷きつつ肩の上からふわりと飛び降りた。
突然妖精が現れたことにその場が騒然となる。
「お、おお!? あんた、もしかして東の森に住んでる妖精か?」
「そうだよ。それよりボールちょーだい」
「おっと、すまねえ。ほらよ。ルールの説明は必要か?」
「ありがと、大丈夫」
受け取ったボールはどうにかロザリーが両手で抱えられるほどの大きさがあるが、どうやって投げるのだろうか。
ロザリーは足を開くとボールを足の間まで下ろし……次の瞬間、前へ押し出すように投げた。
ボールは小さく弧を描くように的へ向かって飛んで行く。
「あっ」
しかし、残念ながらスピードが足りなかったようで、ボールは的に辿り着く前に力尽きてしまう。
続いて二回目、三回目と投げ、三回目でようやく的の端に当たって終了となった。
「残念だったな。ほら、参加賞だ」
「むう……。よし、レティ。アタシのかたきを取ってね!」
「あはは。まあ、頑張ってみるよ」
店主さんから参加賞の飴を受け取ったロザリーが、少しむくれつつ私と場所を変わる。
私はボールを受け取ると軽く深呼吸をして的を見据える。
さすがに二人して参加賞では味気ないし、せめて的には当たって欲しい。
そんな願いを込めて投げたボールは、果たして綺麗な曲線を作りながら的の中心に当たった。
「おおっ! ド真ん中!」
並んでいるお客さんからどよめきにも似た歓声が上がった。
私自身も、まさか真ん中に当たると思ってもおらず、「やった」とこぶしを握る。
ただ、二球目は緊張が解けてしまったのか大きく外れ、三球目も最低点に当たるだけに留まった。
「惜しかったな、お嬢ちゃん。これが賞品だ。中身は開けてからのお楽しみだ」
「分かりました、楽しみにしておきます」
店主さんから手渡されたのは、手のひらサイズの茶色の紙袋。
同じ点数でも賞品はいくつか種類があるらしく、何が入っているかは伺い知れない。
また後でロザリーと一緒に開けようと思いつつ手提げカバンの中にそっとしまう。
その後、私たちは店主さんにお礼を告げ、露店を後にした。
それからも西へと移動しながら露店を巡ること一時間。
西門が見え始めたところでようやく露店が途切れた。
「露店はここまでみたいだね。ロザリー、ちょっと休憩しない?」
「うん、賛成。アタシも疲れたー」
私は近くのベンチに腰を下ろすと、棒になったふくらはぎを摩って伸ばす。
朝からずっと歩きっぱなしだったのでさすがに足が疲れてしまった。
しばらくそうやってマッサージをしていると、隣で足を投げ出して座っていたロザリーがふと思い出したように呟いた。
「そういえばさ、レティ」
「うん?」
「的当てのお店で貰った袋、中身見てみない?」
「あ……忘れてた。ちょっと待ってね」
手提げカバンに入れておいた小さな袋を取り出す。
茶色の紙袋のため中身は分からないが、あまり重さは感じず、軽く振ってみるとシャカシャカと乾いた音が鳴った。
ロザリーがふわりと飛び上がって私の手元を覗き込むのを確認し、折り曲げられた袋の口を伸ばして開けると――。
「……何これ?」
そんな第一声がロザリーの口から漏れる。
片手を皿にして袋を傾けると、中から出てきたのは色とりどりの小粒のお菓子――こんぺいとうだった。
星を象ったようなその特徴的な形を見て、ロザリーは一度空を見上げた後、不思議そうに首を傾げた。
どうやらこんぺいとうを知らないようだ。
ロザリーは星かその欠片とでも勘違いしているのだろうか。
何度も空に視線を向けるその姿に頬を緩ませつつ、こんぺいとうを差し出す。
「こんぺいとうって言う食べ物だよ。とりあえず一粒食べてみてよ」
「え、これ、食べられるの?」
「食べられるよ。まあ、騙されたと思って」
「うーん……分かった」
おそるおそるといった様子で一粒手に取ると、「なんか硬い」と零すロザリー。
意を決したように小さな口に含み……そして見る見るうちに硬い表情を蕩けさせた。
「何これ。甘くて美味しい」
「あはは。まあ、ほとんど砂糖でできているからね」
「ねえ、もっと食べていい?」
「うん。好きなだけどうぞ」
元々甘い物が好物なロザリー。
こんぺいとうも例に漏れず、お気に召したようだ。
リスのように頬張りながら目を細めるその様子に釣られて頬を緩めながら、私も一粒口に入れる。
飴のようなその粒を口の中で転がすと、徐々に崩れて甘さが広がっていく。
そんな不思議な食感と甘さを堪能しつつ、私はロザリーと一緒にベンチでゆったりとした時間を過ごした。
◇◇
こんぺいとうを食べながら一休みした私とロザリーは、再度西の大通りを抜けて広場へと戻って来ていた。
時間は三時少し前。
吟遊詩人の演奏が始まる時間ぴったりである。
広場の北側へ向かうとロープが外されており、既にたくさんのお客さんで溢れていた。
もう少し早く来れば良かったと反省しつつも、どうにか舞台が見える位置まで移動し、開演を待つ。
「凄い人だね」
「うん。こんなに混むとは思ってなかったよ。毎年こうなのかな」
「どうだろ? アタシも初めてだし」
はぐれないようにしているのか、肩の布をぎゅっと握ったロザリーと喋りながら時間を潰すこと数分。
舞台の上にリュートを抱えた女性が現れると同時に、何か所から声援が飛ぶ。
吟遊詩人の女性はリュートを持っていない方の手でスカートの裾を摘まんでお辞儀。
リュートを構えると辺りが一斉に静まり返った。
やがて聴こえてきたのは、リュートの音色。
なだらかな弦楽の調に聞き惚れていると、女性の透き通った歌声が加わり始める。
――それは兵士の少年と貴族の少女の淡くて甘い恋の歌。
始めは優しく、徐々に情熱的に、やがて切なく、そして最後には華やかに。
移り行く曲調にいつの間にか引き込まれ、心を奪われる。
五分にも満たないほどの、一般的な吟遊詩人の曲に比べれば短い歌。
しかしその歌が終わった時、広場は溢れんばかりの拍手と歓声で包まれた。
女性はリュートを下ろすと一息付き、にっこりと笑顔を浮かべる。
「改めて、こんにちは。私、普段は王都で活動しているんですが、今年は友人の誘いもあってこのリガロの街へ演奏しに来ました。この街は良いところですね。みなさん親切ですし……」
どうやらこの女性、王都ではそこそこ有名な吟遊詩人のようだ。
音楽に関して全くの素人である私だが、それでも今の曲と歌声には思わず胸が熱くなった。
ちなみに、始まる前に飛んでいた声援は彼女のファンのものだったらしい。
これはファンになってしまうも頷ける。
「綺麗な曲だったね」
「うん、感動した。あー、アタシもあれくらい上手く歌えればなー」
「そう? ロザリーの歌も私は好きだよ」
「アハハ、ありがと」
ロザリーと小声で会話している間に吟遊詩人の女性の話も終わり、再度リュートを構えた。
「では、続いて二曲目。聞いて下さい」
それからも何組かの吟遊詩人が入れ替わりで歌ったり、何度か休憩を挟んだりしつつ、吟遊詩人の演奏は陽が傾くまで続き――。
秋の収穫祭、一日目が終了したのだった。




