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錬金術師とフルーツタルト

「ふわあ……」


 窓から差し込む光で目が覚めた私は、あくびをしながら伸びをする。

 ソファを見ると毛布が半分落ちかけた状態で放置されており、部屋の中を見回してみても小さな人影は見当たらない。

 どうやらロザリーは既に一階に下りているようだ。


「……私も起きようかな」


 今日から秋の収穫祭が始まる。

 秋の収穫祭は三日間かけて行われ、今日がその一日目である。

 初日の朝はまだ準備が間に合っていないお店も多いため、そこまで急いで街へ向かう必要はないのだが、せっかくの機会だしロザリーとのんびりと歩くのも一興だろう。


 すっかり恋しくなった毛布をどけてベッドから降りると、再度大きく伸びをする。

 ネグリジェを脱ぎ、秋用にと買っておいた長袖のシャツとキュロットパンツに着替えると、寝癖がないか確認してから私は階段を下りた。


「おはよう、ロザリー。今日は早いね」

「おはよー、レティ! なんてったってお祭りだからね! 朝ご飯食べたらすぐに行くよ!」


 待ってましたと言わんばかりに私の前まで飛んで来たロザリーは、興奮したようにドアを指差した。

 まるで子どものようにはしゃぐロザリーを微笑ましく思いながら、しかし私は「あれ?」と首を傾げる。


「でも、そんな早く行ってもまだ開いていないお店の方が多いよ? ……って、昨日言わなかったっけ?」

「そうなの?」

「そうなの」

「えー……」


 いや、確かに昨日の夕食時に言った覚えがある……が、それはまあどちらでも良いだろう。

 傍目にも分かるほど肩を落としたロザリーに、仕方がないなあと寝起きに考えていたことを提案してみる。


「まあ、お店休みだし特にすることないから、ご飯食べたらゆっくり行こっか」

「わーい! さすがレティ、話が分かる!」

「ご飯食べたら、だよ」


 嬉しそうにくるくると私の周りを飛んで回るロザリー。

 そんな彼女の様子に苦笑いしつつ、私は「顔洗ってくるから」と言い残して井戸へと向かった。


 ◇◇


 いつもの倍近くの時間を掛けてのんびり森林を抜けた私とロザリー。

 その目に飛び込んできたのは、華やかな装飾で彩られた街の様子だった。


 秋の収穫祭のモチーフである、ポムロンと呼ばれる子どもの頭ほどあるオレンジ色の果実。

 その果実の形を始めとして、葉っぱや花、星形といった様々な形に切り抜かれた飾り紙が、草花とともに家や街灯、ベンチなど、いたるところに飾られている。

 また、家々の玄関脇や窓際にも中をくり抜かれたポムロンが吊り下げられている。

 暗くなると中に明かりを灯した蝋燭を入れるのだ。

 ポムロンのランタンが連なって作り出す灯りの道は、一度見たら忘れられない光景である。


「ほわあ! いつ見ても凄いねー!」

「うん。この街並みを見ると、お祭りって感じがするよね」


 まだ住宅街なので露店は並んでおらず人もまばらにしかいない。

 しかし、それでもお祭り独特の空気感が伝わってきて、ついそわそわとした気持ちになってしまう。

 それはロザリーも同じなのか、顔を突き出すようにしてきょろきょろと辺りを見渡している。


 ローブのポケットから懐中時計を取り出して時間を見ると、今は九時を回ったところ。

 ここまでゆっくりと歩いてきたこともあり、今からお祭りを見て回るにはちょうど良い時間である。

 私は懐中時計をしまうと、横で街並みを見渡しているロザリーに顔を向けた。


「ところで、ロザリーはどっか行きたいところある?」

「んー……特にないかな。適当に歩いて、美味しい物食べられれば大丈夫。後は面白そうなところがあればその時に言うよ」

「分かった。とりあえず、ダミアンさんとエマさんのやってる露店には一度顔を出しておきたいから、そこまで行こっか」

「りょーかい」


 お祭りの賑わいの中であれば妖精であるロザリーの姿も紛れるだろう。

 そう密かに思っていたのだが残念ながらそんなことはなく、相変わらず子どもには笑顔で手を振られ、大人には軽く会釈されながら大通りを歩くことしばらく。

 徐々に人が多くなり、同時に喧騒も大きくなってきたところで、少し前を飛んでいたロザリーが「そろそろかな」と呟いた。


「どうしたの、ロザリー?」


 くるりと振り向いたロザリーに、私は足を止めて首を傾げる。


「この前、人混みの中だと飛ぶの大変って言ったこと、覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」


 私と一緒だから楽しみだ、と嬉しいことを言ってくれた時のことだろう。

 思い出して緩みそうになった頬を引き締めながら頷くと、ロザリーは人差し指を立てた右手を突き出してきた。


「レティと一緒だから一人で飛ぶよりはマシだけど、飛び辛いことには変わりない。――そこで、アタシは考えました!」

「おおー」


 何か良く分からないが、とりあえず雰囲気に任せて拍手しておく。

 適当な拍手でも気を良くしたのか、ロザリーは腰に手を当てて誇らしげに胸を張り。

 そして堂々と告げた。


「レティのカバンの中に入れば良いじゃない!」

「……うん、却下」

「えー! なんで!?」


 笑顔で一蹴すると、ロザリーが不満げに口を尖らせた。


 いや、考えてもみて欲しい。

 手提げカバンの中から女の子の首だけが出ていて、それが動いてきょろきょろと辺りを見渡したり喋ったりしている様子を。

 どう見てもホラーである。


「じゃあ、肩の上!」

「まあ、それなら……」

「やった!」


 嬉しそうに両手を挙げたロザリーがふわふわと隣まで飛んでくる。

 そして軽やかに反転すると、私の肩の上に腰を下ろした。

 確かに座っているはずなのに、羽が乗っているかのようにほとんど重さを感じないのは何とも不思議な感じである。


 ちらりと横に視線を向ければ、ロザリーは頬を緩ませて「えへへー」と笑っている。

 秋の朝日を受けて輝く金色の髪に、白磁のようなきめ細やかな肌。

 間近で見るロザリーの姿につい胸が跳ねた。


「……どしたの、レティ?」

「な、何でもない! ほら、行くよ!」


 火照った頬を隠すように私は大通りを歩き出す。

 すれ違う人が肩に乗ったロザリーの姿に驚き、続いて微笑ましいものを見るかのように温かい眼差しを向けてくる。

 そんな視線にも次第に慣れてきた頃、街の中央にある広場の喧騒が聞こえ始めた。


 広場へ一歩立ち入ると、喧騒はさらに大きくなる。

 時計塔と広場全体を囲むように向い合せに立ち並ぶ露店たち。

 その間を、子ども連れの家族や男女、友人らしきグループなど、様々な人が行き交う。

 また、露店からは威勢のいい呼び声と美味しそうな匂いが溢れていた。


 広場自体も住宅街に負けず劣らず豪華に飾り付けされており、街全体を挙げて収穫祭を盛り上げていることが良く分かる。

 と、そこで広場の一角、北側のかなり大きなスペースになぜかロープが張られていることに気付いた。


「……何だろう、あれ?」

「あら、あなた知らないの? あれは出し物用の場所よ」

「出し物、ですか?」


 謎の一角を見て首を傾げていると、すぐ右隣にある露店の前にいた女性が気さくに声を掛けてきた。

 恐らく呼び込みなのだろう、木で作られた簡易の看板を手にしている。


「ええ。収穫祭の間、あの場所でいろいろな出し物が行われるのよ。今日はお昼過ぎに吟遊詩人が来る、だったかしら」

「なるほど、それは楽しみです。親切にありがとうございます」

「いいのよ。それより、あなた来たばかりでしょう? まずは串焼きでもどう?」

「あはは。じゃあ、一本頂きます」


 商売上手な女性に勧められ、せっかくなので鳥の串焼きを一本購入する。

 一切れ食べてみると、鶏肉の脂身と甘じょっぱいタレが絡み合い、口の中に広がっていく。


「んー! 美味しいです!」

「それは良かったわ」

「アタシにも一口!」


 肩の上でロザリーが自分もと言い出したので、その顔の前へ串を持っていく。

 喜んでお肉へ齧り付くロザリーに、女性は目を瞬かせた。


「……あ、あら? それ、お人形じゃなかったの? というか、もしかして妖精?」

「あ……あはは……。えーっと。じゃ、じゃあ、私たちこれで失礼しますね!」


 笑顔を顔に張り付けたまま困惑したように目を白黒させる女性。

 私は全力の愛想笑いで誤魔化すと、その場からそそくさと立ち去った。


 ある程度離れたところでロザリーから串焼きを返されたので残りを食べ、串は備え付けのごみ箱へ。

 その後、ロザリーと一緒に露店を見て回り、たまに気になったものを買い食いしながら、私たちは広場の西側へやってきた。


「確かこの辺りだと思うんだけど」

「あの牛乳屋さんの露店があるんだっけ?」

「うん。『広場の西側で露店出してる』って昨日言ってたね」


 見渡してみるがそれらしきお店はないようだ。

 近くにある露店から順に覗いていくことしばらく。

 西の大通りを過ぎ、少し北へ行ったところで、見慣れたウシの絵が描かれた露店を見付けた。

 また、露店の前には青みがかった灰色をした癖毛の女の子――エマさんの姿も。


「エマさん!」

「わっ! レティさんにロザリーさん! 来てくれたんですね!」

「やっほー」

「ん? おう、ライエ嬢ちゃんたちじゃねえか!」


 パッと笑顔を咲かせたエマさんに続いて、ダミアンさんも露店からひょっこりと顔を覗かせる。

 近付いて露店を確認すると、既にテーブルの上には牛乳のビンやエマさんが作ったであろうお菓子が並べられている。

 ロザリーもそんなお菓子たちに惹かれたのか、私の肩から飛び立ちテーブルの上へ吸い寄せられていく。


「はい、来ちゃいました。まだ早かったですか?」


 しかし、基本的に販売はダミアンさん任せているはずのエマさん。

 彼女がいるということは、まだ準備中なのだろうか?

 そう思って尋ねてみると、エマさんは「いえ」と首を横に振った。


「もう開いてますよ。ボクもちょうど様子を見に来たところなんです!」

「なるほど。それでダミアンさん、調子はどうですか?」

「ははっ、かなり好調だぜ! 朝からずっと売ってて、今ようやく客足が途切れたところだぜ。エマ嬢ちゃんさまさまだな!」

「わあっ、本当ですか! それは良かったです!」


 豪快に笑うダミアンさんに対して、エマさんは驚きつつも笑顔を浮かべる。

 私もエマさんのお菓子の美味しさは良く分かっている。

 しかし、一応紹介した身ではあるので、売れないなんて事態にならずに済んで一安心だ。


「いつもの惣菜よりこっちの方が牛乳に合うみたいでな。まだ始まったばかりだが、次の祭りの時もまたお願いするかもしれねえから、その時はよろしくな」

「はい、もちろんです! ボクの方こそよろしくお願いします!」


 白い歯を覗かせながら親指を立てるダミアンさん。

 どうやら今後もお互いに良い協力関係を築けそうである。

 と、そのタイミングで、並べられたお菓子を眺めていたロザリーが悩ましげに唸り声を上げた。


「うー、どれも美味しそうで迷うー。ねえ、二人のおすすめは?」

「えっと、ボクのおすすめはこのタルトです!」

「俺もそれが一番気に入ってるぜ」

「よし、じゃあそれにする!」

「おう、まいど」


 二人が勧めたのは、何種類もの果物が乗ったタルト。

 乾燥させた果物のようだが、はちみつや溶かした砂糖が塗ってあるのか、宝石のごとき輝きを湛えている。

 そんな果物がたっぷりと乗ったタルトを購入し、さっそくロザリーが一口。

 小さなサクッとした音とともに、ロザリーは幸福に打ちのめされるように声にならない声を上げた。


「甘くてサクサクー! 美味しー!」


 やがて幸せそうにそんな言葉を発したロザリー。

 エマさんとダミアンさんは、お互いに顔を見合わせて満足そうに笑顔を浮かべたのだった。

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